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6.小さな決意

「……おはよう」

「あ、お、おはようございます。」

「なんで慌ててんの? どうかした?」

「……そのっ、小町ちゃんが、私を起こしに来てくれたんだけど、部屋から逃げてしまって! わ、私が窓を開けっぱなしにしていたから……どうしようっ」


半分泣きそうな声で言うと、千尋は、ああ、と気のない返事をした。それから神社の本殿に向かってよく通る声で呼びかけた。


「こまちー、こっちおいで」


千尋が呼び掛けた方角に透子が勢いよく振り向くと、神社の屋根の上にいたらしい小町が、軽快な動きで石畳の上に着地した。


「にゃー」

「小町、おはよ」


透子がいくら呼んでも現れなかった猫は、千尋の呼びかけひとつで涼しい顔で現れた。


「よ、よかった」


高校では図書部というほぼ帰宅部に所属していた透子なので、日常の中に「走る」という選択肢はあまり用意されていない。


ぜえぜえと息を切らせていると、千尋は小町の両脇をかかえながら、こら、と優しく頭突きした。

透子には表情の少ない千尋だが、昨日と同じく小町に対してはひどく優しい表情をする。


「小町、人をからかっちゃ駄目だぞ」

「にゃっ」


小町がお行儀よく返事をする。まるで、人間の言葉がわかっているんじゃないかと言うような狙いすましたタイミングだ。

透子が首をかしげると、千尋は小町を抱きかかえながらこちらを見た。


「小町、元々野良だから。家の中だけじゃなくて、神社の境内を自由にうろうろしているんだ。逃げても気にしなくていい」

「……そうなんだ」

「新入りを困らせてみたかったんじゃないか? な、小町?」

「にゃー」


 小町は可愛らしく鳴いて、そうなの、と言わんばかりにちらりと透子を見て、見せつけるみたいに千尋の肩に顔をうずめた。ひょっとして、敵視されているんだろうか、と透子は少しばかり肩を落とした。

飼ったことはないが、猫は好きだから、懐いてくれたらいいなと思っていたのに。


「それより、ごめんなさい。あの……ランニングを邪魔したんじゃない、ですか」


千尋の薄い瞳がじっと透子を見た。

なんだろう、と思っていると千尋はむずがる小町を「はい」と透子に渡しながら言った。


「……昨日も思ったけど、それって口癖?」

「え?」

「すぐ謝るの。別に悪いことしてないんだから、謝る必要ないだろ?」


透子は口元を押さえた。

ごめ……と言いそうになって、慌てて飲み込む。


「言葉が軽くなる。悪いことをしたわけでもないのに簡単に謝んない方がいいと思うけど」


千尋は怒っている風でも、不快に思っている様子でもなかった。

透子は何と言っていいものかわからず、唇を噛む。

人には視えないものが視えるようになって、それが周囲の色んな人にばれて噂になって。地元では怪異が起こるたびに陰口を叩かれ、責められれば否定するより先に謝るくせがついてしまった。


『あんたが悪いわけじゃないんやけん、卑屈になったらいけんよ』


……存命中の祖母から何度か悲しそうに言われたことがある。

うん、気を付けると言っていたのに、すっかり癖になっていたらしい。

透子は萎れそうになった心を、無理やり奮い立たせた。

今までのままでいるのなら、地元を離れた意味がない。


「ごめ……じゃない、気をつけ、ます」

「ん、そうして」


ぎゅ、と唇を噛んでから決意表明をした透子に千尋はちょっと笑った。

きりっとした顔つきだから、近寄りがたい印象を受けるが、笑うと途端に優しくなる。

千尋くんは、かっこいいし、背も高いし……きっともてるんだろうな、とちょっと赤面しながら透子は目を逸らした。


笑顔が罪作りだ。


透子の心の動きに抗議するように小町が「にゃっ!」と鳴いて、透子の腕をすり抜けて家に戻ってしまう。


「……また、逃げられちゃった」

「すぐに懐くよ。今朝も起こしに行っていたんだろ? 小町」

「そうなんです。ふわふわの頭も触らせてくれて……」

「敬語」


千尋が笑って指摘する。


「同い年なんだしタメ語でいいよ。俺もそうするし。芦屋さん、誕生日いつ?」

「あ、し、しがつ」

「じゃあ俺より年上じゃん。俺は十二月だし、クリスマスの日」

「そうなんだ!」


神社の息子さんなのにと面白がると、千尋はよく言われると苦笑した。

整った顔立ちのせいで少し話しかけにくいのかと思ったが、千尋は話してみると印象が柔らかくなる。笑顔がこういうと同じ年の男の子に失礼かもしれないが、可愛らしい。


「クリスマスと誕生日が重なるからプレゼントは豪華になるね」

「……かな」


一瞬、千尋の表情が曇ったようなきがするけれど、気のせいだろうか。

千尋が透子を促し、二人でならびながら家に戻る。


「佳乃さんが朝ごはん用意してくれていると思うけど……、芦屋さん、料理って得意?」

「味は自信がないけど祖母と二人暮らしの時は、朝ごはんは私が作っていました」

「よかった。うち、朝食は週替わりの当番なんだ。夕飯は佳乃さんが作ってくれるけど」

「へえ! 千尋くん……も作るの?」

「俺の当番の時は、食パンと茹で卵と牛乳。朝食は食えればいいからずっとそのメニューにしているんだけど、千瑛が毎回文句を言ってくる……芦屋さんは、それでいい?」

「う、うん。朝食に特にこだわりはないかな」

「んじゃ、来週も行くからそれで文句なしな」


透子は千尋の言葉に少しだけほっとした。


今のところ欠点の見当たらないこの少年が料理まで得意だったら、かろうじて年上らしい透子には立つ瀬がない。……お世話になる分、朝食当番はがんばろう、と心に決める。

佳乃が作ってくれた朝食は水菜のおひたしと卵焼き、みそ汁とご飯だった。

ご飯は梅干しとささみの炊き込みご飯で、ほかほかのご飯の上にネギが散らしてある。甘じょっぱくて、美味しい味だ。

朝食を食べ終わると千瑛はスーツで仕事に出てしまい、千尋は高校に行ってくる、と出かけてしまった。


どうやら二人とも「あまり家にいない」というのは本当らしい。


残る一人の佳乃も実は家自体は隣県の、離れた所にあるという。


「千尋くんが中学に上がる頃に千瑛くんと一緒に暮らしはじめたんやけどねえ、そのころは二人とも家事なんか出来なくて。心配だから一緒に住むようになったのよ」


佳乃の旧姓も神坂で、二人とは遠縁。ちょうど仕事をやめてぶらぶらしていたというのは本人談だが……が二人の世話役として一緒に住み込むことになったのだ、と言う。


「寮母さんみたいなものかしらね。バイト代も貰ってるのよ」


佳乃さんは朗らかに笑った。感じのいい人だなあと透子はつられて微笑む。

だから佳乃さんは平日は神坂の家にいて、土日は娘さん夫婦のいる麓のおうちに帰っているらしい。そうなんですね、と心細さを滲ませてしまった透子に、佳乃は明るく笑った。


「透子ちゃんが来たから、しばらくはずっといますよ。安心してちょうだい」

「……はい、安心です。ごめ……じゃなくて、ありがとうございます」


千尋の指摘を思い出しながら透子がいいなおすと、佳乃は、あら? と何か気付いた風だったがそれ以上は何も言わずに、「神坂の家の御当番」についていろいろと教えてくれた。

千瑛も千尋もこの家で暮らし始める四年前までは全く家事ができなかったので、彼らを鍛えるべく掃除洗濯炊事と細かく当番が決まっているらしい。


「お洗濯だけは男女でわけようね」


微笑まれて、透子はお願いします、と頭を下げた。

当番の「お掃除」の中には神社の清掃もふくまれていて、せっかくだから、と透子は拝殿の掃除を申し出てみた。今日は何もすることがないのだし。

床板を端から端までせっせと雑巾がけをすると、午前中はそれだけで終わってしまった。小休止して拝殿の中をあれこれ観察してみる。神社の中にはいるのは、透子は初めてだ。


「神社の鏡って、やっぱり人が映らないようになっているのね」


変な事に感心しつつ、きょろきょろとあたりを見渡す。

この神社には今は決まった主がいないんだ、と千瑛は言っていた。

元々神坂の家は古くから神職を務めた家系で、「本家」の「神坂」は今でも隣県にある大きな神社の神職を務めているらしい。さらには大きなビルを幾つも持った……お金持ち。


この星護神社は、隣県にある大きな神社の分社だったのだとか。

数年前までは神主さんがいたが、今は開店休業状態なんだと教えてくれた。

社殿の外に出て立派な建物を眺めながら、透子は、従姉のすみれの言葉を思い出していた。


――とりあえず星護町に行ってみて。

駄目なら私に、連絡してきて。……その時どうするかはまた、考えよう。


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