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怪談遊戯~紅葉語り~  作者: 雪鳴月彦
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第九話:父のレシピ

 二十代の女性、Aさんから聞いたお話です。


 Aさんのお父さんは、若くしてホテルの料理長をしていらっしゃいました。


 しかし、Aさんが二十二歳の時、四十五歳という若さで急逝してしまったそうで、Aさんも母親も酷く悲しんだそうです。


 生前のお父さんは、家でもよく手料理を振る舞っていたらしいのですが、作る料理のレシピだけは家族にさえ一度も教えてくれることはしなかったと言います。


 恐らくは、お父さんなりの職人としてのこだわりや考えがあったのでしょう。


 職場でさえ、弟子たちにはオリジナルのレシピを伝えることもないままこの世を去ってしまった。


 そうして、お父さんがいなくなって数年が過ぎた頃、Aさんはある夢をみました。


 その夢というのは、何故かお父さんが生きていて、実家の台所で夕食を作っているというもの。


 Aさんはその背中を見ながら、(あ、何だ。お父さん生きてたんだ)と懐かしさと安堵感を混ぜ合わせたような気持ちになっていた。


 暫くして、「よし、できたぞぉ」と料理の盛られた皿を持ったお父さんが茶の間へと入ってきた。


 目の前に料理が並べられ、にこにこと笑うお父さんと向かい合うように座るAさんは、いただきますと言って箸を持ち、置かれた料理の一つに口をつけた瞬間、夢の中で泣きだしてしまいました。


 久しぶりに口にするお父さんの手料理。


 その懐かしい味に、涙が止まらなくなったそうです。


 お父さんはAさんを微笑むような表情でジッと見ていて、Aさんは一口一口味わうように料理を口へと運んでいく。


 そんな食事の途中で、Aさんは目を覚ました。


 見慣れた自分の部屋、当然お父さんの姿も料理もない。


 Aさん、現実でも泣いていたそうで、夢とは言え久ぶりに味わったお父さんの料理の味に懐かしさで胸がいっぱいになると同時に、もう一生お父さんの料理が食べられないんだと改めて実感し、暫くの間泣くのを止められなかったと言っていました。


 生きている時、もっとちゃんと味わっておけばよかった。


 もう一度だけでいいから、お父さんの手料理が食べたい。


 そんな後悔にも似た思いが胸の中に広がり、結局その夜はもう眠りにつくことができなかったそうです。


 そんな夢を見てから一週間も経たぬ時に、実家にいるお母さんからAさんの携帯へ電話がかかってきました。


 どうしたのかと思いながら電話にでると、家の整理をしていたらお父さんが作っていた料理のレシピノートが見つかったのだと、嬉しそうな声でお母さんが告げてきた。


 その報告を聞いて、Aさんは数日前に見た夢を思い出しました。


 あの夢はひょっとして、このことを予言していたのではないか。


 お父さんが、自分たちのためにレシピを教えてくれようとしていたのでは。


 そう思ったAさん、お母さんにお願いしてそのレシピノートを譲ってもらうことにしたそうで、そのノートを譲り受けてからはお父さんの味を再現しようと料理を作る機会を増やしているのだそうです。


「お父さんの味は、再現することができましたか?」


 お話を伺った後、わたしはそうAさんに訊ねてみました。


 そうしたらAさん、少し恥ずかしそうに笑いながら


「まだまだですかね。レシピ通りに作ってはいるつもりですが、記憶にある味には及ばなくて。でも、少しずつ近づいているとは実感しています。絶対に再現してみせますよ。大好きなお父さんが残してくれた味ですから」


 そう力強く答えてくれたことが、今も深く印象に残っています。

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