――幕間――
語りを続ける最中、ずっと俯かせていた顎を、紅葉は静かに上向かせた。
それから、また湯呑へ口をつけるとため息のように小さく息をついたのが、肩の動きで見てとれた。
「日々当たり前に過ぎていく日常において、怪異との共存というのは別段に珍しいことではないのかもしれません。何気なく目を向けたショーウィンドウ。そこへ映り込む自分の背後を通り過ぎる通行人。その中の一人が、本来目には見えない世界の住民だったとしても、大抵の人はそれに気がつくことができないように……」
良くとおる声音で告げる紅葉の言葉を聞いて、俺は自分に当てはめて同じ場面を想像してみる。
すぐ背後を横切る見知らぬ誰か。ふと何気なく振り返りその姿を追おうとするも、まるで蒸発したかのように影も形も無くなっている。
確かに、それは落ち着かない出来事だろう。
実際にそんな経験をしてしまえば、誰かに話をしたくなるし、それがまた一つの怪談となってジワジワと語り広まっていくこともあるのかもしれない。
「さてさて、それではまたこの辺りでどなたかに怪談を語っていただきましょうか。今度は……そうですね、三名程選ばせていただきます。お話をしたいという方、挙手をしていただいてもよろしいでしょうか。あ、既に話された方はご遠慮願います。お時間の関係と平等性を考慮して、お一人一話のみとさせていただいておりますので」
気持ちを切り替えるように手を擦り合わせながら立ち上がった紅葉は、再び突き上げられた腕の群れを満足気に眺め回し、暫時迷うような素振りを窺わせた後、スッと真紅のマニュキュアが目立つ指を客席へ向けた。
「それでは、前から二列目……白いYシャツを着ていらっしゃる男性の方。それと、中央付近のショートの髪をした女性の方……そう、貴女です。最後は、そうですね……では前から四列目の、学生さんでしょうか? 黒い服をきたお兄さん、貴方にお願いをしましょう。指名された順番に、お話をお願いします」
今度は振り返りはしなかったが、また一斉に手が下げられる音が室内に広がり、すぐに消えた。
「…………どうも、はじめまして。私は園田と言います。今日この場で皆さんにお聞かせしたい恐い体験というのは、私がコレクションしていますフィギュアに関するものです。つまらない話かもしれませんが、どうぞ聞いてください」
一番最初に指名されたYシャツの男だろう、声の感じからしてそこまで若い感じはしないが、三十前半と言ったところだろうか。
舌足らずというよりも、どこか活舌の悪さを感じる喋り方で、己の体験とやらを語り始める。
「えっとですね、私はアニメや漫画が昔から好きでして、そういった関連のグッズもかなり蒐集していたんです――」




