愛しのマンドラゴラ達と魔の島へ
私カテリーナは、たった今婚約破棄をされました。
目の前で、声高々に婚約破棄を告げるこの男は、この国の第一王子のレガシー様です。
「カテリーナ、お前はこのミチルを虐めていたそうだな。証拠は上がっている!聖女の癖に気が強いお前のやりそうな事だ!
聖女の力もなく、俺の愛も得られぬお前は、ミチルの可愛さと聖なる能力を妬んだのだな。可哀想に、ミチルが震えているじゃないか。
カテリーナ、俺の権限で命じる。今すぐ国から出て行け!そして二度とこの国へ戻る事はならん!聖女の位も返上するのだ。」
王子がそう私に告げるやいなや、護衛の人達がやってきて、私を城門の外へとつまみ出してしまいました。
こうして私は国から追い出される事になったのです。
まぁ、良いのです。このシナリオは、想定済みでした。
何故って?私の愛しのマンドラゴラ達が、スパイ組織を作り、王城に何人かのスパイを送り込んで、私に常に報告してくれていたからです。
マンドラゴラ、錬金術師に言わせると、土から引き抜くと悲鳴をあげる恐ろしい生き物なのだそうです。とはいえ、伝説の生き物なので、世間ではあまり知られていないようです。
私は、その伝説のマンドラゴラ達からこのシナリオを聞きました。けれど、それを阻止しようなどとは思いませんでした。むしろ利用してやろうと思いました。
そもそも私カテリーナは、田舎で祖母とのんびりと平和に暮らしていたのです。それを、都会から来た偉い人達に無理矢理拉致されて、聖女の印とされるうなじの赤花の痣があるからといって、勝手に聖女として教会へ軟禁されたのです。
はっきり言って、いい迷惑です。
だから私は田舎へ帰り、祖母の無事を確認してから、マンドラゴラ達と魔の島へ行くことにしたのです。
魔の島というのは、マンドラゴラ達の生まれ故郷なのですよ。マンドラゴラ達は、可哀想な私に自分達の故郷で一緒に暮らそうと言ってくれたのです。
王子様やミチル様、教会が組んで私を国から追い出した理由は何かって?それは余りにもあちらの身勝手な理由からでした。
教会は、度々聖女の聖なる力を私に求めてきましたが、私は聖なる力など知りませんし、皆の望み通りの成果は出せませんでした。それを教会側は、苦々しく思っていたようです。
もうその時点で、田舎へ私を返してくれれば良かったのです。なのに、もう後戻りできない教会側は、何をとち狂ったのか、私の聖なる力を捏造してしまいました。
それを信じた王様は、あろうことか私を第一王子の婚約者としてしまったのです。
男爵令嬢のミチル様と恋仲だった第一王子は、勿論それを良しとはしません。
おまけに私は見た目も地味で、暗くて愛想もない田舎娘。第一王子は、ミチル様と教会と組んで、私を国から追い出し、厄介払いをする事にしたようでした。
さて、国境線を超えました。だいぶ歩いてくたくたです。もう辺りは真っ暗です。
私は手を上に上げ、呪文を唱えました。
「美味しい食べ物、出て来て下さい。」
すると、足もとからバナナや蜜柑の木がニョキニョキと出てきて、あっという間に育って、たわわに実をみのらせました。
モグモグモグモグ‥‥
「美味しい飲み物、出て来て下さい。」
やはり足もとから、綺麗な水が湧いて出ました。
ゴクゴク‥
「ご馳走様でした。大地へお帰り下さい。」
バナナの木や蜜柑の木、湧き水は大地へと消えていきます。
お気付きでしょうが、私は大地からありとあらゆる物を取り出して、返す事が出来るのです。
広い範囲の作物をスクスクと育てたり、害獣から作物を守る為に、バリアーを張ったりできるのです。
この能力の事は、教会や王子様には勿論言っていません。言ったところで、あちらからしてみれば価値の無い能力なので、結果は変わらなかったと思います。
ミチル様の様に、掌からキラキラした光を出したり、空に虹を出したりできる能力の方があちら側では価値があるようです。
さあ、この目の前の森を抜ければいよいよ海岸へ出ます。断崖絶壁の海岸です。荒れ狂う波に飲まれてしまわないと、魔の島へは行けません。
あっ、そうでした。この森を出てすぐの所にある村には、私と祖母の住んでいた家があります。祖母を訪ねなくてはいけません。マンドラゴラ達が光を放ち、暗い森の中を迷わぬように、足もとを照らしてくれてます。
祖母の家は‥あっ、あの野菜畑に囲まれた木造の平家がそうです。
「おばあちゃん、ただいま!」
「カテリーナ!よく戻れたね。‥‥まさか逃げて来たのかい?」
「ううん、追放されたの。」
「まあ!無理矢理連れてったくせに、何が理由か知らないけど、追放って‥‥。酷い目にあったんだねぇ。」
「いいの、いいの。それよりおばあちゃんは元気にしてた?」
「ああ、お前が偶然作り出したマンドラゴラ達が、畑に来る泥棒や害獣をやっつけてくれたし、手伝いはしてくれるし、話し相手にもなってくれたから、何も困った事はなかったよ。」
「マンドラゴラ達、今も畑の中で野菜に擬態して紛れこんでる?声かけてきていい?」
「だめだめ、野菜と間違えて引っこ抜くと、奇声を上げる子達だよ、村の人達が起きちゃうよ。」
「あはは。」
「本当に、お前のおかげだよ。お前が新種の野菜を育てようとして、偶然マンドラゴラ達を産み出した時は驚いたけど‥‥。見た目の恐ろしさに反して、皆んな良い子達なんだよね。もう、可愛くて仕方ないよ。」
「誰も連れ去られたりしてない?」
「大丈夫。皆んな人間が来ると、上手に野菜に擬態するからねぇ。どう見ても、土に埋まってる大根にしか見えないからねぇ。」
「良かった。私ね、マンドラゴラ達に故郷があるって聞いたから、そこで住もうと思うの。何人かマンドラゴラ達連れてって良い?」
「行きたい子達がいれば連れて行けばいいさ。私は大丈夫だ。」
キュキュキュキュ‥
「おお、お前どうした?こっちにおいで。」
見ると、小さなマンドラゴラが祖母の膝にのっかって甘えていました。この子が言うには、マンドラゴラの何人かは祖母とずっとここに暮らしていくそうです。
祖母はとても嬉しそうです。
私は祖母と、この家に残るマンドラゴラ達に別れを告げて、荒れ狂う波が打ち寄せる海岸に、マンドラゴラ達と共に身を投げました。
大きな渦に飲まれて気がつくと、どこかの島の砂浜にいました。
明るい太陽にキラキラ光る海、緑豊かな島、ここが魔の島。
セイレーンが歌で歓迎してくれます。
「ようこそ、魔の島へ。選ばれし者よ、好きなだけここで過ごすと良い。」
「末長く宜しくお願いします。」
こうして、私とマンドラゴラ達はこの島で暮らす事になったのでした。