26週目.予言の人
俺は空を飛んで辺りを見回した。
俺がいるのは森しかない島だった。
「ここが獣王国なのか?まだ王国ではないのか」
森の中に人影が見えた。
「とりあえず接触か……」
人影が見えた方に俺は降りた。
そこには若い男の獣人がいた。
「すまん!ちょっと話良いか?」
俺が声をかけると獣人は振り返った。
「人間か?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
獣人はたぶんタヌキの獣人だろう。
「まさか本当に来るとは……」
「ん?なんだ?」
タヌキの獣人は俺に近づいてきた。
「ん?ん?聞きたいことがあるんだけど」
タヌキの獣人は俺に触れた。
「な、なんだ?」
「お前は予言の人族か?」
「予言の人族?」
「ああ」
俺は考えた。
さっきからこのタヌキの獣人が言っていることが全く分からない。
「たぶん違うと思う」
俺がそう答えると、身体に痛みが走って意識が遠のいた。
▽ ▽ ▽
目が覚めると小屋の中にいた。
「目を覚ましたか?」
タヌキの獣人が声をかけてきた。
「ここは?」
「俺の家だ」
「何があった?」
「俺のエクストラスキルだ。俺が触れているときに嘘を付くと罰を与えられる」
「俺が嘘を?」
「ああ。お前は予言の人族だ」
俺は何を言われているのかわからなかった。
「予言の人族ってなんだ?」
「その様子だと、本当に知らないのか」
タヌキの獣人は疑うように俺を見てきた。
「本当にわからない」
「ならいろいろ説明しないといけないな。まず俺は狸人族の族長、ゾーエン」
「俺はコータだ」
「コータ、お前は別の世界から来たんだよな」
「え!?」
俺は驚いた。
「『鑑定』か何かか?」
「いや、予言の内容だ」
「予言の内容?」
「ああ。コータがこの地に来ることを聞いていたんだ」
ゾーエンはまっすぐ俺を見てくるが、俺は訳の分からないことを言われ戸惑った。
「予言とは何なんだ?」
「実は近々この地に別の世界から人族が現れるという予言があったんだ」
「ゾーエンは予言が聞けるのか?」
ゾーエンは首を横に振った。
「狐人族の族長の予言だ。あいつの家系は占術が得意で、予知や予言を稀に聞くことができるんだ」
「なるほど……」
「ああ」
ゾーエンは頷いた。
「予言では、その人族のことをなんて言ってるんだ?」
「別の世界から来て、多彩な魔法を操り、獣人族を助ける存在になるだろうと言っていた」
思い当たる節が多すぎた。
「たぶん俺だな」
「そうか。よかった」
ゾーエンはなぜか安心した様子だ。
「それでコータは何をするつもりなんだ?」
「まずは獣人達の現状を知りたい」
「わかった。俺が教えよう」
俺はゾーエンから獣人達の現状を教えてもらった。
獣人族は他種族との共存賛成派と反対派が長年争っていて、今は小競り合いのようなものが続いている。
獣人族の半分は中立派で狸人族も中立派。
共存賛成派が生まれた理由は、他種族を完全に排除しようとする思想を抑えるために生まれた。
しかしそのせいで反対派が生まれ、明確な対立構造ができてしまっていた。
今までは各種族の長達が集まり、話し合いの場で賛成派と反対派がぶつかっていたが、
半年ほど前から反対派は中立派を仲間に加えようと、過激な行動に出ることも多くなった。
賛成派もそれを阻止するために武器を持つようになり、現状になったそうだ。
「そんなかんじか」
「ああ。正直中立派としては、現状維持が好ましい」
「なんでだ?」
「他種族にも良い者も悪い者もいる。共存して完全に受け入れるのは怖いし、断絶して争うのも嫌だ。自分達でどれくらい関わるか判断できる今が一番いい」
ゾーエンの意見は真っ当だった。
「あと1つ聞いてもいいか?」
「何でも聞いてくれ」
「反対派の主要人物を教えてくれ。特に発言力や影響力を持つ奴」
ゾーエンは考え始めた。
「うーん。反対派の代表の狼人族のシャライド。そして幹部の鬣犬族のガマライアと蜥蜴族のガビクだな。だが半年ほど長の集まりも行われていないから変わっているかもしれない」
「わかった。その3人だな」
「でもなんでそんなことを聞くんだ?」
俺は少し悩んだが、ゾーエンに邪神の話をすることにした。
「実は反対派の誰かに邪神が憑りついている」
「邪神?」
「邪悪な神様だ。そいつが憑りついている人物がこの争いが過激になるように裏で動いているみたいなんだ」
「よくわかんないが、この争いは邪神というやつのせいってことだな」
「ああ。俺はその邪神を倒すために別の世界から来たんだ」
ゾーエンは口を開いた。
「その邪神を倒せば、獣人達は争わないで済むのか?」
「少なくとも今の争いは止められるはず。だけど他種族との共存については、獣人達にとって大切な話だから完全に解決することは俺にはできないと思う」
「そうだよな」
ゾーエンはそういうと黙って何かを考え始めた。
「コータ。予言をした狐人族の族長に会ってくれ」
「え?」
「俺も協力したいが残念ながら力がない。あいつならコータのことも知ってるし、賛成派の幹部だから、うまい事力を貸してくれるはずだ」
「わかった」
ゾーエンは自分が協力できないのが悔しそうだった。
「明朝、船を出す。それで本島まで送る」
「いや、俺は魔法で空を飛べるから大丈夫だ」
「そうか。なら本島に行く前にこれを飲んだ方がいい」
「ん?」
ゾーエンは見覚えのある飲み物を取り出した。
「これは狸人族が作っている姿を変えれるお茶だ。これを飲めば想像した姿になれる」
どう見ても変化茶だ。
「他の獣人族にも出回ってない特殊なお茶だ。苦いが一気に飲んでくれ」
俺は変化茶を一気に飲み干した。
頭と尻がものすごいかゆみに襲われた。
数分後、俺に耳と尻尾が生えた。
姿は目の前にいるゾーエンを参考にした。
「狸人族に見えるか?」
「尻尾がきついだろ?服を貸してやる」
俺はゾーエンに服を借りた。
「どうだ?」
「これなら本島で動きやすいはず。数日で効果が切れてしまうから何本か持って行ってくれ」
「助かる。ありがとう」
俺はゾーエンから変化茶を受け取った。
▽ ▽ ▽
出発前に俺はゾーエンに連れられ、村を少し周ることになった。
村は茶畑がたくさんあった。
「これはさっきのお茶か?」
「そうだ。狸人族は戦闘が苦手なんだ。だから代々これを飲んで姿を変え、争いから逃げていたんだ」
「だから狸人族は本島ではなく、この島で暮らしているのか」
「俺が生まれた時には、既にこの島で暮らしていた。狸人族はいろんなところに散らばっているらしい」
ゾーエンは俺の目をジーっと見た。
「コータ。信じてもいいんだよな?」
「ん?心配ならスキルを使うか?」
俺はゾーエンに手を差し伸べた。
「いや、大丈夫だ」
「そうか」
変な空気が流れた。
ゾーエンは口を開く。
「狐人族の族長のベロニカは俺と同い年なんだ」
「ゾーエンもそうだが、獣人族の長はみんな若いのか?」
「いや、そういうわけではない。俺は特殊なスキルを取得し、ベロニカは予知や予言の精度が高かったんだ。それで長に担ぎ上げられただけだ」
「優秀ってことだな」
俺がそういうとゾーエンは首を横に振った。
「ベロニカは優秀だが、俺は違う。現にコータという獣人の未来を変えてくれるかもしれない存在の手伝いすらできない」
「そんなことはないぞ。ここに来ていろいろ助かっている」
ゾーエンは頷かない。
「俺と違って、ベロニカは獣人国を良くしようとしてるんだ。元々中立派だったが、争いで被害を受ける獣人を助けるために賛成派になったんだ。だからコータ、共存については俺達が解決しなくちゃいけないのは分かってる。だけど、もし可能ならベロニカに力を貸してあげてほしい」
ゾーエンは頭を下げた。
「うーん。わかった。何ができるかわからないが、ベロニカが行動できるように手助けはする」
「ありがとう」
ゾーエンは共通点の多いベロニカに思うところがあるのだろう。
俺の行動のせいで共存するかしないか決まるのは避けたい。
獣人達の未来のことなのに、俺の考えを押し付ける形にならないようにしないといけない。
もしかしたら反対派の内部に入って、邪神をサクッと倒すのが一番丸く収まるかもしれない。
まあベロニカに会ってから考えるか。




