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40.僕は君を取り込んでしまいたい

 聖樹様の領域は、本当に気持ちが安らぐ。何も心配がなくて、生まれる前に母の胎内にいた頃のよう。大きな愛情を感じながら、微睡んでいられるの。


『グレイス? 眠いのか。人は不便だね』


 柔らかい声に頷いたのかしら。私の目元を覆う手のひらの感覚が、さらに眠気を誘う。私は愛されている、誰も今の私を害することは出来ない。


『ゆっくりお休み、愛しい僕だけの巫女』


 頬に唇が触れたと思ったのが最後で、そのまま深い眠りに落ちていく。ゆっくりと沈む意識が、何かを求めて手を伸ばした。指先に絡んだ温もりを握り締める。このまま溶けて消えてしまえたら、最上の幸せね。









 水中から顔を出すように、一瞬で意識が覚醒した。私を抱き止める腕に縋り付く。顔を上げた私の額に、キスが落ちた。


「聖樹様?」


『名前で呼んでくれると嬉しいな』


 強請る響きと同時に、美しく整った顔が近づく。照れて赤くなってしまった。婚約者だったナイジェルの顔がここまで近づいても、きっと私は何も感じない。貴族の義務だから、王命だから婚約しただけ。愛情なんて抱かなかった。もちろん彼自身の言動も原因だけれど。


 緊張した私の喉がごくりと音を立てる。名を呼ぶことを許されたのは、巫女になって数年経ってからだった。聖樹様が突然『ラファエル』と名を口にしたのが最初で、大木の内側にいる時だけ呼ぶことを許された名前。外で口にしたら、言葉が拡散してしまう。誰にも秘密の呼び名だった。


「ラファエル様」


『うん。何だか響きが硬いね。ラエルと略して?』


「ラエル様」


 素直に言われたまま従う。逆らうなんて、恐れ多いわ。それ以前に、彼が望むならなんでも叶えたかった。幼い頃、迷い込んだ日から……私はあなたの物なのよ。心の中を見通し声にしない願いを聞き届けるラエル様は、きっとこんな私の心を知っているはず。醜い人間の欲を不快に思ったりしないかしら。


『様なんて付けるからいけないのかな。ラエル、と』


「ラエル……」


 緊張しながら、心の中で「様」を付け足してしまう。苦笑いするラエル様のお顔は、人間くさい感情を浮かべていた。困惑、かしら? いいえ、悪戯をした私を見るお父様の眼差しに近い。


『僕は君を取り込んでしまいたい。それは人間の言う恋愛感情とは少し違うけれど、誰にも君を渡したくないと願う気持ちは同じだよ』


「私、も……ラエルと一緒にいたい」


 もう人間のルールに縛られたくない。公爵令嬢としての義務は十分すぎるほどに果たした。家族と一緒に暮らしたい気持ちもあるのに、ラエルとこうしていたいの。私の初恋はユリシーズ叔父様だった。でもこんなに胸が苦しくなかったわ。


『妬けるね……ああ、これが嫉妬という感情か。グレイスと触れ合うたびに新しい感情を覚えるのは、とても楽しい』


 頬に触れるキスは短くて、強請るように私はラエルの頬に手を滑らせた。美しい黄金色の瞳は、まるで木漏れ日のよう。見惚れた私の唇を掠めた感触に、はっと我に返った。


 今、口付けを? 問いかける眼差しに、ラエルは何も言わずに微笑んだ。

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