――幕間――
青年の話が終わり、室内には余韻を残すような静寂が薄い膜のように広がっていく。
ため息程度の息遣いも、足の位置を調整するような靴擦れの音も、全てがどこにも存在しない。
正真正銘の、無音。
その静けさに暫し耳を休めるような時間を挟み、紅葉がそっとその赤い口を小さく開いた。
「……お三方とも、素晴らしいお話をどうもありがとうございました。皆さんそれぞれ興味深い体験をなされていたのですね。羨ましい限りです。わたしは自分自身が恐い体験というものをする機会になかなか巡り合えないものでして、どうにも思い通りにはいかないもので困っております」
クスクスと笑い声が響いてきそうなくらい口の両端を上げながら、紅葉は口元へ死人のように真っ白い手を添える。
「まぁ……だからこそこうして、皆様を集めてイベントを行うことを続けているのですけれど」
その状態のまま、左から右へと首を巡らせ客席を眺めると、どこか満足そうな頷きをしてみせた。
「本当に、これだけたくさんの方がお集まりになってくださって。このイベントを開催した当初は、ほんの二、三人しかいなかったんですから、感慨深いものがありますね」
二、三人。たったそれっぽっちの集客から、ここまで人を集めることに成功したのか。
この謎のイベントに関する新たな情報を聞いて、俺は僅かばかり紅葉累という女の努力へ敬意を抱いた。
同時に、このイベントは何か大きな事務所がバックについているわけではなく、あくまでも個人で開いているものなのかという別の疑問が生まれてくる。
個人であれば、それほど知名度がないことにも説明はつく。
元はひっそりと始まった怪談語りが、人伝にジワジワと拡散され、徐々に規模が大きくなってきているのか。
だとするならば、正に継続は力なりという言葉を的確に再現していると言える行為だ。
「さてそれでは、また暫くわたしのお話をお楽しみいただきましょうか。不可思議で奇妙で、だからこそ魅力のある怪異譚はまだまだご用意がありますから。…………次のお話は、Tさんという男性から提供いただいた、雨に纏わるお話になります。どうぞ、お寛ぎながらお聞きください」
紅葉は顔に浮かべていた笑みを薄め、ほんの微かに頭を揺らしながら赤い照明へ自らの声を溶け込ませていく。




