第十六話:雨音の予言
今はもう、七十歳くらいになられているでしょうか。
Tさんという男性から、こんなお話を聞かせていただきました。
四十年程前、Tさんは親友と呼べるくらいに仲の良い、男性の友人がいました。
Tさんもその友人も既に結婚し、お子さんがいらっしゃったそうなのですが、それでも週に三、四回くらいの頻度で、夜になると電話をかけ合っていたのだと、それくらい仲が良かったのだそうです。
お互いの奥さんも、半ば呆れていたらしいですが、それでも別に浮気をしているわけでもないし、家庭のことをないがしろにしているわけでもない。ずっと仲の良い同性の友達との雑談くらいは別に咎めるものではないかと、大目に見てくれていた。
ある冬の、年の瀬が迫った頃のことでした。
いつも通り仕事を終えたTさんが、家に帰り晩酌をしていると、電話が鳴った。
時計を確認すれば、いつも友人が電話をかけてくる時間になっている。
あ、今日もかかってきたな。
Tさんは意気揚々と電話を側へ移動させると、受話器を取り耳へとあてた。
――おう、T。お疲れさん。
受話器の向こうから聞こえてきたのは、やはり聞き慣れた友人の声。
しかし、その友人の声がする奥の方から、ザーザーと雨が降る音も聞こえてきて、Tさんは(あ、そっちは雨なのか)とすぐに思った。
Tさんの友人は遠方へ就職していたため、住んでいる場所が全然違う。
なので、友人が暮らす地域は雨が降っているんだなと、そう理解をしたのだそうです。
なのでTさん、その聞こえてくる雨音に意識を向けながら、
何だよ、そっちは随分とどしゃ降りみたいだな。仕事大変だったんじゃないか?
と、友人を労う言葉をかけたそうなのですが、これに対し友人は
――え? いや、こっちは雨なんて降ってないぞ。今日は一日中天気が良かったよ。めちゃくちゃ寒かったけどな。
そう、きょとんとしたような口調で返事をしてきたという。
しかし、Tさんの耳には間違いなく激しく打ち付ける雨音がしっかりと届いてきている。
家の中にいて、これだけ大きく聞こえているのだから、かなりの大雨のはずなのにどういうことだ?
不思議に思いながら、テレビの音かと確認をしてみるも、それもないとあっさり否定されてしまう。
ひょっとしたら、電話がおかしくなっているのだろうか。
意味がわからないためひとまずそう結論を下して、Tさんはその日も友人との雑談に花を咲かせた。
その翌日、昨日のことが気になっていたTさんは試しにと思い実家へと電話をかけてみたそうなのだが、あの雨のような音は一切聞こえたりはしなかった。
それから更に二日程して、今度はTさんの方から友人へ電話をかけることにした。
仕事から帰り、風呂を済ませて晩酌の用意も整えた。
そして、いざ友人へと電話をかけると、また前回と同じように雨が降っているような音が聞こえてくる。
やっぱり、何かおかしい。どうしてこいつの所に電話をしたときだけ雨の音が聞こえるんだ?
念のためにまた友人へ雨が降っているかと訊ねてみるも、前回同様降っていないと告げられる。
これは一度、業者を呼んで調べてもらった方が良いかもしれない。
モヤモヤした気持ちを抱えつつ、その日も他愛のない会話を楽しみTさんは電話を切った。
それから約二週間、友人と電話をすると毎回謎の雨音が聞こえ続け、連絡をして修理に来てもらった業者からは、何も異常はないと首を傾げられるだけで、特に改善されることは何もない。
しかしその後も友人と電話のやり取りをする時だけは、毎回雨音が聞こえていたのだという。
そうして、Tさんが初めて雨音を聞いてから半年と少しが過ぎた七月の終わり頃。
Tさんの家に、友人が亡くなったことを知らせる電話がかかった。
仕事の最中に夕立に振られ、近くの木の下で雨宿りをしている所に雷が落ち、そのまま感電死したのだという。
友人の家族から聞いた話では、その日は突然の夕立でどしゃぶりになり、頻繁に雷も発生していたそうで、そのどしゃぶりの中で不幸が起きたということだった。
それを聞いてTさんは、真っ先に電話で聞こえ続けていたあの雨音が脳裏に再生されたという。
ひょっとするとあの雨音は、このことを、友人の死の瞬間を予言して自分に伝えていたのではないか。
だとするなら、あの雨音が最初に聞こえ始めた時から既にもう、友人の運命は決まっていたということになる。
だとすれば、あの雨音は何故自分にだけ聞こえていたのか。
どんな存在が、自分に聞かせ続けていたというのか。
それらの謎は、ずっとわからないまま。
友人と電話をしていた時はあれほど雨音が響いていたのに、遺族から訃報の電話を受けた時は、一切雨の音など聞こえなくなっていたそうで、この瞬間にはもう、自分に雨音を伝えていた何かは既にいなくなっていたんだなと……そんなことをTさん、後になってから何度も考えてしまうことがあるのだそうです。




