飛行艇 -空で果てる人々よ-
人は生きている。
なぜ人は生きているのか、私には分かりません。
生きたいと人は言う。
死にたいと人は言う。
人は、産まれた時点で『死』が約束される。
私は、死ぬために生きている。
……ならばこの旅はきっと
____________『無意味』な旅だろう。
この手を伸ばしても届かない、遥か遠い空からこの地に光を届ける太陽が、畑に育つ作物を、今日もまたより良い物へと成長させてくれる。
日々の儀式である聖堂に、納められた飛行魔石に魔力を捧げ、観察するたび成長する作物達の様子を見て回る。
水を貯水槽から汲み上げ畑に与えていく。
水は非常に希少な資源だが、私達が生きていく為には、その希少な資源の使用なくしては、明日がない。だから私達は、こうして少ない資源を使って作物を育てている。
【生きていく為に。次に繋げるために。】
私達はそう教えられて育ってきた。
生きていく為に必要な事だから。と。
「…アイナ!」
不意に、背後から呼び掛けられ、その声の主を見るためにゆっくりと振り返る。
風に揺られる肩まで伸びたブロンドの髪に、見た者を魅了する真紅の瞳。
黄色のワンピースに、つばの広い麦わら帽子を着こなし、そこから伸びる白い手脚は、真っ直ぐ照らす太陽の光を浴びて尚、その純白の肌が焼ける事は無く、天使や女神と称されるほどの圧倒的プロポーションを保った人物が、両手を腰に当て、見上げるような姿勢で私を見つめている。
その端麗な容姿は間違いなく、私のよく知る友人_____フィーナであった。
「フィーナ……どうしたの?」
「どうしたの……じゃないよ!アイナったら呼んでるのに、ぜーんぜんっ、気が付かないじゃない!」
そう言ってぷくーっと頬を膨らませた彼女は、次の瞬間には同性をも魅了する、魔性の笑みを浮かべ、帽子を抑えるようにその両手を頭の後ろに乗せると、今度は私の目の前で、ワンピースの端が大きく揺れる程、クルッと一回転してみせた。
一体何がしたいのか、私にとっては理解し難い謎ではあるが、彼女はそんな事はどうでも良いとばかりに、表情をコロコロと変え、ニヤリと____もし仮に、フィーナを愛する人間がこの場に居たのなら、その晩年の恋も醒めるのではないかと思えるほど、非常に悪どいしたり顔で、私にこう振ってくる。
「そっかぁ……アイナちゃんは明日で18歳だもんねぇ。そりゃ、ぼーっとしちゃうか。」
ニヤニヤと、少しムカつく仕草で、此方を見つめるフィーナ。その行動に悪意はない………きっと。しかし、フィーナの言う通り、私は明日で18歳だ。この隔離された施設ともおさらばになる。そう考えれば、私がぼーっとしていたのも納得が出来るのだろう。そんなつもりは微塵もなかったが。
「そうかも知れないね。」
「またまたぁー、カッコつけちゃってぇ___本当はエッチしたくて堪らないんじゃないの?」
ケラケラと笑うように此方を見ては、「エッチー」などと此方を煽るフィーナを見て、小さな溜息が出た。
「____さぁ、ね。」
フィーナは私の反応が、満足のいく解答では無かったからか、面白くなさそうに口を尖らせると、帽子を両手で再び抑え、またまたクルリと回転する。
「でも、いいなぁ。アイナは、明日から大人の世界で子作りに励めるんでしょー。私も早く子作りしたいなぁー。」
「…………」
この島はきっと異常だ。そして同時に、この島で私は異常なのだろう。
「私、子供は最低10人は産みたいなぁー、アイナは?」
「………私も……それくらいかな。」
この島で産まれた子供は、全て島の資源としてこの施設へ収容され、【生きていく為。繋げるために。】子を産ませる為の教育を、5歳から18歳になるまで続けられる。
その教育課程で、性に関する知識の殆どを植え付け、フィーナの様に子を為すのを是とする考えを身につける。
島を存続させる為には、子を作り続けなくてはならない。その為にこの施設は存在している。
島は飛行魔石により、常に雲の上を浮遊している。
私達島民は、この島を浮遊させ続ける為に魔力を魔石へ供給する。
毎日千人以上の人の魔力を供給する事で、この島は浮遊し続ける事が出来る。
その為に島民の大人が、人の数を維持する為に毎日、子を作り続けるのである。人は希少な資源なのだ。
遥か昔この島が、海と呼ばれる雲の下に存在する陸地に存在していた頃は、鉄鉱石や鋼と言った様々な資源が存在していたとされる。
今島に存在する家屋や、この島そのものも遥か昔に建設された過去の産物である。資源と呼ばれる鉱石などは無く、私達人間が持つ、魔力と呼ばれるエネルギーと、月に一度ほど現れる【飛行艇】から交換する物資や技術を頼りに、日々この島は生きながらえている。
「あっ!そうだ。アイナ。さっき飛行艇が島に到着したんだって。見に行こうよ。」
「見に行くって……行っても何も買えないよ。」
「違うよー!飛行艇の良い男を物色するの!」
「……そう。」
このやり取りが日常会話として繰り広げることに、私はとてもおかしく思う。
どうしてそこまで『性』に固執するのか。
どうしてそこまで『生』に固執するのか?
____私には分からない。
フィーナに手を引かれ、こちらの歩幅には一切合わせない足取りに、私は自らの足を引っ掛け転びかけつつ、フィーナの歩幅に合わせ、隣に並んで歩く。
施設で外出の許可を得て、飛行艇が到着したという港へ向かう遊歩道を二人で歩む。
慎ましやかな風に、フィーナの麦わら帽子の端が揺れ、僅かに香る魔性の匂い。
異性を魅了する事だけに磨きをかけた彼女は、他の誰よりも魅力的で、慣れ親しんだ同性の私でも、気を抜けば彼女の虜になってしまうかもしれない。
それ程までに彼女は魅力的だ。
現にこの数分で、すれ違った異性からの突然のアプローチが3回。しかも全てOKなのだから驚きを通り越して尊敬すら覚える。
「ふふーん!これで78人目の交配相手ね!ふふ___18歳になるのが楽しみだな〜。」
器用にも歩きながらクルクルと回転するフィーナを見つめ、改めてこの島の異常さを痛感させられる。
彼女の考え方、その在り方、私にとっては異常と取れるそれも、全て彼女達からすると私の方が異常なのだろう。
施設の教育は、物心がついた時から、私には理解できなかった。
おかしな話である。
子孫繁栄を最優先とする為の教育を行う筈の施設に、私と言う存在がいる。
施設からすれば私は失敗作で、彼女は正に最高傑作と言えるのではないのだろうか。
「……アイナってば!」
「えっ____なに?」
思考の淵から呼び戻され、目の前にはぷくーと頬を膨らませこちらを覗くフィーナの姿。
「なに__じゃないよー!______もうっ、ほら港に着いたよ!」
「え……ええ。」
何という事だろう、それ程までに思考に浸っていただろうか?
言われて気づけば、目の前に広がるのは、黒い石で舗装された大通りを中心に、コンクリート造りの家屋が建ち並んだメインストリート。その先には飛行艇が着水する水路が設置され、既にそこには一隻の飛行艇が積荷を運び出し、その辺りには小さな人集りが出来ていた。
続く(続かない)