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16.ただいま帰りました

 屋敷が見える丘で、一度足を止める。懐かしい香りだわ。特産品のラベンダーが咲くはずの丘は、今は緑一色だ。すでに花の時期は終えて、摘み取られた花は加工されている頃だろう。


「今年の花を見たかったわ」


 残念。呟いてシリルの首にしがみつく。拗ねた私を慰めるように、舞い降りたパールが頬をすり寄せる。過ぎたことを愚痴っても仕方ないわね。顔を上げて姿勢を戻した。


「これからはずっと一緒に見られるよ」


 白狐シリルの慰めに、そうねと同意する。ふわっふわの毛並みは真っ白で、一点の曇りもない。本当に美しい。この子達を守ってのんびり暮らすのが、私の望みだった。


「さあ、屋敷に行きましょう」


 見える距離だもの。感傷に浸るのは後でもいい。一緒に来た皆を休ませてあげなくちゃ。シリルが元気よく駆け出し、向かいから駆けてくるフィリスが叫んだ。


「パール狡い! 私だって甘えたかった!!」


 どうやら獲物を届けて、処理を白狼のフィリスに押し付けたらしい。こういうところ、パールやノエルは上手なんだから。いつも貧乏くじを引くのはシリルやフィリス。私は大きく手を広げて、フィリスを呼んだ。


「フィリス、こっちよ! 屋敷で一緒にお風呂に入りましょうね」


 途端に急停止した翼ある白狼が目をさ迷わせる。やっぱり、まだお風呂は苦手なのかしら。折角ふわふわの毛皮を持って生まれたのに、手入れをしないなんてもったいないわ。


「まだ綺麗だからいい」


「ダメよ、一緒に隣で寝たいでしょう?」


 石鹸でよく洗わないと、部屋に入れないの。わかってるくせに。諭すようにフィリスを説得する私を乗せたシリルも挙動不審になる。猫のノエルもそうだけど、お風呂が好きなのはパールだけなのよね。部屋に入れる以上、ある程度綺麗にしないと入れてあげられない。


「今日は皆でお風呂よ。久しぶりでわくわくするわ」


「……違う意味でどきどきする」


 嫌だと匂わせるシリルの歩く速度が遅くなる。屋敷に近づきたくないと我が侭を滲ませる聖獣に、私はご褒美をちらつかせた。


「でもね。今日お風呂に入ったら、一ヵ月は一緒に部屋で寝られるのよ?」


「「「入る」」」


 まだ馬車で寝ているノエルはそれでも嫌がるかも。彼を押さえつけて洗う方法を考えなくちゃね。今年のラベンダー香油が手に入ったら、部屋で使いましょう。楽しい想像をしている間に、屋敷前の門にたどり着いた。


「開門!」


 シリルが声を張り上げるまでもなく、門番が重い扉を滑車を利用して開く。上に巻き上げられる格子扉をくぐり、巨大な白狐から滑り降りた。後ろに馬車が続き、騎士団もそれぞれに馬から降りる。


「我が愛しのグレイス! 待って居ったぞ!!」


 ぐおおおお! 雄たけびを上げながら走ってきたのはお父様。苦笑いしながら優雅に歩いて来るお母様をよそに、私に飛びついた。抱きしめる腕の力が強いけれど、懐かしさに胸がいっぱいになった。じわりと滲んだ涙を隠し、腕をお父様の背に回す。


「ただいま帰りました、お父様、お母様」


「もう二度と出さん。グレイスは嫁にはやらん!!」


「馬鹿なことを言いだして、もう!」


 ぺしっとお母様がお父様の額を扇で叩く。結構痛いやつですね、それ。


「おかえりなさい、私の可愛いグレイス」


 お父様が顔を顰めながら腕を緩めてくれ、お母様と抱擁を交わしました。じいやも侍女達も涙ぐむいい場面で……門の外から罵声が飛んできます。


「こら、グレイス! 貴様、俺をこんな目に遭わせて許されると思うな!?」


「そうよ! 出てきて詫びなさい!」


 あら、私……動物は好きですけれど、礼儀のなってないサルは範囲外ですわ。

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