俺の家の風呂場には死体がある
「本日は住宅基金制度の調査に伺いました。決してセールスや勧誘ではないので、ご安心ください」
年の暮れもそろそろ迫ってきた、真冬のある日曜日の昼下り。1Kの単身者用アパートのインターホンが鳴った。
ドアスコープを覗けば、にこやかな笑み、というかニヤケ面を晒している小太りの体格の若い男が立っている。知らない男だ。アマゾンで注文した物を届けに来た宅配業者でもない。
無視しようと思ったが、奴はまたチャイムを鳴らした。煩い。
しょうがないから、チェーンをしっかりかけてから僅かにドアを開けた。チェーンの限界まで開けても僅かな隙間だ。
そうしたら、住宅基金制度の調査がどうとか言い出したわけだ。
セールスじゃないと言ってる奴ほど胡散臭い目的で来るものだ。そんなこと俺でもわかっている。社会人を数年もやってれば理解できること。
「それにしても、このお部屋には何度か伺ったのですけど、お兄さん全然出てくれませんね」
男は住宅基金制度なるものの説明ではなく、そんな世間話を始めた。
「平日のお昼とか何度も行ったんですけど」
「仕事で出ていたので」
「そうなんですね。お兄さんいつも、どれくらいに帰っているんですか? もしかして夜遅いとか? てっぺん回っちゃうくらいとか」
こいつなんだ。なんでそんなこと聞きたがるんだ。しかも妙に馴れ馴れしい。
「あの。俺の帰宅時間とかどうでもいいんで。要件言ってもらえますか?」
「え? 要件とは……?」
「要件は要件ですよ」
なんで、俺の方がわけのわからないこと言ってるみたいな口調で聞き返されるんだよ。
「要件ですか? えっと、なんですか?」
「言わないなら帰ってください」
「え、ちょっと待ってください。住宅基金制度の調査と申し上げましたけど」
「興味ないんで」
ドアを閉じようとしたところ、男は足を隙間に挟んで閉まるのを止めた。
こいつ。
「それにしてもお兄さん、なんでチェーンなんかかけるんですか? あ、もしかして有名な人とか? お顔を拝見したな、なんて……」
なおも延々と話し続ける男。
ふと思った。こいつは帰らない。
この口を止めるには殺すしかない。
馬鹿馬鹿しいと自分でも思った。けど、男の態度に苛ついていたのも事実。こいつが帰る気がないと確信もしていた。
「はあ、わかりました。チェーン外すので、一旦ドア閉めるんで」
ドアは閉めたが、すぐにはチェーンを外さなかった。数歩移動して、キッチンから包丁を取ってくる。
男の一人暮らしで料理なんかほとんどしない。この家にある一本だけの包丁だ。
その僅かな時間にも、鍵を閉められたと思ったらしい男が何度もインターホンを鳴らす。
わかったわかったとチェーンを外し、勢いよくドアを開けながら飛び出して、相変わらずニヤケ面を晒しているそいつの不摂生な腹に包丁を刺す。
包丁は切るための道具であって刺す道具じゃない。それでも勢いが良かったのか、刃の半分くらいが奴の腹に刺さった。
「ぐおっ!?」
驚きと痛みによって変な声が男の喉から漏れる。突然のことに動けないでいたそいつの胸ぐらを掴み、強引に部屋の中に引きずり込んで床に押し倒した。
玄関の段差に首か後頭部を打ち付けたのだろう。男は声にならない悲鳴をあげながら、その場で手足をばたつかせた。俺はドアを閉めて鍵までしっかりかけてから、男の腹を思いっきり踏みつけた。
それから体重をかけながら包丁で胸を刺す。何度も、何度も。
気がついた時には、男は動かなくなっていた。フローリングの廊下に血が流れて、溝に沿って広がっていく。
やっちまった。人を殺してしまった。衝動的とはいえ間違いなく殺人だ。
これからどうすればいい? 通報? そんなことをすれば間違いなく捕まる。こんな男に俺の人生を壊されてたまるか。
隠し通そう。そう決意するまで時間はかからなかった。
まず何をすればいい? そうだ、死体を捨てないと。
このまま捨てるわけにはいかない。大きすぎる。解体して、細かくして捨てれば誰にもバレない。
小さな肉はトイレに流したり、生ゴミに混ぜて捨てればいい。血は下水に流そう。
まずは死体を風呂場に運ぶところからだな。
「ちくしょう。なんだよこの重さ。痩せろよデブ!」
小太りの男はたぶん八十キロを越える体重で、引きずるだけでも一苦労だった。
男の服と、俺の靴下に染み込んだ血が床を汚していく。
人生でここまで重いものを運んだことはない。かなりの苦労をして、なんとか死体を風呂場に持ってこられた。
浴槽の中に放り込む体力はなかった。ここで解体するしかないか。
ところで、引きずっている途中で男のズボンのポケットからスマホが落ちた。
そういえば、スマホにはGPSで現在位置を他のスマホに知らせる機能があったりするのだったか。
この機種に備わっているかは知らないが、念のため対策しないとな。
ここで壊すのはまずい。俺の家で足取りが途絶えたら疑われる。
こいつはセールスマンなんだよな。だから、他の家に訪問した形跡を残せばいい。大丈夫だ。スマホの位置自体は玄関の近くからそう離れた場所から動いていない。
スマホを拾って、タオルで丁寧に拭きながら指紋を完全に消す。血で濡れた靴下を浴室に放り込んでから、スマホはタオルでくるんで鞄の中に入れた。
いざ外に出ようとしたが、玄関が血まみれだ。これじゃあ外に出るまえに、せっかく履き替えた靴下が血染めになる。
玄関から浴室の入り口まで広がっている血の池に、用意できるだけのタオルを敷き詰めた。バスタオルもハンドタオルも総動員だ。
それも血で染まってしまうから、次はシャツとパンツを放り投げる。
これで、上を通ってもあまり汚れなくなった。くそ、代わりのものを買ってこないとな。
靴にも血がかかっていたが、たいした量じゃなかった。普段履きの黒いスニーカーなら汚れも目立たない。
周囲を警戒しながらドアを開けて、気づいた。家の前のコンクリートに、わずかに血痕がついていた。
刺したのが家の外だったからな。数滴とはいえ落ちたのだろう。
家の外の、あいつの痕跡は完全に消したい。すぐに家に舞い戻って、無事だったパンツを台所の水道で濡らして血痕を拭き取る。ああくそ、やることが多い。
男を殺してどれくらい経った? 随分俺の家の前にいたことになるよな。これじゃあ俺は、こいつの気持ち悪いセールストークに捕まった大間抜けじゃないか。くそっ!
ようやく家を出て、とりあえずお隣さんの前にしばらく立った。誰かに見られれば不審がられるけど、幸運にもそんなことはなかった。
鞄の中のスマホも、誰かから電話がかかってくる気配はなかった。
同じアパートの顔も見たことがない住民の部屋の前で待機を何度か繰り返して、アパートから離れて近所の一軒家でも同じことを何度かやった。
何度か長時間の待機をして、俺の部屋だけで話し込んでいたわけじゃないという感じにする。時間を無駄にしているような気もするが、悪い手でもないと思う。
そうやって、だんだん俺の部屋から離れていきながら、このスマホを最終的にどうするかについて考えだした。
家に持って帰るわけにはいかない。どこかに捨てるべきだが、どうしようか。
ゴミ箱はよくない。自分のスマホをゴミ箱に捨てるやつはいない。あの男が、なにかのアクシデントで紛失したって感じにしなきゃいけない。
最初に思いついたのが、電車の中でわざと置き忘れるって方法。
けど駅まで歩くのが面倒だな。ただでさえ、代えのパンツやら死体解体用の道具を買わなきゃいけない。無駄に時間を浪費するのは、気が進まなかった。
とはいえ他の案を思いつくこともなく、なんとなく駅までの道を歩いていると、あることに気づいた。川があった。駅まで歩く時に日常的に通っているのに、普段まったく意識しない川だ。
橋がかかっていて、そこを当たり前のように通過する。今日はそこで立ち止まって、しばらくしてから川にスマホを放り投げた。
橋の上でスマホをいじっていたら、間抜けにも川に落としてしまった状況の出来上がりだ。
スマホがこのまま川に流されてくれるか、それとも水没のためにぶっ壊れるのが先かは、あまり興味がなかった。
問題がひとつ片付いたからか、妙に気分が軽くなった。まだ部屋には死体が残っているが、部屋の外には殺人の証拠はない。あとは時間をかけて死体を解体して消してしまえばいいだけのことだ。
部屋から少し離れた場所にあるホームセンターでノコギリを買った。その他、いろいろ店を回っていろいろ買った。消臭剤やパンツやシャツやタオル。あいつを刺した包丁で飯を作りたくないから、代わりの包丁。
ちゃんと別々の店で買った。同じ店で買って怪しまれたら困るからな。
そんなことをしたから、ずいぶんと時間がかかってしまった。空を見れば赤く染まっている。もうすぐ夜だ。せっかくの日曜だってのに、あのデブのせいで潰れてしまった。ま、元から予定なんかなかったけどな。
部屋に戻ったら異臭がした。腐敗が始まったのかと思ったが、血と糞の臭いだと気づいた。死んだら筋肉が弛緩して、糞を漏らすってのは本当なのか。後片付けが面倒だ。
とにかく腐敗ではない。腐敗はもう少し先なのだろうか。
腐った時に備えて買った消臭剤だが、早くも出番が来たようだ。
廊下にできていた血の池は、ほとんどがタオルに吸われて固まっていた。足で踏めば、バリバリと音を立てる。
こいつも洗濯するか捨てるかしないとなと考えながら、風呂場へ直行して、換気扇のパワーを最大まで上げた。音がうるさいが、ひどい匂いよりずっとマシだ。消臭剤を置いて、死体の匂いが消えるのを祈る。
そして改めて死体を見下ろした。
死体から流れ出た血が排水溝へと伸びているけれど、どろりとした血は既に固まっている。排水溝が詰まってることはなさそうだが、そのうち詰まるかもしれない。
固まった血ってお湯に溶けるんだったか。溶かすしかないよな。とにかく、シャワーからお湯を出して血を流していく。
水道代とガス代も馬鹿にならない。こんな男のせいでな。
ふと思いついて、こいつの服を改めた。財布を見つけた。中には現金が数千円。大した額ではないが、水道代やのこぎり代や、その他出費の足しにさせてもらおう。
クレジットカードもあったが、これは使う気になれなかった。使えば高い買い物もできるだろうが、誰かに不審がられる。警察とかクレジットカード会社とかにだ。
財布の中身をもう少し見る。免許証があって、こいつの住所や本名も知れた。行ったことのない、興味もない街に住んでいる知らない奴。
その他、コンビニやドラッグストアのポイントカードなんかも。特に俺の役に立つものはなさそうだった。
財布に家族の写真を入れてる奴もいるが、こいつは違うらしかった。家に養わなきゃいけない家族が、なんてことを知ったら心が痛むところだし、幸いだ。
免許証含めてカード類は全部ハサミで切って、小分けにして捨てなきゃいけないな。可燃ごみの中に混ぜればいいだろう。
それから服だ。脱がして、これも可燃ごみとして捨てないと。
死後硬直ってやつが始まっているのか、死体の関節が曲がらなかった。仕方がないから、ハサミで切り刻んで無理やり脱がした。まったく気が進まないが、男のパンツも脱がしたさ。
血の気を失って縮こまった男根が嫌でも目に入る。くそ、嫌なもの見てしまった。
糞で汚れたパンツは強烈な悪臭を放っている。これ、そのまま可燃ごみとして出すわけにはいかないよな。
パンツごとトイレに流せば確実に詰まる。洗面台で洗うしかないか。面倒な上に嫌悪感がものすごい。
後回しにすれば、それだけ悪臭と長く付き合うことになる。意を決して洗面台に入れると水を流した。
なんで他人の糞を、この手で洗わなきゃいけないのか。俺が殺したからなのだけど、だんだん腹が立ってきた。
臭いを吸いたくないし、臭いを含んだ空気を吸い込みたくもない。息を止めて、呼吸がしたくなったら洗面台から離れる。それの繰り返しだった。
糞まみれのパンツをなんとかそこまで臭わないくらいまで洗ってから、ろくに絞ることなくごみ袋にぶちこんだ。その他、奴の他の服も切り刻んで捨てる。
もう少しでごみ袋が一杯になるな。ここにさらに死体を入れれば、あっという間に容量オーバーだし、外から見て不審だと思われるだろう。昔はゴミ袋ってのは透明じゃなかったらしいが、知りもしないその時代を羨ましく思う。
とにかく死体は少しずつ解体して、普段出る可燃ごみに混ぜて少しずつ捨てていくしかないな。
気がつけば、すっかり夜になってしまっていた。今日は日曜日で、明日は俺も会社に行かなきゃいけない。風呂にも入らなきゃいけない。死体が転がっている風呂場でだ。
こいつを浴槽に入れなくて良かった。糞を触った仲だが、一緒に風呂に入るなどありえない。
浴槽に湯を張って、ようやく一息つけた。散々な一日だった。そして、まだ苦労が終わらないことも理解している。
風呂に入っていても、少し視線を動かせば奴がいる。目を開けたまま死んでいて、生気のない瞳がこちらを見ていた。まぶたを閉じさせるのを忘れていたから、今更ながらやってやる。長い付き合いになりそうだしな。
まだ死臭というやつはわからなかった。そのうち腐敗が始まるのだろう。それまでに、ある程度は解体しておきたい。
いやそれよりも、腐らせた方が柔らかくなって解体しやすくなるのか? 死後硬直ってやつは別として、腐ってドロドロになった方が解体が容易なのは想像できた。もちろん、強烈な腐敗臭に耐える必要もあるだろうが。
換気扇で臭いを排気しているとはいえ、臭いのは嫌だ。それに外に出してるってことは、臭いが強烈すぎれば外の誰かがおかしいって思うかも。異臭騒ぎなんてことになれば、誰かが警察に通報するかも。
じゃあ換気扇を止めるか? それはそれで、家の中に悪臭が充満することになる。かなり嫌だし、結局は外に異臭が漏れることになりそうだ。
どうにかして臭いをなんとかしないと。消臭剤を買い足すべきだろうか。
とりあえず、明日仕事帰りに買ってくるか。明日のことは明日考えよう。
近くに死体がある以上、ゆっくり風呂に浸かる気にはならなかった。体を洗う場所も死体に占有されている。
どうせ一人暮らしで、他人に気を使う必要もない。体は浴槽の中で洗わせてもらった。
日曜夜の、テレビを見ながらゆっくりする時間も、家の中に死体があると考えれば落ち着かなかった。まったく。厄介なものを押し付けられてしまったな。
翌日。いつものように起きて、死体に目を向けないように注意しながら支度をする。着替えて歯を磨いて髭を剃る。
飯は外で食うか。
仕事中も家の死体が気がかりで、まるで仕事にならなかった。残業をしてほしそうなクソ上司を睨み返しながら定時で退社する。
さっさと帰りたい気持ちもありつつ、家から少し離れた普段行かないスーパーへ入った。
消臭剤を買いにだが、ゴミ袋も買おうかと考えていた。死体をいくつかに分けて捨てる以上、ゴミ出しの頻度も多くなる。大きめの袋を買っておいた方がいい。
するといいものを見つけた。生ゴミ消臭スプレーというものがあるらしい。
生ゴミが溜まったゴミ箱に吹きかけると、匂いが消えるというやつだ。
死体も生ゴミの一種だ。ある程度の消臭効果はあるだろう。
ゴミ袋と一緒に買うことも、特に不審じゃない。ついでに買わせてもらった。
それから家の近くのスーパーにも寄る。目当ては惣菜や弁当だ。
うちの自治体では、プラスチックのゴミも可燃物として生ゴミと一緒に捨てられる。つまり弁当の容器みたいな、かさ張るゴミを毎日家に持って帰れば、ゴミ袋はすぐに埋まる。
プラスチックばかりのゴミ袋の中に解体した死体を少しずつ紛れ込ませて捨てていけば、いつかは処理が完了するというわけだ。有料のプラスチック袋も忘れずに貰っておこう。
他に容器がかさばるものはないかと売り場を歩き回ったところ、いいものを見つけた。1リットル入りの牛乳だ。もちろん紙パックに入っている。
資源や環境問題への意識が高い者なら、使い終わった紙パックは洗った上で資源回収ボックスなんかに入れるものだろう。このスーパーの入り口にもある。
しかし意識が低い奴が面倒を嫌って、軽く潰して可燃物として捨てても、誰も意識しない。
そしてこの形と大きさは、骨を入れるにはぴったりじゃないだろうか。
もちろん腕や足、頭蓋骨とか骨盤とかの大きな骨は入らない。そういうのは砕くなり切断するなりしなきゃいけない。
が、その後にこういう紙パックに入れて捨ててしまえばいい。見つかりにくいし、骨を細かくする手間も少しは省けるわけだ。
回収車の中で他のゴミと混ざって、焼却所で灰になる。いや、骨って灰にならないんだっけか。火葬でも残るしな。
灰にならなかった骨が見つかるとまずいかもな。帰ったら少し調べてみよう。
牛乳と、同じような紙パックに入ったジュースを買う。もちろん弁当もだ。
当然のように現金払い。もちろん電子マネーも使えるが、こういう所から警察の足がつくのだと思うからな。
そんなふうに気を使いながら、俺はようやく家に帰った。
アパートの俺の部屋にいつの間にか警察が押しかけてるとか、近所で異臭騒ぎが起こっているなんてことは、なさそうだった。
ためしにアパートの周りを一周して見る。変な臭いはしなかった。まだ腐敗が始まっていないだけかもしれない。
部屋に入って、買ってきた弁当を食ってから死体の解体をする。解体した後に飯を食う気にはならないだろうからな。
食いながら骨の焼却について調べた。過去のバラバラ殺人のケースや、市のゴミ焼却場のページなんかも見ておく。
骨も高温で時間をかけて焼けば、灰になるらしい。死体処理をして発覚が遅れた事件なんかでは、ドラム缶で骨を焼いたケースもある。
個人で用意できる設備で灰にできるなら、焼却所でも問題はないだろう。後は、焼却炉に放り込まれるまでに見つからなければいい。
そう考えれば気が楽になってくる。とはいえ放っておくと腐っていく。できるだけ早く解体しないと。
一日放置された死体は、相変わらず浴室に横たわっていた。変色した肌が痛々しい。
臭いは微かにする程度。これくらいの臭いのままいなくなってくれれば嬉しいんだけどな。そう願いを込めながら、新しく買った消臭剤を設置する。換気扇のすぐ下だ。外に臭いが漏れないようにな。
それから、消臭スプレーも吹き付けておく。
死体の解体の前に、もうひとつしなきゃいけないことを思い出した。廊下に敷き詰めた、血染めのタオルの処理だ。
もったいないが捨てるしかないだろう。あれで自分の体を拭くことには抵抗があるし。けど、普通に捨てるにしても量が多すぎる。こいつも死体と同じく、少しずつ捨てるしかないな。
血まみれのタオルが大量にごみ袋に入っていたら、誰もが不審がるだろうし。
そうなると、捨てる前に一度洗わなければいけないな。洗濯機を使えば楽だろう。けどその前に、軽く水で洗っておいてもいいかもしれない。血の量が多すぎるからな。
本当に、やることが多い。
相変わらず廊下に敷かれているタオルは、血が完全に酸化して赤黒くなっていた。端を持って上げると、バリバリと音がしながら持ち上がっていく。
複数のタオルが固まった血で繋がって、一体となり一枚の板のようになっている。
血は固まっているから、床の汚れも軽く拭けばきれいになりそうだ。それは良かった。
血染めの板を浴室の壁に立て掛けて、それから死体の解体だ。なにからやればいいのかは、わからない。とにかく細かくすることだ。
まず考えたのが、皮を剥ごうというもの。太った男の皮膚ならば、それだけで結構な量になりそうだ。
あとは先端というか、尖った場所から切り落として捨てていくとかかな。指を全部切ってから、腕を輪切りにしていく。尖ったところといえば、股間のあれもか。気が乗らないが、いずれは対峙しなきゃいけないもの。早めにやろうか。
あとは、肉と骨は別々にして捨てるべき、とかかな。肉だけならば、買ってきた肉が腐ったから捨てるみたいな感じで、見つかっても問題になりにくい。骨は完全に隠さなきゃいけない。もちろん、肉の部分も隠して捨てるけどな。万が一を考えないと。
とにかく端からどんどん解体していこう。
最初に目についたのが髪の毛。死体全体の体積を減らすには適している。グロくはないし、最初のステップとしてはいいか。
ハサミを使って切っていく。床屋の技術なんかないから、やり方は大雑把極まりない。単に丸坊主に近い形にするってだけだ。
そんなに長くはない髪だし、あっという間に終わった。
浴室の床に黒い毛が散らばる。頭から生えている時より嵩張っている気がする。まとまりがなくなるからな。手でかき集めてゴミ袋に入れる。
こいつの他の毛を切る、というか剃るべきかを少し考えた。胸毛や脇毛、陰毛とかだ。けれどやめておいた。そこまで長くはないし、皮膚を剥がすのと一緒に捨ててしまおう。
というわけで、いよいよ皮を剥ぐ。もちろん、どうすればいいかなんてわからない。
とりあえず端からだ。その方針は守っていこう。というわけで、こいつを殺すのにも使った包丁で指を傷つける。小さな傷じゃ駄目だ。ざっくりいかないと。
硬直した死体の人差し指を力ずくでピンと伸ばして、その根本を一周するように深い切り傷をつけた。それで、指の皮を思いっきり引っ張る。
皮がずれていく感覚があった。単に皮が伸びているだけかもしれない。かなり力を入れないと、一定以上はずれなかったし。
となれば、もっと切り込みを入れるのが必要か。今度は指に沿って縦に切れ込みを入れていき、そこから剥がしていく。
今度はうまくいったようだ。切れ込みから皮膚が小さなバリバリとした音をたてながら、剥がれていった。浴室の床に、乾いた血とその他体液が混ざったような何かの破片が散らばる。
皮を剥がされた指は、元の指からは当然細くなっている一方、乾いた血で赤黒く汚れているために、肉や骨の区別が最初はつかなかった。
指といえば肉付きが薄いところだと思っていたが、指が曲がるのも筋肉のおかげなんだよな。しっかりと肉がついているというのはよくわかった。
皮と肉をつなげているのは血管なんだろうか。もちろん、それ以外にも剥がれないようにする組織はあるのだろう。さらに冷えて乾いた血がお互いを繋げる役目を果たしていて、皮を剥ぐのを困難にしていた。
やっぱり皮をつけたままノコギリで切断すべきだったかと思い直したが、中身が固まっているならやっぱり切断も難しそうだと思い直す。
発想を変えよう。端から剥がしていくのが間違いだったのかもしれない。
奴の体を仰向けにして、不摂生で膨らんでいる腹に切れ込みを入れる、遠慮はいらない。中の肉まで、ざっくりと切り込んだ。今度はかなり長い傷ができる。そして切り口に指を突っ込んで、思いっきり引っ張った。
バリバリと音を立てて皮膚が剥がれていく。体液の細かな破片が落ちていく。天井の明かりをうけて少しきらめいている様子が綺麗だ。背中を反らせて後ろに体重をかけると、なんとか剥がすことができた。
腕力だけで剥がそうとするのは駄目なんだな。もちろん、剥がす面積が大きくなってくると、剥がせなくなっていく。ある程度剥がしたところで、疲れてこれ以上はやれなくなった。
仕方ない。今日はこれまでにしよう。残りは明日だ。
その日は疲れがあったからか、ぐっすりと寝られた。目覚めもいい。かなりいい気分で出社することができた。
家に死体を置いて仕事をするのも、二日目となればずいぶん気が楽になってくる。今日はどこまで死体を片付けられるだろうかと、内心では少し楽しみですらあった。
昨日と同じスーパーで、違う弁当を買う。この際だから色々種類がある弁当を色々買ってみようかと思う。普段なら食べないようなおかずの弁当も、食ってみようか。
買った弁当を食べながら、ネットで死体について調べてみた。
腐敗が始まるのは、死んでから数日経ってかららしい。つまり、あいつのはまだだ。細胞が腐って、体の中でガスが発生するらしい。体の中というのはつまり、皮膚の下ってことだろうか。
こうやって皮膚を剥いでしまえば、ガスが発生しても溜まることはない。出来た端から換気扇を通して外に出ていくわけだ。
もちろん、そういう腐敗臭を外に撒き散らしすぎれば、臭いで外に漏れてしまう。だから消臭スプレーを今日も念入りにかけておく。
今日は死体の皮膚剥ぎの続きだな。驚いたことに、昨日よりずっとうまくできるようになっていた。
コツを掴んだのかもしれない。普段使わない筋肉を使ったからか、筋肉痛も感じていたものの、作業自体は昨日よりもスムーズにできた気がした。
その結果できあがった、筋組織がむき出しになっている死体。それからベロベロになった皮膚。きれいに剥がれたわけでもなく、固まった血やなにかの組織が裏側にこびりついて、かなり汚らしい。
けれど乾燥しているからか、大きめのハサミなら切り刻めそうな気がした。ふと、小学校の頃の家庭科の授業の記憶が蘇る。正確には、買わされた裁縫箱の記憶が。
箱に描かれた謎のセンスのドラゴンの絵を、当時はかっこいいと思っていた。
もちろん、今はドラゴンはどうでも良くて、必要なのは中に入った布切りハサミだ。あれならこの皮膚も切り刻めるだろう。
例の裁縫箱は、今は実家の押入れの中だ。取りに行くにしても、かなりの距離がある。新しく買うしかない。
「裁縫屋って近くにあったか?」
つぶやきながら浴室を出る。今日の解体作業はこれで終わりだな。明日は布切りハサミを買ってこなきゃいけない。
裁縫屋なんてどこにあるか知らない。今まで興味を持たなかったから、視界に入っても認識なかったのかも。
それか大きめのショッピングモールとかにも置いてあるかも。調べてみよう。
翌日、会社から少し歩いた所にある通りに店を構えている裁縫屋へ訪れる。
この通りは今まで来たことがなかった。ほんの五分歩けば来れるような場所なのに、今まで見ていなかった。裁縫屋以外にも、うまそうなラーメン屋や少しおしゃれな服屋なんかもあった。
それから青果店。見たことがない野菜や果物が売っていた。今日の目的ではないが、今後もちょくちょく行ってみてもいいかもしれない。
裁縫屋では、ハサミをひとつ買っただけだった。けれど店内には見たことがない裁縫道具や布なんかが色々あって、かなり興味を惹かれた。ドラゴンの中身が裁縫道具の全部じゃない。
お裁縫なんて家庭科の授業以降ついぞ縁がなかったが、これを機会に試してみるのもおもしろいかもしれないな。
なんというか、世界が広がった気分だ。
買ってきたハサミを早く試したいために、帰ったら早速浴室へ向かう。昨日と同じく近所のスーパーで買った弁当を食う前だ。
ここまで死体と付き合っていれば、だんだん慣れてくる。死体を見た後に飯を食うことも、苦じゃない。
皮膚を切るためのハサミではないが、布切りハサミは十分に役目を果たしてくれた。買ったばかりで、切れ味がいい状態だっていうのもあるだろう。乾燥して固くなっていたにも関わらず、気持ちいいくらいに切れていく。
細かく切り裂いてトイレに流すか、生ゴミとして捨てよう。あまりにも切れすぎて楽しいから、かなり細かく裁断してしまった。
数日前に買ってきた牛乳はすでに飲み終わっていた。久々に飲んだ気がするけれど、日常的に飲むと体の調子が上がっていった気がする。やっぱり効果ってあるんだな。
大事なのは牛乳ではなく、残った紙パックなのだけど。軽く潰して、細かく刻んだ皮膚を中に放り込む。それからゴミ袋の中に、他の多くのゴミに隠れるように入れた。これで外からは見えない。
もちろん、男ひとり分の皮膚をすべて一度に捨てるのは無理があるから、何回かに分けてゴミ出しするか、トイレに流すしかないかな。
乾燥しているから、元の体積と比べればかなり減っているから、楽といえば楽なのだけど。
翌日。死体からかすかな腐臭が漂っていた。ようやく本格的な腐敗が始まったらしい。
腐った体は皮膚の中でガスを発生させて膨らんでいくらしいが、幸いにも皮膚が剥ぎ取られているためにそれは起こらない。発生したガスは換気扇に吸い込まれて外へ排出される。
異臭騒ぎが起こるとまずいから、少しでも臭いを抑えないといけない。
死体に再度生ゴミ消臭スプレーを念入りにかけたが、これも買い足した方がいい。浴室にいくつか置いている消臭剤も、もっと置いておけば効果はあるだろう。
また、いくつか店を回らないとな。こういうのは一度に大量に買えば怪しまれる。通販ならまとめ買いもできるだろうけど、玄関先までとはいえ人を近づけたくない。異臭の元があるからな。
消臭する以外にも、異臭の元を小さくするのも効果的だ。少しずつでも捨てれば、それだけ臭いは減る。
というわけで、死体の先端からノコギリで切っていくことに。まずは手の指だ。
浴槽の縁に死体の手のひらを置いて、俺の足で踏みつける。そしてノコギリで切る。
腐敗が始まってるということは、肉が柔らかくなっているということ。ノコギリなんて扱ったことないにも関わらず、思っていたよりも簡単に刃が肉に沈み込んでいく。
けれど途中までだった、たぶん骨に当たったのだろう。ゴリゴリと音はするけれど、切れる気配はなかった。
駄目だな。少しでもこの死体を解体しないといけないと決意した途端にこれだ。
仕方がない。骨は駄目でも肉は切れるんだ。できるところからやっていこう。ノコギリの使い方は、追々学んでいくことに。
腐りかけの指の肉を掴んで引っ張れば、ずるりと剥けていった。たぶん骨から肉が分離したのだと思う。骨が腐肉にまとわりつかれて、イメージみたいな白い色を見ることはできなかった。
それに、筋繊維はちぎることができても、健はちぎれなかった。やっぱり丈夫なんだな。これはノコギリというよりは、ハサミの出番かもしれない。
先日買ってきた布切りハサミを使うべきかとは思ったけれど、裁縫道具には布切り以外にも糸切りのハサミがあることを思い出した。
買ってみてもいいかもな。
その後も、男の筋肉をいくらか分離させる作業を続けた。骨と筋の処理は仕方がないが、やはり腐りかけの肉は簡単に剥けていく。
両手の五本の指。それが終わったら手の甲に傷をつけて肉を剥ぐ。
皮膚と同じだな。コツがわかれば楽になる。
腐臭がするものを大量に生ゴミとして捨てるわけにはいかない。牛乳パックにも限りがある。水道代がもったいないが、トイレにある程度は流さなきゃいけないな。まあ、これまでも色々金はかかってるんだ。気にすることないさ。
買ってきた弁当を食べながら、ノコギリの切り方を学ぶ。普通に木材を切る方法ばかりで、どこまで骨に応用できるかはわからない。だから試してみるしかないな。
結論から言えば、なんとかなってしまった。ノコギリってのは引く時が大事なんだな。それから、切る対象と体の重心をまっすぐに、だ。
翌日からは、解体作業がずっとスムーズにいった。死体がおもしろいように解体されていく。
もちろん日が経つにつれて、死体の腐臭は増していった。消臭スプレーを毎日大量にふりかけていく。急がないとな。
いろんな店を回っては消臭スプレーを買い足す。効果は確実にあるようだった。腐臭すべてを隠すことはできなくてもかなりマシになっていると思う。本来の腐乱死体がどんな臭いなのか知らないから、成果がどんなものかは知らない。
けど、耐え難いほどの腐臭は感じられなかった。これなら換気扇から外に出る臭いも大したものじゃない。誰かに不審がられることもないだろう。
解体作業も、その後ずっと順調に進んだ。新しく買った糸切りハサミは十分に機能してくれたし、骨の切断もおもしろいように進んでいく。
腐敗が進んだため、内蔵の処理は大変だった。これが胃でこれが腸、みたいな判別は難しかった。形が崩れるほどの腐敗ではなかったものの、腐った血で汚れて、やっぱりなにがなにかは不明。
まあ、鮮明に見えたところでグロすぎて気分が悪くなると思われるし、これでよかった。なにか柔らかい物の塊として、切り分けてトイレに流していく。
骨は切断したものを、水洗いして汚れを取ってから可能な限り砕いて牛乳パックに入れていく。そのためにハンマーも買ってきた。
他のゴミに紛れさせて捨てたが、特に騒ぎが起こる様子もなかった。
一番苦労したのは、やはり頭部だな。皮膚は剥いでいるから、あのムカつく顔と対面し続けながら解体するという最悪な状態じゃなかったのだけが幸い。
目は最初に腐っていたのだろう。いつの間にかなくなり、それが収まっているはずの場所には黒い液体に満たされていた。
それから脳も。柔らかい場所だから、腐りやすいのだろう。ドロドロに溶けた何かが、液体になって排水溝に流されていた。けれど、シャワーの水で薄めてやれば不快感はかなり薄れる。このまま、下水にまぎれて海まで行けばいい。
肉は今までと同じように、簡単に分解できた。問題は頭蓋骨だ。手足の骨と比べて細長くない。砕くのに少しだけ苦労した。脳を守るための大事な骨だから、やっぱり硬いな。思っていたより分厚かったし、丸いからノコギリで切りにくかった。
同じように苦労する骨といえば、骨盤があった。太い骨っていうのはそれだけで問題なんだな。それをしっかり切れるようになる頃には、ノコギリの腕もかなり上達していた。
背骨、肋骨に関しては、逆にそこまで苦労はしなかった。背骨は関節が多いから、そこを狙って切ればいい。肋骨も大きく湾曲しているため、へこんでいる箇所に刃を当ててノコギリを引けば、思っていたよりも安定して切断できた。
血を吸ったタオルの片付けもやった。血は乾いているから力づくでやればタオルはバリバリと剥がれていく。洗面台に水をためて手洗いして軽く血を抜いた後で、洗濯機で洗う。完全に血は抜けなかったから、これも捨てることになった。
廊下一面に流れていた血は、大半がこのタオルに吸われている。けれど端の方には血が未だにこびりついていた。これも掃除しないといけないが、死体そのものの解体と比べれば随分と楽な作業だった。
ネットで調べれば、使える洗剤なんかはすぐにわかる。買ってきて血を拭い去る。それだけだ。
風呂場も血というか、腐って脆くなった男の残骸の跡がしっかりと染み込んでいた。廊下を掃除する洗剤とは別の、浴室用の洗剤を買う必要があった。
けど、化学薬品メーカーの長年の努力はすごい。たとえ死体由来の汚れを拭い去るのを目的に開発された洗剤ではないにしても、十分すぎるくらいに効果を発揮してくれた。
後は臭いだ。これも、消臭スプレーを念入りに部屋にかければ、死臭はすべて消えた。
外の人間は誰も気づいていないらしい。騒ぎになることは、最後までなかった。
こうして俺は、約一月かけて死体を完全に消し去った。
途中、死体を家の中においたままで年を越した。いつも通りの、ひとりで過ごす年末年始。今年は死体と一緒だけど、あまり特別感はなかったな。その時にはだいぶ死臭も消えていたし、意識する瞬間はなかった。
その後しばらく経っても、警察が俺を訪ねてくることはなかった。ニュースを色々調べたが、俺の住んでる地域で行方不明者が出たなんて記事はどこにもなかった。
思うにあいつは、詐欺師の部類だったのだろう。個人でやってたのか、組織でやっていたとしても繋がりが薄いもの。逃げた奴がいても、仲間は探そうともしない種類のもの。
騙して金を取る相手以外に、社会に繋がりがない人間。それがあいつだ。
もしかして俺は、完全犯罪をしてしまったのだろうか。そうでなくても、死体をひとつ完全に処理したことは、なにかとてつもなく大きな偉業を成し遂げた気分になった。
「お前、雰囲気変わったか?」
ある日、会社で上司にそう尋ねられた。
「なんか、前より自信がついた、みたいな感じがして。いい顔してるな」
「そ、そうですか……趣味がうまくいった、とかはあるかも……」
死体解体を成し遂げたことが自信に繋がっているのかもしれない。もちろん、本当のことは言えないから濁した表現になってしまった。幸いにして上司は、特に気にしてなかったけど。
「そうかそうか! 仕事も最近うまくいってるし、嬉しいぞ! 頑張ってくれよ!」
本心で言ってるのだろう。激励の言葉と共に行ってしまう。
死体の解体に毎日費やしていた時間が、終わったその日以降にどう使うかはちゃんと考えなきゃいけなくなった。前のように、パソコンやスマホの画面を眺めながら時間を過ごすのは馬鹿馬鹿しいと思うようになった。
もちろん、再び殺人をして死体解体に費やすのは嫌だ。あんな重労働、二度とやりたくない。
となれば、その過程で得たものを活用するしかないな。ノコギリと、裁縫用のハサミだ。
単身者用のアパートで大工仕事は難しい。だから裁縫かな。いずれ世帯を持って一軒家にでも引っ越せば、大工仕事もやることがあるかもしれないが。
相手がいないから、いつになるかわからないけど。
手芸ってやつを始めてみようか。あまり似合う趣味ではないけど、挑戦してみよう。行きつけの裁縫屋は、すでに出来ているからな。後は方法を学ぶだけだ。
夕食が近所のスーパーで買った弁当っていう生活は、今も続いていた。余った時間で自炊した方がいいかなとも思ったけれど、死体解体の間に料理関係の技術については学ぶことはなかった。興味もそれほど湧かなかった。
それにスーパーの弁当も、なかなか美味いからな。
そう思ってたある日。
「あの。最近よく来ますよね」
レジの店員から声をかけられた。若い女で、たしかに俺からみてもよく会計をされている気がする。バイトの大学生とかかな。
「ええ、まあ……近くに住んでいますし」
「そうなんですね。……あ、急に話しかけてごめんなさい。ええっと……」
彼女は周りを見る。他のレジも空いていて、この会話で待たされる客はいない。
「今日はもうすぐで上りなので、また後でお会いできませんか?」
もちろんいいとも。彼女は美人だった。断る理由もない。世帯を持つのが、遠い未来の話ではないかもしれないと、少しだけ予感があった。
もし、彼女を部屋に上げることになっても問題はない。
死体の痕跡は、もうどこにもないのだから。
こういうセールスが来たところまでは、ノンフィクションです。