A級錬金術士はなびきません!sideA
乙女ゲーム風にキャラ毎にシナリオがあります。
A級〜シリーズ上、ヒロイン(主人公)固定です。
まだ増える予定。
「頬笑草、琥珀の蜂蜜に、月影石のカケラ……よし、と」
材料を確認して、エテルナは錬金釜をゆっくりと混ぜ始める。
大人3人は余裕で入りそうな大釜は、錬金術士の必須道具。7分目まで水を注ぎ、材料を入れ、魔力と知識と技術と経験で錬成し、全く別のものを作り上げる───それが錬金術だ。
エテルナ・フランシェード。アストルムに師事後、わずか一年でA級にまで上り詰めた天才錬金術士。……というのが、世間の彼女に対する評価だ。
しかし実際には、家族に賛同されなかったために錬金術のアカデミーに通えず、ただひたすらに独学で錬金術の勉強を続けてきた錬金術バカ。それがエテルナである。
アカデミーに通っていないのだから学歴も実績もない。それまでまともな錬金術を使うこともなかったのだから、無名なのも当たり前。だが、努力だけは間違いなく積み上げてきた。アストルムに師事した後も寝る間を惜しんで錬金術に没頭した。その結果がA級というだけだ。
なので、エテルナ自身は天才と言われることに多少の違和感を覚えている。言ってもどうにもならないのが、風評というやつなのだが。
エテルナは現在、この錬金術工房兼自宅で、師匠アストルム、兄弟子アルバートと共に暮らしている。元々はアストルムの工房になるのだが───実は現在、音信不通の状態だったりする。
二週間前に「ちょっと知り合いのとこ行ってくるから〜!」と言い残して、それきり。とはいえ、もともと放浪癖持ちの自由奔放な人間であり、殺しても死なないタイプの人だから大丈夫だよね、うん。とエテルナもアルバートも結論づけたため特に生活に支障はない。一応協会には連絡したし、師匠がどこかで協会を利用したなら連絡がくるはずだ。
「これが終わる頃にはアルバートも帰ってくるわよね」
兄弟子のアルバートは今、買い出しに出掛けている。
錬金術で大体のものは作れてしまうが、材料や素材は必要になるし、ぶっちゃけお店で買った方が早いものもある。ケースバイケース、何事も柔軟に効率良く、だ。
「もう少し、頑張るわよ……!」
生き生きと腕まくりをして、エテルナは釜との本格的な一騎討ちに乗り出した。
☆
「よーし、今日の仕事はここまで!」
依頼された品物も完璧に仕上がり、思ったより早く錬成が終わった。腕が上がったからだろうかと少しだけ調子に乗る。
そんな達成感と充足感を味わいながらエテルナが伸びをしていると、ドアベルが鳴った。
アルバートが戻る時間にはまだあるし、彼もこの家の住人なのでまずドアベルは鳴らさない。……となれば。
「……よし、出ないでおこう」
心底渋い顔をしたエテルナはそう決着して、そそくさと片付けを始めた。
どうせ客など一人しかいないし、いや、依頼人である可能性もなくはないが、望まない客人である可能性の方がずっとずっと高いので、今日は居留守を決め込むことにする。
……またドアベルが鳴る。
もう一回。
さらにもう一回。
またまたもう一回。
「しつこい……」
「エテルナさーん! いるのはわかってますよー! 出てきてくださーい!」
「……」
エテルナは頭を抱えた。
予想は見事大正解。この営業マンらしく愛想を振りまく声は、間違いない。望まざる客人その人である。
「聞こえない聞こえない……」
「エテルナさーん? 居留守ですかー?」
「聞こえない聞こえない聞こえない」
「困ったなぁ〜。そうだ、エテルナさんがいないなら、ここでエテルナさんの恥ずかしいエピソード読み上げちゃいましょうかね」
「は!?」
わざとらしすぎる男の声が止まって、何か確認でもしているのか少しの間が空いたかと思うと、再び発生練習張りの良く通る声が響いた。
「えー、3歳の頃、錬金術士ごっこをして、錬金釜に見立てた収納箱から出られなくなり大騒ぎになる。4歳の頃、ジャングルジムを工房と言い張って数日占拠し、友人たちからドン引きされ両親からこっぴどく怒られる。5歳、将来は王子様兼錬金術士と結婚するという密かな夢を持ち、毎日その妄想を日記に綴っていた。6歳、」
バタンッ!!!!!!
「おや、やっぱりいらっしゃいましたね、エテルナさん」
全力で玄関扉を開け放つと、予想通りの顔が爽やかな笑顔を貼りつけて立っていた。
「アンタねぇ……人ん家の前で人の汚点ベラベラと大声で話さないでよ!! てかなんで知ってるのよ信じられない今すぐ帰れーーー!!」
「話を聞いて頂けたら帰りますとも♪」
「うちは勧誘お断りよーーーっ!!」
バタンッッッ!!!!
曲線にしなる勢いで玄関扉を閉める。ちょっと嫌な音がしたけど、壊れても錬金術で直せるし問題ない。それよりもあの腹黒営業マンの顔を見たくない。声を聞きたくない。早く帰れ。帰ってくれ。
「そうですか。では聞いてもらえるまでさっきの恥ずかし……コホン、可愛いエピソード続けちゃいましょうかね。えー、どこまでいきましたっけ、ああそうそう、錬金術士ごっこが楽しくて仕方なかった6歳の頃からですかね。この時は」
「ホンットにアンタ性格悪いわね!!」
バタンッッッ!!!!
ほとんど条件反射でドアを開けてしまった。黒歴史を晒されるのもそうだが、あえて本人にフィードバックさせるとは、あまりに惨い所業ではないだろうか。
「どうせ勧誘しに来たんでしょうけど。おあいにく様、何度言われたって私は流派を変えるつもりはないわ」
ふん、とエテルナは突っぱねるようにそっぽを向いた。
すべての錬金術士は錬金術協会に属するのが決まりで、その中にも流派や派閥がある。
エテルナは師匠であるアストルムと同様、エルドリアム派という流派に属している。正直名前もほとんど知られていないような弱小流派ではあるが、師もエテルナも兄弟子アルバートもこれに誇りを持っているし、まして、師匠がしばらく戻らない状況で鞍替えしろなどとマナー違反、失礼にもほどがある。
「そんなに頑なにならないでくださいよ。エテルナさんほどの人材が、こんな小さな工房で細々と生活しているなんて勿体なさ過ぎます。貴女は稀代の天才なんです。もっともっと輝ける人です。どうか、こんなところで立ち止まらないでください。私なら、貴女をもっと輝かせることができます」
「たいそうな自信ね。でも、あなたが気にしてるのは私の未来でも才能でもなくて、私が生み出す利益でしょ?」
「あはは、何を仰いますか、あはは」
「棒読みすぎてまったく本心隠せてないわよ」
ツッコんだところで、男はうさんくさい営業スマイルを崩さない。
エテルナはため息混じりに首を振った。額に触れると眉間のシワがゴリゴリに刻まれていたから、目の前のストレスが原因だなとますます溜息が出る。
ハロルド・ラッセル。錬金術協会でもかなり大きな派閥「ブランダルク派」のやり手営業マン……というか、正確な肩書きは知らない。営業、経営、経理や用度なども担当しながら、根回しや人材の引き抜きも行なっている策略家。派閥の軍師ともいうべきか。
透き通るような銀色の髪に、紫水晶色の瞳。眼鏡が似合う知的な風貌で、協会をよく知らない女性には割とモテるという噂。確かに顔は良いし営業マンらしく愛想も良い。喋りもスマートだ。しかし、関わればわかる。とにかくうさんくさい。
「いいから帰って、帰れ。あとその個人情報を返しなさい。セクハラだしプライバシーの侵害だし訴えるわよ」
「これは私の貴重な交渉材りょ……いえ、エテルナさんを理解したい、貴女ともっと近づきたいという心情ゆえの資料なのです。他言無用と致しますのでどうかご慈悲を」
「問答無用!」
本音もうダダ漏れだし!
エテルナがウエストポーチから何かを取り出す。縄だ。極太の。しかも自立可動式。
縄は蛇のようにグルグルとハロルドを締め付けると、あっという間に彼を拘束した。一部の隙もない完璧な仕上がりである。
「とりあえず書類は回収して……と。じゃ、さよなら!」
「ちょ───!」
どん!! とエテルナはグルグル巻きのハロルドを玄関から突き飛ばす。肉巻きポテトのようになったハロルドは、一度弾んで、ころころと地面に転がった。転がっていった。そうだ、庭先は坂になっていたんだった。まあどうでもいいけど。
「また来ますからーーー!」
坂の向こうからハロルドのうさんくさい声が聞こえたが、エテルナは無視して扉に鍵をかけ、自室へと戻った。
最後に玄関に塩を振りまいて。
☆
翌日。
兄弟子アルバートが依頼人と会うため工房を出た直後。
エテルナの前には、ハロルドが立っていた。
はあ、とエテルナがため息をつくのに反して、ハロルドは今日もまた綺麗な営業スマイルを貼り付けている。
「勧誘お断りって吊るしてるの見えないの? 文字読めない?」
「まあまあそう言わずに。今日も貴女に会いたくて来たんですから」
「私は会いたくなかったわ」
「でもほら、今日は出迎えてくれてますし」
「アンタが黒歴史大声で叫ぶからでしょ!?」
昨日回収したはずの黒歴史が詰まった書類は、(やっぱり)複製していたらしく、結局、今日も昨日と同じやり口で扉を開かされることとなった。書類をまた回収したとしても、おそらく二の舞だろう。
「エテルナさん、どうしてそこまで頑ななんですか? 普通に話して仲良くなろうとしてるだけなのに」
「お腹真っ黒なのがわかってる人と仲良くなりたいと思わないからだけど?」
「嫌ですねぇ、真っ黒じゃないですよ。グレーくらいです」
「フォローになってないから」
「それに、エテルナさん、私のことまだよく知らないでしょう?」
まあ、確かに。と納得しかけて、別に知りたいとも思わないけど!と思い直す。
こいつの口車に乗ってはダメだ。
そもそも兄弟子のいない、エテルナが一人の時を狙って来ているあたり、かなり悪辣だと思う。
「知らないのに、そこまで拒絶しなくてもいいじゃないですか? さすがに傷つきます」
「だって見るからにうさんくさいし性悪だし」
「それも私の一部分にしか過ぎません。貴女だって他にいろんな一面をお持ちでしょう?」
「それは……わかんないけど。結構です。私は別にあなたのことを知りたいなんて思わな───っ!?」
ドン! と。
気づいた時には壁に押し付けられていた。
家に上げないように仁王立ちしていたのに、いつのまにやら玄関扉は閉まっていて、自分は玄関フロアの壁を背にしていて。目の前には、ハロルド。
彼の両手によって、エテルナは左右どちらへの移動も封じられた。というか、身動きが取れない状態になっている。
「……交渉でキリがないなら暴力で脅すつもり?」
「……ふ。さすがですね。こんな状態でも随分と気丈だ」
ああ、と思い出したようにハロルドはエテルナのウエストポーチに手を伸ばし、それを無造作に引き剥がすと遠くへ投げ捨てた。
「昨日のように錬金道具を使われたら困りますからね」
「……」
「でも、それなら胸ポケットも腰のポケットも怪しいですが」
「触ったらセクハラ罪で協会に訴えるけど」
「強気なのは、やはりまだアイテムを隠しているからでしょうかね。でも、本当に今日は貴女を口説きに来ただけなので。野暮なことはやめて頂けると助かります」
「……」
どういう意味だろう、と。目の前の男を睨んだままエテルナは思考を巡らせる。
この営利第一の男が本当に単純に口説くつもりで来たとは到底思えない。油断させてから拘束するつもりか、暴力なりなんなりで従わせるつもりか、それとも……懐柔目的?
「でも、そういう気丈なところが貴女の魅力の一つですし」
す、とハロルドの指がエテルナの顎に触れた。
距離が縮む。逃さないよう身体でエテルナを押し込んで。顎をクイと持ち上げられる。ハロルドと目が合う。互いの息が混ざる距離で。
「……何のつもり」
「だから言ってるでしょう。今日は貴女を口説きに来たと」
「───」
綺麗な顔に、甘い声。
……なるほど、世の女性が魅了される理由は理解した。
爽やかで柔らかでいて、少し危険な色香の混ざる雰囲気。仕草一つとっても美しく、眼差しは甘やかなのに鋭くて、指先は扇情的ですらある。
そんなハロルドの親指が、エテルナの唇を撫でる。
艶やかで潤いを湛えた唇は、未だ誰の唇も知らない清らかなまま。
───近づく。ハロルドの顔が、吐息が、唇が。エテルナの唇へと。
あと、数センチ。
「───バカなの?」
「は」
瞬間。
ガッシャアアアン!!
タルが飛んできた。
頭上から。
盛大な音を立てて、ハロルドの体を縦に貫いて。
「な、なぁ───!?」
結果として、ハロルドがタルに埋まった。
顔だけ飛び出ているのが非常に滑稽だが、本気で驚いている顔は久しぶりに見たので全身埋まらなくてよかったかもと思いながら、エテルナはハロルドを見下ろす。
「懐柔目的か知らないけど、雰囲気に流されるとでも思ったの? 残念だったわね! それにここは私の工房よ。身につけてなくても、錬金道具なんて山ほどあるわ」
「……はぁ。エテルナさん、もう少し大人の駆け引き覚えません?」
「ふん、色気がなくて悪かったわね。そもそも、錬金術士に色気の駆け引きなんて必要ないわ」
「そんなことないと思いますけど」
「そんなことあるわよ」
「だって」と。エテルナは凛とした表情で言う。
「私は錬金術士エテルナ・フランシェード。A級錬金術にしてアストルムの弟子。いつか師を超え、S級錬金術士になる人間だもの」
S級。それは幻のランク。存在すら不確かで、それゆえ誰も口にさえしない夢物語。それをあっさり、さも当然と言い放つ。
これがエテルナだった。ハロルドもまだよく知らない、少女の本質。
世間知らずなのかバカなのか───いやバカなのだ、最初から。極度の錬金術バカだから、彼女は何の躊躇いもなく臆面もなく夢を語る。それが雲を掴むような話であっても、傲岸不遜に宣ってみせる。
そして同時に純粋だった。綺麗なものを綺麗とただ素直に口にするように。色褪せない透明な輝きを放って。
「───」
エテルナの、いっそ清々しく突き抜けた大バカぶりに、ハロルドは一度かたまって、───ほんの少しだけ綺麗だなんて感想を抱いて───それから笑った。
「む、笑ったわね……どうせバカにしてるでしょ」
「いえいえ。いっそバカを通り越して面白……素晴らしい心意気だと思いましたよ?」
「やっぱりバカにしてるでしょ!?」
不満げに苛立ちを見せるエテルナに、ハロルドは肩を───タルの中で、竦める。
何度か勧誘に来て、ちっとも話を聞かないので少しばかりオトナな手段を講じてみたが、どうやらこの錬金術士、世間の娘とはいろいろとズレているようだ。これは難敵かもしれない。
「はいはい。今回は負けですね。潔く帰ります」
「今回も、でしょ?」
「いえいえ、今回は、です」
「?」
腑に落ちない顔のエテルナを見てまた少し笑って、ハロルドは「では」と立ち上がろうとして───
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あの」
「なに」
「助けてもらえませんか。帰れないので」
めちゃくちゃに冷え切ったエテルナの視線を受けながら、玄関から転がされた。
ハロルドinタルは、いつも通り坂を転がっていく。
「また来ますからねーーーー!」
「来なくていいってば!!」
何度断っても全く効かない営業マンに、エテルナは深々と溜息をつく。
「あいつ、ほんとに何しに来たの?」
意味がわからない、と呆れ返りながら、エテルナは玄関に塩を撒いて自室に向かおうとした。
「っいた!」
その途中で思い切りバランスを崩して転びそうになる。普段、そんなドジなどしないのに。
「もう、ほんと散々な日だわ……」
呟いて、もう一度息を吐いて、今度こそエテルナは自室に戻る。
その頬がなぜ赤いのか、錬金術バカの彼女に解明できる日はまだまだ遠そうだ。
ありがとうございました。
続編書いちゃう気がしてます。