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3.提案

 すみれは、自分も椅子座ると前髪を書き上げて自嘲するように言った。


「……祖母ちゃん、わかっていたんだろうね、自分に何かあったら母さんが透子に意地悪するだろう、ってさ。『何かあったら、透子の母方の親戚に連絡してくれ』って」


 え。と透子は顔を上げた。

 伯母だけでなく、祖母も……透子の母方の親戚達を嫌っていたから、つながりがあるとは思わなかった。

 祖母は行方不明になって父を不幸にした母と、その一族を嫌っていたし、伯母は母の一族を気味悪がって、疎んでいた。

 すみれは麦茶を飲みながら、透子に聞いた。


「ねえ透子。いま、この家にお祖母ちゃん、居る?」


 透子はドキリとしながら……首を振った。

 祖母の気配は、どこにもない。勿論亡くなっているのだから肉体は存在しないが、すみれはそういうことを言っているのではない。


「私、心残りのある人の幽霊しか……視えないから」

「そう。祖母ちゃん、成仏しちゃったのかなあ……心残りいっぱいあったろうに」


 すみれは苦笑して仏壇と透子を見比べただけで、透子の「幽霊」という言葉を否定も疑いもしなかった。透子が人ならざるモノを視るのは、すみれにも伯母にも、高校でも周知の事実だ。

 透子の目は鬼を見る、と書いて見鬼という能力だそうだが、都会ならいざ知らずこの田舎町では遠巻きにされる。

 伯母は透子を気味悪がって家の恥だと罵って嫌うし、同じ体質らしい透子の母親とその一族の事も蛇蝎の如く忌み嫌っている。


「さっき、私が電話したの。透子のお母さん……」

「えっ」


 透子がかぶせ気味に驚くとすみれは、違う違う、と手を振った。


「の、はとこの神坂っていう人。初七日のあとに祖母ちゃんから預かった電話番号に連絡したらその人がおり返してくれてさ。状況を離したら、ぜひ透子に会いたいって。出来たら一緒に暮らしたいって……前々から祖母ちゃんに打診はしていたらしいよ」


 話の内容が頭に入ってこない透子を置いてけぼりのまま、すみれは淡々と続けた。


「私、朝からその神坂さんのご自宅をお邪魔していたんだよね。劣悪な……うちの家以上に酷い所だったら、別の場所を探した方がいいと思ってはいたんだけど。私は、あっちに行く方が、いいんじゃないかと思う。母さん、あんたの事になると悪魔みたいになるし離れた方がいい。この町も田舎過ぎて、あんたみたいな力がある子に冷たいし」


 状況が飲み込めない透子の横で、すみれのスマートフォンから軽やかな音が鳴り、すみれは視線を落とした。


「あ、玄関についたって連絡来た。迎えに行こ」


 すみれは透子の反応など気にせずに玄関へ歩いていく。


「話を聞いてみて……うちに残るのがいいか、その人の所に行くのがいいか考えてみて」


 透子が戸惑いながらも玄関にたどり着くと、二十代後半くらいの青年が二人、スーツ姿で立っていた。

 すみれが頭を下げると、二人組のうち、手前の男性が同じように頭を下げた。

 ドラマに出演してもよさそうな位に整った顔立ちの青年だ。


「写真ではみていたけど、……本当にそっくりだな。はじめまして、神坂千瑛です」


 神坂が握手のために差し出した手を透子は戸惑って握り返せなかった。

 彼は苦笑するとさりげなく手を引っ込めてすみれに笑いかける。

 透子は神坂の肩のあたりを凝視した。

 青白い光をはなつ烏のようなおおきな鳥が、スーツには不似合いにとまっている。ばたばたと鳥が羽ばたいたので、透子はびくり、と怯えて鳥を見た。

 透子の様子に気付いたのか、神坂はなぜか一瞬嬉しそうな顔をしてから、何かをごまかすように咳ばらいをした。


「変なもの見せちゃってごめんね、透子ちゃん。いま、しまうから」


 神坂が指をぱちんと鳴らすと、鳥は一枚の青白い羽根になって宙を舞った。

 その羽根を胸ポケットに入れて再び神坂は人懐こい笑顔を透子に向けた。


「僕の式神なんです。悪いことはしないんだけど……気味が悪かったかな?」


 透子はぶんぶん、と首を振った。

 ……式神。と心の中で反芻する。

 特別な力を持った人たちが、人ならざるモノたちを使う、と……話には聞いたことがあったけれど実際に目にしたのは初めてだ。

 透子と神坂のやりとりを不思議そうに見ていたすみれは気を取り直したように客人二人を家の中へ促した。青年たちはリビングに足を踏み入れた。

 その前に、とすみれと透子に断って仏壇に供物と線香をあげてくれる。

 正座のまま向きを変えて若い娘二人に丁寧に頭を下げた。


「このたびは、ご愁傷様でした」

「……はい」


 透子とすみれは同じタイミングで会釈する。それがおかしかったらしく、神坂千瑛と名乗った青年は軽く笑った。

 それから名刺を丁寧に透子に渡しながら微笑みかけてくる。


 好意的な視線に透子は困惑した。――神坂の連れの青年がわずかに呆れた表情をし、すみれは相変わらずの無表情で客二人の前にグラスを置いた。


「麦茶しかないですけど」

「ありがとうございます、すみれさん」


 神坂はすみれに礼を言ってから、透子に切り出した。

「単刀直入に言うけれど、透子ちゃんは僕と一緒に神坂の家に行って見鬼の能力を活かしてみるつもりはない?」


 ぽかんとする透子と、その後ろで訝し気な表情をしたすみれに千瑛は苦笑した。


「お祖母さんから聞いていたかもしれないけど、透子ちゃんのお母さんの実家………つまり僕たちは、昔から幽霊や鬼に対峙する術を売って生業にしてきたんだ」

「鬼……」

「ゆうれい。妖怪、あやかし――鬼、とかね」


 鬼、という言葉に透子はなぜだがどきりとした。


「私は、幽霊はみたことがありますけど、鬼は……いるんですか?」


 透子は戸惑った。いきなりあやかしだとか鬼退治とかいわれても……具体的にどんなことをするのかさっぱりわからない。


「噂ではよく聞きますけど……鬼とか、そんなの本当にいるんですか?」

「いやー、一応家業なので疑われると悲しいな。彼らは活発に動き出して、その存在が認知されだしてまだ日が浅いからね」


 透子以上に疑わし気な表情を浮かべたすみれに、千瑛はちょっと苦笑して言った。


「それに、関東から関西にかけて棲みついているらしくて、九州にはあまりいないみたいだから。不思議なんだけどね」


 すみれは、そうなんですねと疑わし気に相槌を打った。


「あ、神坂家は不動産とかも手広く展開しておりますので、決して怪しい宗教団体じゃないですよ」


 渡された名刺にはどこかで聞いたような会社名と千瑛の名前がプリントされてあった。

 神坂の分家のひとつがテレビCMも打つような大きな会社を経営しているのだ、と千瑛は説明した。

 透子は知らなかったけれど、透子の母親の実家は裕福な一族だったみたいだ。

 神坂の血筋には、いろんなものが視えたりする人間が多くいたらしいが、透子のようにはっきりと「視える」ものは貴重なのだとか。


「ご家業のことはよく存じ上げませんが。私が言えた義理じゃないけど……この子に仕事をさせたいわけじゃないです。たぶん、祖母もそう思っていたと思います」

「もちろん。高校生活が第一だし、高校を卒業するまで何もしなくて大丈夫です。大学も透子さんが望むなら進学してほしいと思っています。その他のことは課外活動みたいなものだ。それに、神坂の本家も今まで援助が出来なかったのを心苦しく思ってきました。透子さんのお母さんと、本家は懇意でしたから」

「……そうですか」

「お祖母様が僕たちをあまり快く思っていなかったのも存じています。けれど、今回、お祖母様が僕の事を思い出してくれたのはご縁があったと思っていますよ」


 すみれは千瑛の名刺じっと見て、透子に自分で決めたらいいよ、と淡々と言った。

 千瑛がにこりと微笑んで透子に話しかける。


「お母さんが育った街を見に来ない? そんなに悪い場所ではないと思うよ」



 千瑛の提案に、透子は考え込んだ。


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