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69.隣大陸まで根を張っておこうか

 エインズワース公国の建国は、すぐに海の向こうへも伝わった。こちらの大陸と変わらぬ大きさを誇る隣国は、舌舐めずりしていた。庇護を失った豊かな大地が目の前にぶら下がっている。この獲物を食らうのは自分達だ。


 強大な軍事力で己の住む大陸を制覇した国ランドルフは、次の侵略対象にエインズワースを選んだ。貪欲に食らう蛇の紋章を掲げた国の魔手が迫ろうとしていた! が、聖樹ラファエルの加護は大陸全土に広がっている。すでにマーランド帝国も網羅したラファエルは、細い根を伸ばしながら大陸を支配下に置いていた。


『数百年ほどうたた寝した間に、隣は随分と増長したじゃないか』


 にやりと笑う。隣の大陸は、かつて同じ根から分たれた双子が支配する地域だ。その気配が弱まり、人間に危害を加えられたであろうことは明白だった。聖樹の本体でも伐られたかな? くつりと喉を鳴らして笑う。


 海岸線に到達した敵の船の上陸を、海岸の砂を利用して阻む。人の関わる事件は人が解決……巫女であり妻となるグレイスの言葉を無視する気はない。ならば、解釈の範囲を変更すればいいだけのこと。長く生きた分だけ狡賢いのは、どの生き物も同じだからね。生まれて十数年のグレイスが太刀打ちできるわけがなかった。


 海岸に足を乗せると、砂がその体を腰まで飲み込んだ。身動きできない仲間を船の上から助けようとするが、波が邪魔をする。満ちていく潮に、海岸は悲鳴と懇願、助けを求める響きで埋め尽くされた。やがて、その声も波に飲まれて聞こえなくなる。


 地獄絵図を楽しむように目を細めた。さて、隣国までは海だったね。海水の中なら、根をずっと伸ばし続けられる。土を掘るより早く到達できるだろう。今後のことを考えるなら、向こうの大陸に分たれた妹を助けておこうか。


 細かな根を張り巡らせる大陸側の動きを止め、代わりに海へ向かって根を伸ばす。船脚より速い根の成長は、現在のラファエルの力を示していた。巫女の影響で、かつてないほど力が溢れる。


「ねえ、聖樹様。僕の出番は残ってる?」


 シリルが尻尾を揺らしながら尋ねるが、残念ながら答えられない。嘘は言えないし、誤魔化すにも難しいのだ。だから意味ありげに笑った。その表情を見るなり、尻尾の動きが止まる。


「ひどいや」


『そう思うなら、グレイスに強請ってごらんよ』


「もっと無理ね」


 絶対に止められるもの。わかってて言うなんて、ひどいわ。フィリスがむすっとした声で断言した。久しぶりに声を上げて笑ってしまう。


「どうしたの? ラエル、楽しそうね」


『うん、泥濘(ぬかる)みで足掻(あが)く姿が滑稽でつい』


 これは嘘じゃない。溺れた仲間に怯え、船にしがみ付く敵兵を見渡しながらの感想だ。詭弁に首を傾げたグレイスが尋ねようと口を開くより早く、彼女の家族が駆け付けた。


 人間が騒いでいる間に、僕は根を伸ばしておこう。もし妹の領域が荒らされていたなら、取り返さないとね。大陸の征服者は人間じゃなくて、聖樹なのだから。

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