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流れ星と未完のレクイエム  作者: 千秋蛍維都
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Prologue

 天文台で知られざる宇宙の解明に勤しむ学者や、無重力を旅する宇宙飛行士。それから、火星への移住を夢見る億万長者や、夜更かしして望遠鏡をのぞき込む親子。そんな数多の目にもとまらない宇宙の片隅に、小さな惑星が一つある。

 地平線まで途切れることなく赤さび色をした砂地が広がり、たまに同じ色の岩がゴロリと鎮座している。乾いた地面は、風が優しくなでるだけで埃立ち、巻き上げられた砂粒はさえぎるもののないこの惑星をどこまでも進んでいく。これといって、文明が花開くことのないまま、空っぽの歴史だけが淡々と積み上げられてきた。

 どこもかしこも殺風景なこの場所で、唯一存在を主張するのが、地面を広くえぐる深い穴だ。

 その淵から、髭を蓄えた老人が一人、中を覗き込んでいる。

「全部茶色か」

 視線の先にいくつも転がるのは、傷だらけの流れ星だ。

 老人は、すぐ横にある、錆びて今にも動きを止めそうなクレーンに似た機械を操作し、特に大きなヒビが入ったものから順に引き上げる。

 流れ星を運ぶ先には、重厚で頑丈そうな作業机と椅子が、柔らかな砂にその脚を埋めており、金色の砂が入ったビンがずらりと並ぶ棚が、一つ立っている。そこが、老人の仕事場だった。

 机の上にあるラジオのスイッチを入れれば、地球で流れているチャンネルが聴こえだす。決まった曜日のいつものパーソナリティの声が、どこかの国の深夜一時を告げた。あと三時間は同じ人間がしゃべるはずだ。

 黒いエプロンをつけると、棚から一段と眩しく光る砂を選び、先ほど引き上げた流れ星を前にして椅子に座る。メガネにはあっと息を吐き、てきとうな布でレンズを拭いてかけなおした。

 改めて確認すると、大きなひびが三つに欠損が一か所、それから全体的な擦過傷——これは直すのに時間がかかりそうだ。たぶん、隕石とぶつかったんだろう。

 流れ星のひびに、ビンから取り出した砂を慎重に詰めていく。それからレンチやスパナ、その他変わった形をした道具がごちゃごちゃと入っている木箱を取り出すと、迷うことなく一本の小さなハンマーを手に取り、詰めた砂を押し固めるように叩いていく。全体のバランスが悪くてもいけない。長年の勘が頼りだ。やすりで磨いて表面をなめらかにし、最後に、柔らかい布で優しく砂を払えば、詰めた砂の金色が輝く。

 こうしてきれいになってしまえば、流れ星にとってこの惑星は用済みで、手を離れてふわりと上昇していく。行く先に広がる濃紺の宇宙(そら)には幾多の星が瞬き、その間をまた別の星が駆けて行く。


 人は、流れ星に願い事をする。

「サッカー選手になりたい」「有名大学に入りたい」「ネコとしゃべりたい」「自分探しの旅から戻りたくない」など、多種多様な欲求で、年に数回は夜空が賑やかになる。

 流れ星は、かけられた願いが叶うか、途中であきらめるか、はたまた別の結末を迎えるのか、願いの行く末を見守る義務がある。その途中、何かしらの理由で傷ができると訪れるのが、この砂に覆われた惑星だ。

 そして、人類初の月面着陸なんて、つい昨日のことのように感じるくらい遥か昔から、老人は流れ星の修理を一人で請け負っていた。


 いつものように流れ星を修理していると、机のそばにある機械のランプが緑に光った。流れ星が到着した合図だ。老人は穴へと向かい、落ちている星を引き上げた。

「またか」

 手にしたのは、金色の継ぎはぎだらけで、その上からさらにひびの入った茶色い星だった。前にこの星を修理したのはたしか二年ほど前だが、それ以前から幾度となくここに来続けていた。名前は——そう。

「ジョージ」

 ジョージ・サンペドロ。流れ星をひっくり返して、表面に小さく彫られた名前とすぐ後ろに刻まれた数字の〝4〟を確認する。

 流れ星にも一つひとつ名前があって、きちんと個体を識別できるようになってはいるが、特段意識したことはない。せいぜいヤスリで削りとらないように注意するだけだ。

 数字は担当してきた人数を表していているから、ジョージが現在見守っているのは五人目。気になるのは、ここ何年もジョージの数字が、4から更新されずにいることだ。どこぞの誰かは、あきらめが悪いのか、年季の入った夢追い人なのかは知らないが、この流れ星は何度もここに来るもんだから覚えてしまった。

 いつも通り、さっそく修理しようと歩き出したときだった。

「またで悪いけど、何とかしてよ。動きにくくてしょうがない」

 老人は、手の中の星をまじまじと見た。ここから声が聞こえた気がするが、あるのはただの石っころだ。周りを見ても、人はもちろん、生き物の影はない。

 気のせいかと思い、流れ星を持ち直すと、

「うわあ。そこ、そっと触ってくれよ」

 と、今度は明らかに星から声がする。まだ一歩大人になりきれない、青年の声だ。

「話しているのは君か」

「あれ、聞こえてるの?」

「ああ。というより今初めて聞こえてきたよ」

 目の前の流れ星は、変なこと言ってないよね、と独りでぶつぶつ言っている。いくつもの流れ星を修理してきたが、これまで一度でも声を聞いたことはなかった。それにしてもよくしゃべる。流れ星の独り言は、全然終わらない。驚きで心臓の動きがいつもより駆け足になっていたが、なんだか気が抜けてひとまず落ち着いた。

「まさか、流れ星と言葉を交わす日が来るなんて想像もしてなかったよ」

「僕だって、あなたと話すのは想定外だ。でも、いい加減退屈してたから嬉しいサプライズだね」

 変化とは無縁だった過去からの延長線上に、何の前触れもなく現れた非日常。

「それで、修理はやってくれる?」

 老人は、もちろんだと頷いた。


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