22.齧られちゃったんだよ
透子はそのまま白井に神社まで送ってもらう。
「すいません、送っていただいて」
「構わないよ! 本当に心配なご時世だからね。もしも透子ちゃんとかうちの桜に何かあったら後悔じゃすまない」
「ありがとうございます、あ、ここでもう大丈夫です……」
悠仁に礼を言って車を降り透子に向かって駆けてきたのは、三毛猫の小町と白猫だった。
「とぉーにゃにゃにゃん!」
「だいふく」
透子に飛びかかろうとして、人語を話しかけただいふくは慌ててうにゃん、猫のふりをしている。
だいふくを「こらっ」と小さく叱って抱き上げたのは千尋だった。
「おかえり、透子。悠仁さんもこんばんは」
「千尋くん!」
千尋は視線をあげてただいまと笑った。
心なしか顔色が悪いのは、本当に実家で風邪をもらったからなのかもしれない。
可愛い猫だね、と悠仁がだいふくを撫でると、白猫はうっとり目を閉じた。じゃあね、と帰っていく悠仁を二人で見送り、家に戻る。
明るい場所で見ると千尋の顔色もそんなに悪くない。
だいふく小町が仕切りに抱っこして! とせがむので、仕方なく千尋が肩の上に小町を膝の上に載せた。
「親戚の人がきてたんだって?」
「うん。進学予定の大学院の見学に来てたの。あ、あとアルバムを持ってきてくれて」
――何気なくアルバムを開いて、透子は固まった。
一ページ目に、小さい頃の透子と、記憶より少し若い父と。
その隣に二人と同じくらい笑顔の若い女性がいる。
透子に瓜二つの顔立ちから女性が誰なのかは、すぐに分かった。
「お母さん!」
「写真は無いって言っていたけど。透子のばあちゃん、写真を持っていたんだな」
「そうみたい。……嬉しいな」
すみれにあとでお礼を言わなくちゃ、とアルバムのページをめくり、小さい頃の透子と見知らぬ男の子三人が写っている写真があって、透子は首をかしげた。
透子は三歳くらいだろうか。全く記憶にないが中学生くらいの男の子はどこかで見たことがある。
「あれ、懐かしい! 昔透子ちゃんが本家に遊びに来た時の写真だ」
お茶を持ってきた千瑛がアルバムをみながら顔をほころばせた。とすると、この学生服の男の子は――
「中学生時代の僕! と隣は和樹と千尋だよ~」
「……俺と和樹? へえ……」
千尋と透子は目を丸くした。
子供の頃に神坂の関係者に会ったことがあるなんて、全く知らなかった。
小さな千尋を和樹が笑顔で抱きしめていて先日会った印象とあまりに違って驚くし、千尋は天使みたいに可愛い。桜に見せたら喜ぶだろう、と透子は写真をなぞった。
「ちっちゃい透子と千尋、かわいいねえ」
だいふくが爪を収めた前脚でちょこんと写真をつつく。
「澄子さん、結婚してからは神坂の家と疎遠だったんだけどね。珍しく遊びに来た時の写真! 懐かしいなあ」
千尋は呆れた。
「千瑛っていろいろ隠してるよな。透子の性別の事も最初誤魔化していたし」
「えっ、そんなつもりないよー」
「嘘つけ」
透子は写真の中の千瑛と千尋を眺めた。
「千尋くん、女の子みたいに可愛いね」
「……嬉しくない感想だな……それ」
眉間に皺をよせた千尋に、透子はごめん、と笑って謝る。
「この写真でも透子にそっくりだけど、高校生の頃とかもっと似ていたのかな? そういえば透子、卒業アルバムでお母さんを探してみよう、って言ってなかったか?」
透子の母も星護高校の出身だから、一度見たいと思っていた。
「過去の卒業アルバムは図書室の閉架倉庫にあると思うけど、探してみる? 図書委員に聞けば一緒に倉庫に入ってもらえるはずだ」
「図書委員……」
透子は繰り返した。
「どうかした?」
「あのね、千尋くん。このまえ、和樹さんが千尋くんに言っていたでしょう? 行方不明になった生徒に何か共通点がなかったか、って」
「……ああ、和樹に今日も念押しされた」
千尋はうんざりとした表情でアルバムの和樹を弾く。
「今日、英語の柴田先生に聞いてみたの。行方不明になった女子生徒二人の共通点は何かなかったか、って。二人とも図書委員だったって言っていた。図書委員の子に閉架の事を訪ねるついでに聞けないかな」
「そうだな。月曜日学校で聞いてみるか」
「透子、学校ってなあに? どうして二人だけ学校に行くの? だいふくと小町はいかなくてもいいの?」
アルバムを覗きこんでいただいふくが透子の前でちょいちょいと前脚を動かす。
「ええと、沢山いろんなことを勉強するために行くところだよ。十五歳にならないといけない所だから、だいふくはまだ無理かなあ」
「だいふくも早く大人になりたい……」
透子の言葉に、だいふくは残念そうに耳を垂れた。
月曜日にクラスの学級委員に図書委員は誰か尋ねると、意外な人物が手を挙げた。
「図書委員は私です! 本が好きなので立候補したの。なにか御用なの?」
「桜ちゃんが図書委員だったの?」
確かに、白井の家にはたくさん本があった。
透子と千尋は顔を見合わせる。
「と言っても、図書委員の業務は放課後に貸し出し当番をこなす以外は、そんなに仕事がないんですけれど……」
桜は千尋に近づくと、上目遣いで千尋を見上げて話題を変えた。
「それよりも千尋くん、具合は大丈夫? 一週間会えなくてすごく寂しかったわ」
久々の求愛に千尋が、うっと身を引いた。
「私たちも寂しかったし。心配してたんだよ風邪はもう平気?ノートとかある?」
「あ、英語劇、一緒に練習しない?」
「あ、うん……あー……大丈夫……」
他の女生徒も寄ってきたので千尋は助けを求めるように透子を見た。
透子は慌てて桜への質問を続けた。
「あのっ! ……今日の英語劇の練習が終わった後でいいんだけど桜ちゃん図書室に一緒に行ってもらってもいい? 探したいものがあって」
「私に?いいですよ」
桜はあっさりと承知してくれて千尋と透子は別々の意味で胸をなでおろした。
放課後に透子は図書室に一緒にきてくれた。
図書室は教室がある西棟とは反対側の、職員室などがある東棟のはずれにある。
校舎の一部ではなくて独立した小さなコンクリートの二階建ての建物だ。
「昔からある古い建物なんですって。一階は図書室で、二階には現在貸し出していない書籍が保管してあるんです……二人とも、何を探すの?」
鍵を手にした桜についていきながら透子は母親のことを話した。
「お母様の卒業アルバム! それならたぶん奥の硝子棚に収納しているかと……」
桜に誘導されながら三人はアルバムがある棚に向かう。
千尋はきょろきょろと棚を見渡した。
星護高校は百年近く歴史がある高校だから、古い書籍も結構あるようだった。
「俺、図書室の二階にはじめて入った。図書委員は出入りするの?」
「片付けの時だけかしら? 私は個人的に鍵を借りてよく出入りしますけど」
アルバムを探しながら、透子も桜に聞いてみた。
「桜ちゃん……。行方不明になっていた一年生と三年生の子が図書委員で同じだって、知っていた?」
桜は少しびっくりした顔で透子を見つめ返したが、頷いた。
「ええ。月一度の委員会で話したことはなかったけれど、顔と名前はわかります」
「二人ってなにか共通点があるのかな?」
「……ううん……本が好き? とかでしょうか。図書委員ですから。あ、でも図書室の貸出当番の日以外もよく図書室にいたみたいですね。それ以外の共通点……?」
桜は首を傾げた。あまり二人の印象はないらしい。
「二人とも大人しい感じの子ですけど……よく、一人で行動していた気がしますね」
一人で行動していたならば、きっと、襲いやすかっただろう……。
「そっか、ありがとうな白井」
「お役に立てずにすいません。千尋くんが気にするという事は、噂は本当なのね」
「噂?」
「星護町の相次ぐ失踪事件は実は神隠しで、犯人探しに神坂のおうちの人が関わっているんだって……そうなの?」
千尋はううん、と唸った。
「そういう可能性はあるのかもな……俺は全くそういうことはわからないんだけど」
「早く、犯人が捕まるといいですね」
桜はそういって、アルバムの棚を示してくれた。
「十年以上前の卒業アルバムはこちらにあります」
「ありがとう、桜ちゃん。探してみるね」
透子が言った時、桜のスマートフォンに着信があって、桜はちょっとごめんなさい。
と図書室を出た。透子は母親の卒業年を探そうと棚に視線を走らせて……、コンコンと窓の外を叩く音に気づいた。なんだろう、とふと目線をあげて。思わず声をあげてしまう。
「だいふく!」
二階ドアを開けると、白い毛並みに赤い目のだいふくが図書室の窓枠に立っていて、ガラスに張り付いている。透子の視線に気づくと、猫は二つに分かれたしっぽをご機嫌に振っていた。
「だいふく、どうしたの!?」
「来ちゃダメだって、言っただろ!?」
だいふくは窓からぴょんと飛び出して、千尋の肩に飛び乗った。
「お留守番いやだ! オレ、千尋が何日もいないの我慢したもん! 透子と千尋とずっと一緒にいる!」
だいふくは千尋の肩にしがみ付いて駄々をこねた。
このまま返すわけにもいかないので、千尋がため息をついて、猫を頭の上に乗せた。
「わかった。―――だけど大人しくしておくんだぞ?」
「はぁい! 二人は何をしているの?」
「私のお母さんの写真をみているんだよ」
透子は卒業アルバムを開いて母を見せた。
透子そっくりな、だが少し大人びた少女が写っている。
「わあ! 透子がいるー」
「私じゃなくて、お母さんなんだよ」
だいふくがはしゃぐので、透子も楽しくアルバムをめくる。
ついでに、と千尋が十年前のアルバムを開いて千瑛を見つける。
弓道部だったらしい千瑛はどの写真も笑顔で映っている。陽のオーラが半端なくてどの写真でも中心にいるからさすがだ。
「ずいぶん古いアルバムもあるんだな」
背表紙が筆文字で描かれたものまである。
「――これって昭和のはじめだね。そんな時代から星護高校はあるんだ」
透子はその中の一冊を何気なく手に取った。
「女の子ばっかりだ」
「星護は昔、女学校だったらしい」
卒業アルバムと言いながら生徒の写真だけでなくて街の風景や家族写真も幾らか紛れ込んでいるので、ちょっとした郷土史みたいだ。透子は一つの写真に目を止めた。
和服姿の女の子と軍服の青年が並んでいる写真が目に入る。
どこかでみたような、と考えたとき、扉があいた。
「千尋くん、透子ちゃん。そろそろ図書室を閉める時間なんですが、もう大丈夫?」
「もちろん」
透子はサッとだいふくを背中に隠して頷いた。背後のだいふくに、小声で注意する。
「だいふく、おうちに帰るまでじっとしてなきゃだめだよ」
「わかった、オレ、お人形のふりをしているね」
だいふくはモソモソと千尋の鞄に潜り込んだ。
ちょこんと顔だけ出しているのでかえって可愛くて目立つような気もするが、仕方ない。
母親の写真はスマートフォンで記録をさせてもらい、思わぬ収穫にほくほくと歩いていると。体育館の方が何やら騒がしくなっている。
何を思ったのか、千尋の鞄から、だいふくがぴょん、と飛び出した。
「だいふく!」
「待って」
二人の制止も気にせず白猫は人ごみの中を駆けていく。
「透子! 千尋」
「陽菜ちゃん何かあったの?」
人垣の中から陽菜に呼び止められたので、透子は陽菜に尋ねた。
「体育館の二階から人が落ちて救急車が呼ばれたの。英語劇のリハーサル中だったんだけど……」
そうこう言っている間に、正門から救急車がグラウンドに入ってきた。
救急隊員が担架を持ち込んで、女生徒を運ぶ。だいふくが興味深そうに担架にのった女生徒のあとを追いかけていく。
「こら、だいふく。邪魔しちゃだめだ」
「にゃにゃにゃー……」
「なにか、言いたいことがあるのか?」
「そうにゃにゃにゃー」
だいふくが人の言葉をしゃべりそうになったので、千尋が慌ててその口をふさいだ。
担架から力なく腕がだらりと落ちたのをみて、生徒たちがざわめいた。
透子もその手を追う。シャツの裾からのぞく手首と指が不自然に細く、白い。なんだか干からびたみたいに見えて、透子は口元を覆ってしまった。
「二組の照明係の子なんだけど、田中さんっていう。二階の所から、なんか手すりを超えちゃって、下に落ちたみたいで」
「事故か」
「落ちる時にすごい悲鳴が聞こえたって。怖いね」
陽菜が肩を竦め、それから、うん? と千尋の手の中の白猫を見た。
「どうしたの、その猫」
だいふくが千尋の胸の中で、うにゃ! と尻尾を振った。
「あ、紹介するね。だいふくって言って……神社に新しく来た、ネコチャン?」
「どうして疑問形? 小町ちゃん以外にも猫がいるなんて知らなかったけど……千尋、あんたが猫好きだってのは知っているけど――、わざわざ高校に連れてきたわけ?」
「違う。こいつよく脱走するんだ。偶然、そこで捕まえて……一緒に帰るところ」
陽菜は釈然としない表情で、そお? と目を丸くした。
陽菜が教師に友人に呼ばれてその場を離れると、だいふくが二つに別れた可愛いしっぽをフリフリと振った。
「さっきの、事故じゃないよ、だいふく、わかるもん」
「え?」
透子が千尋の胸の中のだいふくを見ると、白猫はじたばたと足をばたつかせた。
「鬼の匂いがしたよ。さっきの子は――鬼にかじられちゃったんだ」
透子と千尋は顔を見合わせた。




