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怪談遊戯~紅葉語り~  作者: 雪鳴月彦
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第十四話:姉の香水

 園田という男が話し終えて数秒の間が空くと、今度は入れ替わるように若い女の声が室内に響きだした。


 先程の金北と名乗った女と、世代的には同じくらいか。でなければ、若干年上かもしれない。


場堂ばどうと言います。次は、わたしの話を聞いてください」


 最低限の自己紹介だけをして、場堂と名乗った女は、一度んん……っと喉の調子を整えるような声を漏らした。


「えっと、わたしには二つ年上の姉がいたのですが、今から十年程前に自殺をしてしまいました。わたしが十六歳、高校一年の時です」


 いきなりのショッキングな内容に、俺はつい振り向いてその顔を見てしまいそうになり、慌てて肩へ力を入れ踏みとどまる。


 まるで、うっかり電車を乗り過ごしてしまいましたとでもいうのと同じくらい軽い口調で告げられたその不幸な出来事の続きを、場堂は感情の読めない声で語っていく。


「姉は高校三年。お昼に家を出ていって、それっきり帰ってこなくなったのを心配した両親が外を探しに出かけ、近くの公園で首を吊っているのを見つけたんです。自室の机に、遺書もありました。死ぬことを選んだ理由は、ありがちな失恋。二年近く付き合っていた彼氏から、高校卒業を目処めどに別れてほしいと告げられたのが耐えられなかったと、簡単に言えばそんな理由です」


 どうしても容姿が気になり、チラリと背後を振り向けば、場堂という女性は綺麗な顔をした人物だった。


 背中まで伸びる長い黒髪と知性を演出するような眼鏡が、妙に似合って見える。


「その姉が亡くなってから、六年程が過ぎた頃。今から四年前くらいですね。わたし、職場の人が紹介してくれた男性と交際することになったんです。すごく優しい性格で、いつも穏やかに笑ってて。どこか大手の会社に勤めているって言っていて、普段からすごく羽振りも良い人でした」


 ただ、綺麗ではあっても、その淡々と無表情に口だけを動かし怪談を喋り続ける様子は、やはり異質なものを感じてしまい、俺はすぐに顔を前に戻したのだが。


 ――っ!


 正面を向いて何気なく紅葉の方をへ目を向けた俺は、咄嗟に身を強張らせた。


 愉快そうに怪談を披露する客たちの話に耳を傾けていた紅葉が、どことなく不機嫌そうな口元を見せながら、真っ直ぐに俺のことを見つめていた。


 微動だにしない集団の中で、自分の行動はやはり目立ってしまったか。


 即座に脳内で反省をし、俺はばつの悪い気分を飲み込みながら軽く頭を下げて謝罪しておく。


「そんな彼と付き合い始めて二ヶ月も過ぎた頃でしょうか。確か七月の終わりくらいだったはずです。彼の車に乗せられて、ドライブで海へ向かっている時、突然彼が『お前さ、車に乗った時から言いたかったんだけど、その香水やめろよ。似合わないよ』と言ってきたんです」


 俺が髪に隠れて見えない紅葉の視線に怖気づいている間にも、場堂の話は静かなペースで進んでいく。


「でも、わたしは普段から香水なんて付けない人間でしたし、その時も当然何も付けていなかったので、香水なんか使ってないけど、気のせいなんじゃないの? って返したんです。だけど彼は、『こんなキツイ臭いプンプンさせといて、気のせいなわけないだろ』って、珍しく機嫌を悪くしてしまって」


 ジィ……っとこちらを見ていた紅葉の顔の角度が、僅かに上へと逸れた。


 場堂の方へ意識を戻したと察して、俺はほぅっと肩の力を抜くように、安堵の吐息を漏らす。


「でもその日は、それで終わったんです。特に何も言われることもなく、一緒に海を見て食事をしたりして、最後はアパートまで送り届けてもらって。それなりに楽しく過ごすことができました。ですが……それから一週間くらい過ぎてからでしたか、また一緒に夕食を食べようということになって、会う約束をしたんですけど……」


 場堂の声のトーンが、僅かに下がったように感じたのは気のせいか。


 紅葉のことに神経が集中してしまっていて、俺は今一つ耳へ届いてくる怪談に意識を傾けることができなくなっているなと、何度か深呼吸を繰り返しながら自覚をする。


「その日は、彼がアパートまで迎えに来てくれたんですけど、わたしが車に乗り込んだ瞬間に、すごく怒ったような声で『お前ふざけんなよ!』って怒鳴られてしまって。ビックリしながらわたしが彼の方を向くと、別人かって思うくらい表情を歪めながらこっちを睨んで、『俺はそういう薔薇バラの臭いが大嫌いなんだよ! 俺やめろって言ったよな? わざとやってんのか? 前より臭ぇじゃねぇか!』……って、捲し立てるように怒鳴り始めて。それでわたし、何だか一気にその人が恐くなっちゃって、その場で食事を断って部屋へ逃げ戻っちゃったんですよね」


 ジッと聞き耳を立てる風を装いながら紅葉を観察すれば、また先程と同じように楽しそうな笑みを湛えてユラユラと身体を揺らし始めているのがわかった。


「それからわたし、自分の服とか臭いを嗅いで確かめてみたんですけど、やっぱり香水の匂いなんて全然しなくて。ましてや薔薇の香りなんてわたし自身も趣味じゃないのに。そう思いながら首を傾げていたら、ふと亡くなった姉のことを思いだしまして」


 完全に自分から意識が逸れた紅葉に安心し、俺は横目で和香のことを見てみれば、いったいどこを見ているのか、和香は何もない中空へぼんやりと視線を放りながら、感情の読み取れぬ面持ちで場堂の語りを聞いている様子だった。


「そう言えば、姉は普段からよく薔薇の香りがする香水を愛用していたな。と、そんなことを思いだして、わたしは何だか不思議な偶然だなと、その時はちょっとだけ変な気持ちになりました。ですが、それから三日後か四日後くらいに、職場の友人――わたしに彼を紹介してくれた人から突然頭を下げられまして。いきなり謝ってきて、どうしたんだろうと話を聞いてみたら、わたしが付き合ってた彼、実は女性を騙してお金を奪う詐欺みたいなことをしている人だったらしくて、その謝罪された前日に逮捕されちゃってたのがわかったんです。わたしの他にも、同時に五人くらいと付き合ってたそうで、その中の一人に通報か何かされたんだと思います。それで事件が発覚して逮捕に至ったと」


 息継ぎのような、一瞬の静寂。


「それから暫くして、わたしは改めて彼が嫌がっていた薔薇の臭いについて考えてみたんです。それで、ある一つの答えに辿り着いたんですけれど……。ひょっとしたら、彼が嗅いだ薔薇の香りって、わたしの姉の仕業しわざだったのではないかなと。姉は恋人に振られたショックで自殺をした人でしたから、妹のわたしが駄目な男に騙され食い潰されそうになっているの知って守ってくれたのかもって、そう思ったんです。優しかった……まぁ、そういうふりをしていたんでしょうけど、いくら嫌いな薔薇の臭いがするというだけであの彼があそこまで激情したのも、全て姉が仕向けたことなら、納得はできます。と言うか、そうとでも考えない限り、彼が嗅いだという薔薇の臭いに説明がつけられないですから。…………少し長くなってしまいましたが、これでわたしが体験した不思議な話は終わりです。聞いてくれてありがとうございました」

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