1週目.梅とちりめんじゃこのおにぎり
「はい、はい、そうですね。そのカットはあったんですけど、髪が顔にかぶってて、今使ってるカットの方が可愛く写ってたので使ったんですが。はい、はい、このままで。わかりました!では、本編集とMAして、来週水曜日に最終データをお送りしますね。はい、失礼しますー!」
俺は電話を切った。
「明日から取り掛からないとなー。在宅ワークに土日はない」
土日に作業が確定したのを嘆いた。
時計を見ると17時を回っていた。
「今日は金曜日だから、コータから連絡くるよな、何時くらいになるんだろう」
俺は床に置いてある大量の段ボールの中から1つを開けた。
中には大量の食品が入っている。
「食べるなら美味しい物が食べたいだろうと思って、色々取り寄せしたんだよなー」
開けた段ボールから取り出したのは袋に入ったちりめんじゃこだった。
「わざわざ京都のちりめんじゃこを取り寄せておいたんだよねー。そして!」
俺は冷蔵庫開け、あるものを取り出す。
「和歌山から取り寄せた梅干し!これで飯作るぞー!」
俺は気合が入っていた。
トゥルルルトゥルルー
炊飯器から音が鳴った。
「米が炊けたぞ。それじゃあ準備始めるか」
俺は冷蔵庫から大葉を取り出し、細かく刻む。
取り寄せた梅干しの種を取り、それ口に入れた。
「すっぺぇーけど美味いなー」
種を口の中で転がしながら、梅肉を細かく刻む。
「これでとりあえず準備はできたかな?」
炊飯器を開けると食欲をそそる香りと湯気があがった。
「いい感じに炊けたな!」
ごはんをボウルに移し、
刻んだ梅干しと大葉と取り寄せたちりめんじゃこをたっぷりいれて、ごはんをかき混ぜる。
「とりあえず、混ぜご飯は完成。ちょっとだけ味見を」
俺は少しつまんで口にいれた。
「おーいい感じ。うまい!ちりめんじゃこのしょっぱさと梅の酸っぱさがいいぞ。コータも異世界で勇者として活躍してるだろうから、疲れてるだろ。この塩分は身体に沁みるぞ」
混ぜご飯を優しく握り、皿に並べる。
「綺麗に三角に出来なかった…。俺不器用なのか?」
皿の上には不格好なおにぎりが並んだ。
皿にサランラップをして、テーブルに置いた。
「やべ!具材こだわりすぎたから、飲み物忘れてたわ。とりあえずペットボトルのお茶でいいか」
おにぎりとペットボトルのお茶をテーブルにおき、準備完了
「いつでもこいコータ!」
▽ ▽ ▽
時間は22時を回った。
「遅いな、先週のあれは夢だったのか?でもタブレットはここにあるし…」
俺はタブレットをタップしてみた。
するとディスプレイが光った。
「え?起動した」
ディスプレイには【ビデオ通話】というアプリしか入っていなかった。
「俺からも電話できるのか?」
俺は【ビデオ通話】をタップした。
するとディスプレイに[コータに着信する]と表示された。
「え?これ着信していいのかな?異世界の勇者だし、貴族とかと会ってたりとか、ドラゴンとかと戦ってたりしたら迷惑だよな」
俺はコータに迷惑かけてしまわないか考えた。
「まあいいや。まずいタイミングだったら謝ればいいや、押そう」
俺は緑の受話器マークをタップした。
トゥントゥルルン♪トゥントゥルルン♪
トゥントゥルルン♪トゥントゥルルン♪
「なかなか出ないな。やっぱまずかったか?」
トゥントゥルルン♪トゥント
「あ、出た」
出たと思ったら、タブレットのスピーカーからすごい大きなコータの声が聞こえた。
「ユーサク!!!よかったー助かったー!!」
コータは半泣きで叫んでいるようだ。
ディスプレイは真っ暗でコータの姿は見えなかった。
「どうしたんだよ」
「聞いてくれよユーサク。先週、ピザもらっただろ?あ!ピザ美味かったありがとう。コークハイも!こっちの世界で酒が飲めるなんて、本当ありがとな!」
「どういたしまして。そんなことはいいから、何があったんだよ」
やばい状況なんだろうけど、コータのせいでやばい状況に思えなくなっていた。
「それがさ、ピザをもらった翌日に街に行ったんだよ、街に入ろうと門兵に話しかけたら、言葉が通じないんだよ!あのクソ女神!ふざけやがって!それで、言葉が通じないから身振り手振りで伝えようとしたんだけど、いきなり門兵が怒り出して!捕まえられて地下牢に入れられたんだよ」
コータの説明でディスプレイが真っ暗な理由は地下牢に入れられているからだろう。
「は?大丈夫なのかよ。てかチートの能力で逃げればよかったじゃん」
「俺のチートってさ、魔法と防御に全振りしてるじゃん?」
「いや、知らねーよ」
「手錠はめられた瞬間魔法使えなくなるし、タブレット取られるし!そのまま地下牢に飲まず食わずで3日間閉じ込められたんだよ。あのクソ女神バカすぎるだろ本当に!」
「ん?3日間ってことは、もう出たんだよな?まだ地下牢みたいなところいるように見えるんだけど」
「その後がもっと大変で、地下牢3日目の夜だよ。兵士が牢を開けてくれて、逃してくれるのか?って思ったのよ、そしたら手錠つけたまま外に連れられて、馬車に乗らされ、着いたのはたぶん奴隷商」
「は?奴隷商?奴隷とかある世界なの?」
「言葉わかんないしすぐ捕まったから、全然わからん。でも周りにいるやつらを見ると奴隷だと思う」
「なるほど」
コータは俺が想像していた勇者ストーリーとはかけ離れた道のりを歩んでいたようだ。
「まあとりあえず、この1週間何も食ってなくて、生命力を高くしたのとパッシブスキルの『健康体』を持ってたから生き延びれた。でも、どんだけ健康体でも腹は減る!檻の中で「腹減ったー」って叫んでたら、門兵に取られたタブレットがいきなり目の前にきて、ユーサクからの着信が来たんだよ」
「タブレットは着信があると持ち主の元に来るのか?なんかすごいな異世界」
「タブレットの能力とか今はどうでもいいから。ユーサク、飯をくれ飯を!」
「送るけどさ、コータはそのまま奴隷になっちゃうのか?」
「やだよ!奴隷になんかなりたくないよ!ユーサクの飯があればどうにかなるはずなんだ!」
コータの早口の状況説明だけでも混乱してるのに、俺の飯があればどうにかなるとアホみたいなことを言い出した。
「なんで俺の飯でどうにかなるんだよ!」
「先週ピザもらったじゃん?あれ食った後、俊敏力が一定時間ものすごく上がったんだよ!」
「ん?ってことは俺が送る飯にはバフ効果みたいなのがあるのか?」
「たぶんそう。だからユーサク!筋力が上がる飯頼む!!」
俺はテーブルの上の不格好なおにぎりを見た。
「いや、まじでごめん。コータが米を食べたいだろうと思って、おにぎりにしてしまった」
「おにぎり??」
「本当にすまん」
「何言ってんだよ!最高だよ!筋力上がる飯っぽいよおにぎりは!」
「は?なんだよ。おにぎりが筋力上がるっぽいって」
「しかも見てくれよ、俺後ろで手錠されて拘束されてんだぜ!おでんとかラーメンだったら地獄だった!ユーサク天才!おにぎりが今の俺に1番いい!」
見てくれと言われても、暗くて全く見えなかった。
「でもこのおにぎりで筋力上がらなかったらどうするんだよ」
「上がる!絶対。上がらなくても責任感じるな」
「でも…」
「大丈夫。俺、勇者よ?」
「はぁー、なんで奴隷商に捕まってるのにそんな元気なんだよ。本当昔からお前は…」
コータの能天気さに呆れながらも、俺は腹を括った。
「…わかった。今から送るぞ?」
「おう。頼む!」
俺はおにぎりとお茶のペットボトルを見て唱えた。
「転送!!」
おにぎりとお茶のペットボトルが光ってなくなった。
「きたきた!うまそー」
真っ暗で何もわからないが、ちゃんとおにぎりとお茶はコータに届いたようだ。
ディスプレイを見るとカウントダウンが表示されていた。
「おい。カウントダウン始まったぞ!早く食え」
「後ろで手を拘束されてるから動きにくくて」
「はやく!」
「食えた。うまい!久々の米!しょっぱいし酸っぱいし!身体に染み渡るーーー!!」
コータは味に満足してくれたようだ。
でも今はそんなことよりステータスだ。
「どうなんだ?ステータスは」
「うーん、すぐにはわからないんだよねー」
「本当に大丈夫なのか?」
「うーん?たぶん。てかなんか口の横に米粒がついてる感じがする」
俺は親友の間抜けな反応に少しイラ立ちを覚えた。
「そんなことはいいから、ステータスは?」
「ちょっと待って、こっちにも米粒ついてた。よし、取れた!」
「ん?」
俺は違和感を感じた。
「コータ。どうやって米粒取った?」
「え?そりゃ手以外ないだろ」
「ん?ってことは手錠外れてね?」
「ホントだー!!」
俺は親友のアホさに頭を抱えた。
「おい!おい!ユーサク!手錠ちぎれてる!!」
「手錠引きちぎれるほどの筋力アップとかすごいな…。てかいつの間にか時間があと少しだぞ」
「まじ?おにぎりマジ上手かったぞ!お茶もあとで飲むから」
「わかったから、コータ!来週の金曜日、何食べたい?」
コータの返答を聞く前にディスプレイは暗くなっていた。
「また、何食べたいか聞けなかった。あいつ異世界行ってどんな災難にあってんだよ」
俺は自分用に作ったおにぎりを1口食べた。
「うっま」
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