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61.聖樹の新しい苗木がひょっこり

 引っ越しの準備だと言って、ラエルが耕した土の上に座り込みました。汚れてしまうと慌てる人々を気にせず、土を確かめては微笑みます。美しい顔に、農夫のおかみさん達も頬を赤らめました。


 分かりますわ。自分に愛する夫がいても、好みの男性が微笑んだら照れちゃいますよね。嫉妬するほどの状況ではないので、私は穏やかに状況を見守りました。耕す作業のため、奥様方ばかりだったのも安心材料のひとつです。未婚女性ばかりなら、私も牽制しなくてはいけませんもの。


「ラエル、場所は決まりました?」


『ああ、ここにしたよ』


 手招きされたので、ワンピースの裾を摘んで土の上に飛び込みます。ずぶっと沈んでしまうかと思ったのに、まさかの空中浮遊でした。ほんの僅かだけ、土より浮いているのです。


「何、これ」


『グレイスが汚れてしまうだろう? 安心して、落としたりしないから』


 くすくす笑うラエルの言葉に、聖樹様の力だと納得した周囲の人々が「こりゃすごい」と口々に騒ぎ始めました。聖樹様は実りをもたらす存在として認識されています。しかし、このような超常現象を起こす力を持っている認識はありませんでした。巫女である私がそうなのですから、領民も当然ですね。


「グレイス、どんな感じなの?」


 好奇心旺盛なお母様に、私は足下を改めて見つめてから答えました。


「床のように硬いです。靴音を抑える薄い布が敷かれた床、が一番近いですわ」


 ラエルの隣まで行くと、靴を脱ぐように言われた。貴族女性にとって太腿は夫以外に見せてはならない部位ですが、くるぶしや膝下までは問題ありません。正装ではマナーが変わりますが、ワンピースが日常着の私は、抵抗なく靴を脱ぎました。


 伸ばすラエルの手を取ると、足が土に触れます。ひやりとした感覚を想像したのに、熱がじわじわと伝わって熱いくらいでした。少し熱めの温泉くらいでしょうか。


『僕の手を握って、聖樹の姿を思い浮かべて欲しい。出来る?』


「ええ。いつも空から見ていたから、すぐ思い出せるわ」


 つい先日も見たばかりです。フィリスの背で見た景色をより鮮明に思い出すため、ラエルの手を握った直後に目を閉じました。美しい巨大な樹木、内側には不思議な空間がある。居心地の良い第二の故郷です。浮かんだ景色は幻想的で美しく、家族にも見せたいと思った。


 皆もこの風景を知ったら、聖樹であるラエルをもっと尊敬すると思うわ。他国でいう神様みたいな存在なの。恵みをもたらし、大地を潤し、この国の発展を支えてきた。


 向き合ったラエルと両手を繋ぎ合い、祈るように聖樹の姿を思い浮かべる。緑の葉が風に揺れ、ざわりと音を立てた。木漏れ日が柔らかく降り注ぎ、私は聖樹の内側で透明になるのよ。同化して、このまま溶けてしまいたい。


『ありがとう、もう平気だよ』


 ゆっくり目を開く。夢から覚めたように、現実の風景が目に飛び込んだ。私と、ラエルの間に……何か生えてるわ?


 首を傾げた私は右手を繋いだまま、左手を離す。まだ私の手首ほどしか太さがないですが、新しく生えたばかりと考えれば驚きですね。細い苗木を回り込んだ私に、ラエルが教えてくれた。


『これが聖樹の苗、これから育っていくよ。数日あれば大きくなると思う。周囲に人が近づかないようにしてくれるかな。間違って養分にしてしまうと困るだろう?』


 間違って人間を養分にしてしまうんですの? それは怖いです、ラエル。

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