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流れ星と未完のレクイエム  作者: 千秋蛍維都
5/8

Third and half

 流れ星は、人間を見守ってさえいればいいのだから、退屈だ。

 部屋の窓からオレンジ色の夕陽が差し込むなか、今日もこの家ではチェロの音が響いている。壁や家具が光に染まって、まるで、いつも修理してもらっている惑星に似ているなと考えていたら、それまで流れていた旋律がプツリと途切れた。見れば、ティムは弾き直すことも続きに取り掛かることもなく、そのままチェロをケースへとしまっていく。寝る時間にしては早すぎる。夕飯なら、さっき簡単に済ませた。じゃあ体調でも悪いのかと思えば、書き綴られた楽譜は机の上に散らかしたまま、ソファに腰掛けてのんびりと缶ビールを開けだした。どこかへ出かける様子もない。

 いままでティムは、切りのいいところまで進めてからその日の作業を終わらせていた。なにより、普段より切り上げるのが断然早い。二十年もの間そばに居たせいで、たった一日の違和感に翻弄される。

ティムはただ疲れただけかもしれない。ときには休憩も必要だ。明日になれば、きっと元通りになる。そういうことにして、影のようにまとわりつく不安を無理やり振り払った。


 結局、翌日ティムは一度もチェロに触れないまま部屋でぼんやりと過ごした。いつだって音楽が流れていたこの家から音がなくなると、痛いくらいの無音になる。そんなことは、いままで一度もなかった。そして次の日も、その次の日も、たまに何か楽譜とは違う書き物をするだけで、作曲に取り掛かる様子はない。

 ティムはもう、レクイエムを作るのを諦めたのかもしれない。ここまでやっても、願いは叶わない。でも、これでティムは次に進める。そうして、しばらくすれば僕は惑星に戻されて、この身に刻まれた数字が更新される。

 清々する、と思うはずだった。

 〝死んだ人間に囚われていないで、早く前に進めばいいのに〟と確かに思っていた。それなのに、どうも落ち着かない。

 本当は、ティムに、何があったのかと尋ねたい。「ここまでやったなら、最後まで頑張れよ」と、尻を蹴飛ばしたい。何も言わないにしても、美味しいコーヒーでも渡してやりたい。

 けれど、そんな些細なことすら、今の自分には叶わない。

 ねえ、本当にそれでいいの?

 必死に語りかけたところで、届くことはない。流れ星である自分には、見守ることしかできない。

 それから一ヶ月、ティムがチェロケースを開けることはなかった。

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