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51.もふらせてもらえれば許します

 屋敷の前でアイヴァンは眉を寄せる。聖獣による祝福の効果で早く帰れたはいいが、娘が誰かと腕を組んでいた。隣で微笑む妻ジャスミンの表情を見れば、何となく察した。もう婚約者候補が出来たのだろう。


 王家に無理やり婚約させられ、グレイスは1年間も奪われていた。その時間を取り戻せると思った矢先に、もう次の婚約者が現れる。それはグレイスが魅力的な証拠でもあるが……父親としては複雑だった。もっと長く手元に居て欲しい。


 義弟のユリシーズは帝国に報告に戻ったため、カーティスが迎えに出るはずだが。何かやらかしたか。


「ただいま戻った。ジャスミン、グレイス」


「お帰りなさい、あなた」


 妻と抱擁を交わすが、挨拶のキスは触れずに形だけで済ませる。旅をして汚れた姿でキスを贈るのは失礼だろう。グレイスも同様に手を広げて待つが、手前で会釈するだけ。飛び込んできてくれなかった。


「お帰りなさいませ、お父様。メイナード兄様も、ご無事で何よりですわ」


「あ、ああ。グレイス? 抱き締めさせてくれないのかい」


「……私ももう大人ですわ」


 遠回しに拒否された。なぜだ、つい先日まで抱き締めさせてくれたのに。隣の男のせいか? 


 じろりと睨むように確かめた青年は、日に焼けた肌に長い緑髪をしていた。金色の珍しい瞳……もしかして。


「聖獣殿か、いや……聖樹、さま? そんなわけ」


 ないと否定しかけたアイヴァンへ、妻ジャスミンはにっこり笑って肯定した。


「さすがはあなたね。聖樹様がグレイスを伴侶にしてくださるのよ」


「は?」


「え?」


「……うそ」


 グレイスの父、次兄、後ろの分家当主の順で固まる。途中で回収された分家の馬車や逃げてきた民も含め、全員が息を呑んだ。


 聖樹の存在を知らぬ王国民はいない。だがエインズワース領にある森以外に広がることはなく、人型を取る認識もなかった。漠然と「大地の神様のような存在」として認識され、その代理人である聖獣達の方が有名なほどだ。


 聖樹が人の形をしており、それもこんなに整った顔の青年だなんて。誰も想像しなかった。聖獣達が口にすることはないし、巫女であるグレイスもそんな話をしていない。だから神のような存在と認識しても、目に見えるとは思っていなかった。


『グレイスの父君か、顔を合わせるのは初めてだな』


 普段より硬い口調のラエルに、グレイスは少し驚いた顔をするが、黙って様子を見守った。片膝を突いて礼を尽くす父の後ろで、慌てたメイナードが同様に跪く。


「聖樹様にはご機嫌麗しく……グレイスを娶るお話ですが」


「あなた。込み入ったお話は中でゆっくりと。グレイスも聖樹様も逃げたりしませんわ」


 ほほほと上品に笑うエインズワース家当主に窘められ、分家の当主を含め割り当てられた部屋に分かれていく。旅の汚れと疲れを落とし、改めて夕食後に話すことに決まった。


「シリル達の食事は、どのくらい用意したらいいかしら」


『ノエルとパールは時間が掛かるね。シリルもフィリスも、少しでいいよ。食べたって栄養になるわけじゃないし、嗜好品だから』


 初めて聞く話にグレイスは目を瞬かせる。それから思い出してみたが、確かに聖樹様のところにいた間は食べてなかった……かも? いつもお菓子や食事を体の大きさに応じて用意していたけど、無理して食べてたのかしら。首を傾げた。


「ごめん、言い出せなかったの。美味しいからつい……食べちゃうんだよね」


 申し訳なさそうに白状したシリルの反省した伏せが可愛くて、抱き着いて存分に尻尾をもふらせてもらうことでグレイスは彼らを許した。さりげなくお母様も混じっていたけど。許して欲しいわ、気持ちいいんだもの。

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