10週目.豪華朝食セット
俺は電車に乗って、近くのデパートに来ていた。
目的は高級食パンを買うためだった。
ユイの希望はハンバーグのふかふかの方だったが、さすがにバンズだとコータがかわいそうだから高級食パンにすることにした。
「バカ並んでるんだけど」
目当ての食パン専門店は行列になっていた。
俺は1時間弱並び、目当ての食パンを購入した。
「あとは一緒に食べるものか」
俺はデパ地下で高級バターや生ハムやベーコンやソーセージやチーズを購入した。
▽ ▽ ▽
家に帰ってきた。疲労感がすごかった。
「やっぱり外出は在宅の俺にはつらい、しかし準備をしなくては」
俺は今日買ってきた物の調理を始めた。
買ってきた食パンをスライスし、半分はトースターで焼くことにした。
チーズを乗っけるバージョンとそのままバーション。
高級バターを乗っけたバージョンなどいろいろ作った。
生ハムとチーズは皿に盛り、ベーコンとソーセージは炒めた。
「あと何がいるかな?」
俺は冷蔵庫を開けるて中身を確認すると、卵があった。
とりあえず目玉焼きと、チーズオムレツを作って皿に盛り付けた。
「こう見ると、完全に豪華朝食セットだな」
俺は作ったものにラップをし、コータからの着信を待った。
▽ ▽ ▽
トゥントゥルルン♪トゥントゥルルン♪
タブレットが鳴った。
俺は緑の受話器マークを押してビデオ通話にした。
ディスプレイに映っていたのはヤリネだった。
「ヤリネ、久しぶり!」
「お久しぶりです、ユーサクさん」
ヤリネは初めて見たときとガラつと印象が変わっていた。
当然ボロボロの服は着ていなく、栄養不足のように見えた身体は少し肉が付いたようで安心した。
「ユーサクさん。前回の石の日はありがとうございました」
「ん?」
「あっ!ユーサクさんの世界では金曜日って言うんでしたね」
「あー先週のやつか。コータとちゃんと話した?」
「はい。コータさんとお酒を飲みながら、しっかり話しました」
「それはよかった」
コータとヤリネがちゃんと話せたと聞いて安心した。
「あのお酒は、ユーサクさんが用意してくださったと聞きました」
「用意しただけだよ」
「それでも、きっかけを作ってくださいました。ありがとうございます」
ヤリネは頭を下げた。
「それで、仲直りは出来たの?」
「できたと思います。まあ喧嘩していたわけじゃないんですけどね」
ヤリネは少し照れくさそうだった。
「どんな話をしたか聞いてもいい?」
「はい。まずコータさんが私の何に怒っていたのかを聞きました」
「うん」
「コータさんの話を聞いて、自分の考えの甘さを心の底から痛感しました」
「考えは少し甘かったかもしれないけど、奴隷を助けたいっていうヤリネの気持ちはとても良いと思ったよ」
「ありがとうございます」
ヤリネは俺に頭を下げた。
「でもこれからいろいろ工夫しなきゃいけなそうだね」
「そうですね。昨日も盗賊が連れていた奴隷を見つけたんですが、すぐには解放せずに奴隷から希望を聞いてから対応するようにしました」
「なるほどね」
「対応と言ってもコータさんに頼る形にはなってしまいますが。私もいろいろ考えながら行動するようにしています」
「良い事だと思うよ」
「解放を望む奴隷も居たのですが、そいつは犯罪を起こして奴隷になっていたみたいで、コータさんの『鑑定』がなければ気付けなかったです」
「あーそういうパターンもあるのか」
「奴隷商に働かされていた時は、周りに無理やり奴隷にされた人しかいなかったので自分の知識の狭さを痛感しました」
ヤリネは悔しそうな表情をしていた。
「そういえば、ヤリネはどうして奴隷商で働かされてたの?」
ヤリネは少し渋い顔をした。
「言いたくなかったら言わなくていいからね」
「いや大丈夫です。私は元々孤児で孤児院で暮らしていました。その孤児院は裏で奴隷商と繋がっていて、10歳になった時に奴隷商に売られました」
「うわー。過酷だな」
「いろんな主人の元を奴隷として転々としました。20歳になった時、たまたま私のスキルの詳細を見た奴隷商が私を買い取り、それ以降そいつの元で攫われた人を無理やり奴隷にする仕事をしていました」
「無理やり?そんなことができるの?」
「はい。奴隷商人になる人間は、奴隷契約を結べるスキルを持っているんです。基本は相手が同意することで契約が成立します。ですが実際は相手を脅したり、弱らせた状態で契約を結ばせることが多いんです」
「それで、ヤリネはそのスキルを持っていると?」
「いいえ。それよりも強力なスキルです。私のエクストラスキルは『誓約を管理する者』と言って、相手が拒否することが出来ない誓約を結ばせることができるんです」
「え?」
俺はヤリネのエクストラスキルというものを聞き、怖くなった。
俺の表情を見て、察したのかヤリネが喋り始めた。
「心配ですよね。でも大丈夫です。このスキルは誓約を結ぶ相手に負けたという事実を与えないと使えません」
「負けたという事実?」
「奴隷商では、99本のトレントの枝を1本のエルダートレントの枝が入った木箱を使っていました。交互に木箱から枝を取り出して、エルダートレントの枝を取り出した方が勝ちという遊びみたいな方法を使っていろんな人達を奴隷にさせてました」
「毎回勝ってたの?」
「はい。木箱の底に細工がしてあって、その仕掛けを開けないとエルダートレントの枝は取れない様になってました」
「つまり、ずるしてたってこと?」
「はい。ズルをしていても、木箱の中にエルダートレントの枝は実際に入っていて私がそれを取り出せば、相手が負けた事実が出来上がるのです」
「なるほど、隠し持ってたりしたら負けた事実にはならないから誓約を結ぶことはできないってことか」
「はい」
「でもほとんど最強のスキルだね」
「いえ、もし負けてしまうと結ぼうとしていた誓約が自分に降りかかってしまいますので、勝負内容や細工を見ぬく相手だと何もできずに終わってしまいます」
「なるほど」
俺はコータの説明以外で初めてこの世界の話を聞いたせいか、あまりにも内容が異世界過ぎて少しワクワクしてしまった。
「負ける可能性がある能力かもしれないけど、人の人生を狂わせることができる能力だね」
「そうです。私はこのスキルを使って奴隷にさせてしまった人達を全員救いたいんです。そして奴隷になって悲しい思いをしてる人達を助けたいんです」
「良い考えだと思う。でもたぶん今のままじゃ大変だろうね」
「そうですよね」
「うん。ヤリネが奴隷商人とかやってみたら?」
「え?なんで私が奴隷商人なんかにならないといけないのですか?」
ヤリネはわかりやすく怒っていた。それに俺は少し戸惑ったが、自分の思っていることを話し続けた。
「奴隷商人に良いイメージはないかもしれない。でもヤリネが奴隷商人になったら、今やりたいと思っていることが半分くらいはできると思うんだけどな」
「どういうことですか?」
「今から話す事は、ヤリネがものすごく頑張ってもできないかもしれない夢の話だけどいい?」
「はい。聞きたいです」
俺は、自分が考えることができるヤリネの理想の将来像について話した。
「まず奴隷商人になれば、助けた奴隷の中で解放されずに奴隷としてしか生きるすべがない人に良い主人をあてがうことができるし、奴隷解放されたいけど解放されてもやれる仕事がない人に手に職を付けられそうな場所をあてがってあげたりすれば、奴隷解放後の不安もなくなると思う」
「なるほど…」
「奴隷商を大きくすれば、ヤリネが奴隷にしてしまった人達を探すためのコネや資金なども集まる。もし奴隷解放後に冒険者になりたい人が居たら、手に職をつけてくれたヤリネに感謝をしていろんな場所から悲しい思いをしてる奴隷を連れてきてくれたりするかもしれない」
「……」
「コネが増えれば良い主人も増えて幸せになる奴隷を増やすことができるし、犯罪を犯した奴隷で反省していない奴隷とかは厳しい環境にあてがうことだってできる。コータについて行くままだと助けられる奴隷の数は増えない。それならコータを利用したり手伝ってもらったりして必要な力を手に入れられるようにした方がいいんじゃないかなって俺は思うよ」
ヤリネは俺の話を聞いて黙っていた。
「ごめん。無茶苦茶なこと言い過ぎた?」
「…いえ。話を聞いて、自分の中でやらなきゃいけないことを考えてました」
「それならよかった。なんか長々と話しちゃったね。そろそろお腹もすいたでしょ?コータ呼んできてもらえる?」
「わかりました」
ヤリネはコータを呼びに行った。
少し待つとコータがやってきた。
「ユーサク。ありがとー!」
「なんだよ」
「俺じゃ考えられなかったよ。あんな名案!」
「は?聞いてたのか?」
「まあ勇者だし。集中すれば聴力も上がるから」
「うぜー。まあいいや。仲直りしたご褒美にあれくらいの夢話はしてやるよ」
「夢話じゃなくなるかもよ?」
「は?」
「まあそんなことはいいから、飯をください!ユーサク様!」
「わかったよ」
俺は最後の仕上げをしにキッチンへ向かった。
▽ ▽ ▽
「ユーサク!このフカフカおいしいよ」
「それはよかった」
ユイは美味しそうにパンを食べていた。
ヤリネは食事をしながらも何か考えているようだった。
ディスプレイを見ると、カウントが残りわずかになっていた。
「コータ!来週の金曜日、何食べたい?」
「うーん」
コータはなぜかニヤニヤしている。
「大勢で食べれるのがいいかな?居酒屋メニューでお酒もよろしく」
コータがそういうとディスプレイは暗くなった。
「初めてちゃんと要望が来たけど、大勢ってどういうこと?」
俺はコータの意図を理解できなかったが、すぐにスマートフォンでネットショッピングのアプリを開いた。