元オタクのクラスカースト最上位の末路www
俺の眼の前では、筋肉隆々の大男が、殺意をみなぎらせて剣を握りしめていた。そいつの剣には、炎が燃えたぎっている。
俺も目の前の大男も、着ているのは粗末な皮の服。そしてその上に薄茶色の皮の鎧をまとい、兜をつけ、お互いに剣を右手に、盾を左手に構えている。
奴の剣が炎なら、俺のは風。
奴らのボス猿は始末した。あとの奴らは殺す必要はない。俺の強さを見せつけて、空席になってるカースト最上位の座を、俺が奪い取る。
強さをわかりやすい形で見せつけるには、パワーじゃダメだ、魔法が存在するこの世界では、破壊的な威力だけでは強さは示せない。
ならば剣技だ。技とスピードで圧倒する
「行くぞ」
俺は静かにつぶやくと、駆け出した。
大男が吠え、剣を振りかざしながら、炎の玉のようなものをぶつけてくる。
「うおりゃあああぁああ!!」
しかし・・・
「遅い!」
剣から風をほとばしらせ、それを全身にまとった俺は、身を翻して火球を避けると、剣を一閃させた。
最初の一刀は男の剣に防がれたが、俺の攻撃は止まらない。そのぶつかり合った剣を軸に、素早く跳躍すると、大男の背後に着地し、そのままの勢いで剣を振り抜く。
男は俺の動きについてこれていない。奴の左腕から盾が弾き飛ばされる。
「むう!!」
大男は中途半端な体勢で、しかしなんとか挽回しようと、剣を振ろうとするが、バランスが悪すぎる。
俺は剣から圧縮した風を送り、大男が風圧でよろけたところに、剣を打ち込んだ。
剣の平らな面で男の手首を叩くといとも簡単に剣が奴の手から落ちる。
俺は落ちた剣を足で器用に蹴り上げて拾い上げ、両手に剣をもった。
武器も、身を守る盾も失った大男の目に恐怖がよぎる。
俺はニヤリと笑った。
「殺しはしないさ」
俺は疾風のようなスピードで当身を入れた。
俺の何倍もの大きさのある男の体が棒切れのように宙を舞い、円形闘技場の外に放り出される。
じゃぼんと大きな水音がなり、大男が場外に張られた水に落ちた。
一瞬静まり返った会場に、次の瞬間大きな歓声が鳴り響いた。
「あの新人がまたやったぞ!」
「ニュースターの誕生だ!」
「強いぞ!タツヤ!」
俺を褒め称える歓声、しかしそれは、俺を見下す者たちの歓声だ。奴隷同士を戦わせて、自分には全く危害の及ばないところで楽しむクソ野郎ども。
てめえら自分で闘えよ。
俺は、こんなはずじゃなかったんだ。こんな社会の最底辺に落ちるなんて。
俺はのし上がってみせる。必ず最後にカースト頂点に立つのはこの俺だ。
俺は土方達也、高2。サッカー部員でなかなかの好成績。仲良くしてる友達はサッカー部かバスケ部、特に意識はしていないけどみんな結構イケメンだ。
俺も・・・まあ、自分でいうのは照れ臭いけど結構イケてる方だと思う。今は彼女はいないけど、何度か告白されたこともある。クラスの中でも結構人気者で、いわゆる陽キャだ、完全に。
でも実は、陰キャとか、オタクとか言われる連中とも仲は悪くない。それには理由があって、いま仲良い友達には言ってないけど、俺も中学生の頃はアニメとか、ボカロとか、大好きだった。
なんかわかんないけど高校になってから仲良くなった奴らはみんなアニメとか見ないし、どっちかというとバカにしているような感じがしたから、そういうのを見るのはやめた。彼らの話題は部活、勉強、流行りのアーティスト、あとは女の子の話。
最初は退屈に感じたけど、いまではそれも慣れてしまった。
まあそういうわけで、俺はクラスカースト最上位かつ、陰キャにも優しい、みんなからの人気者ってわけだ。
勝ち組高校生、でもそれを鼻にかけたりはしない。そんな生活を失わないように、みんなに優しくしていかないとね。案外それは難しくない。人生が楽しいと、ほかの人に優しくするのも簡単なんだよ。
そう、俺はいつだってそうしてきた。
なのに簡単に、失ってしまったんだ。最高の高校生活、バラ色の青春、その全てを。
「あの、ひ、ひじこ?」
そう、どもりながら話しかけてきたのは、やや肥満気味の同級生、倉坂慎吾だった。倉坂は中学からの同級生で、中学生の頃はよく一緒にアニメを見たりしていた。『ひじこ』というのもその頃の俺のあだ名だ。なんでそんな風に呼ばれていたのかはもう覚えていない。高校に入ってからはあまり話していないが、俺が一人でいると話しかけてくるのだ。他の陽キャが近くにいると絶対話しかけてこないのに。
塾の帰りの電車の中だった、俺は疲れていたからちょっとイラっとしたが、表情には出さず、にこやかに挨拶した。
「おう、倉坂か、お前も塾帰り?お疲れぃ」
倉坂はちょっと嬉しそうにニヤッと笑った。
笑いかたも、ことさら陰キャ感あるな、こいつ。
「しんちゃん、だろ?」
うぜえな。
「あ、ああ・・・しんちゃん、お疲れ」
倉坂は再びニヤリと笑うと、近くにすり寄ってきた。
ちょっと、汗臭いな。
まずいな。俺は性格が良くて陰キャにも優しい、クラスの人気者なのに。一回イライラしたせいで、悪口ばかりが頭に浮かぶ。
これでは良くないな。軌道修正しないと。
中学生の頃は本当に仲がよかったんだ、馴れ馴れしくても当然じゃないか。それに代謝の激しい男子高校生、ちょっとくらい汗臭くても仕方がない。・・・よし、いける。愛想よく。
「なあ、ひじこ、最近アニメとか見る?」
「え?・・・見てないよ」
「だよなぁ」
倉坂は残念そうに肩を落とした。大げさな反応だが、そういえばそういうやつだった。
「どうした?最近面白いのでもあんの?見てみようかな」
絶対に見るつもりはなかったが、社交辞令としてそう言っておいた。こう言っておけば、倉坂のような奴は喋りたいだけ喋って満足する。
「そうなんだよ、面白いのがあるんだよ」
やはり見ようかなと言った途端、倉坂は目を輝かせて生き生きと話し始めた。
「中学生の時さ、ひじこが大好きだった、フロスティング・ブレイブ・リングってアニメ覚えてるだろ?」
「ああもちろん、覚えてるよ」
バトルアニメのふりをした、美少女アニメだった。懐かしいが、同時にちょっと恥ずかしい。
「あれの続編がやるんだよ!しかもTVアニメ再開にあたって、前期の総集編を劇場版でやるんだ、激アツだろ?」
激アツなのか?別にストーリーは覚えているから総集しなくていいんだけどな。もちろん、続編も見る気は無いが。
「だからな、その・・・」
倉坂は何か言おうとしてためらった。何かを言おうかいうまいか悩んでいる様子だ。
これはまさか、俺を映画に誘おうとしている?いや流石にそれは無いだろう。高校でもちゃんと同じクラスなんだ、いくら中学生の頃仲がよかったとはいえ、いまでは完ぺき陽キャでアニメなんか一切見ない俺が、倉坂とアニメ映画を観に行くわけがないなんてことは、流石にこいつもわかって・・・
「一緒に行かない?映画」
本当に言いやがったこいつ。ちょっと恥ずかしそうで、顔に汗をかいていて、気持ち悪い。
「ハハッ」
俺はおもわず笑ってしまった。
「いや、行かないでしょ」
本音が出た。
「え?あ、おん。そうだよな」
俺のはっきりとした物言いに、倉坂は戸惑ったようだった。
「なんか、ひじこ、変わっちゃったな」
やっぱり疲れていたのかな。なんかわかんないけど、めちゃめちゃイライラした。
「そりゃ変わったよ。変わるだろ?普通。俺はそういうの見るのやめたんだよ。お前はいつまでもしょうもないアニメばっかり見てさ。別に勝手にデュフフとかいってるのはいいんだけどさ、俺に来るなよ」
突然、本音を隠すことなくまくし立て始めた俺に、倉坂はあっけにとられているようだった。
「俺はさ、もうお前とは、お前らとは違うんだよ。はっきりいうけどさ、お前らと一緒だとおもわれたくねえんだよあとさ・・・・」
ショックを受けている様子の倉坂に、俺はとどめの一言を冷たくはなった。
「そのひじこ、ってやめろよ。俺とお前、もうあだ名で呼び合うほど仲良くないだろ?」
ちょうど電車が止まり、扉が開いた。俺は降りる駅じゃなかったけど、ここで降りることにした。
別れの挨拶は、しなかった。
・・・やらかしたなあ。
俺は陽キャなだけでなく、隠キャとも仲がいい完璧なクラスの人気者だったのに。
まあ、あんなやつに嫌われたろころで、そんなにダメージはないか。あいつはこの話を共有して一緒に俺の悪口を言うような友達もいないだろうし。
明日は部活の大事な試合があるんだ、切り替えてそっちに集中しよう。
「あ、あの、ひじこ?いや、土方くん?」
驚いた。
次の日の朝、疲れていて少し寝坊した俺は、試合会場の学校まで走って向かっているところだった。
幸い試合会場となっている学校は近い、なんとか間に合うだろう。そう思いながら、横断歩道の赤信号で立ち止まり、息を整えていた時、驚いたことに、倉坂がまた話しかけてきたのだ。
同じ通学校に通っていただけでなく、家が近いのも忘れていた。
でも、あそこまで言われておいて、昨日の今日で話しかけてくるとはおもわなかった。死刑が図太いのか、それとも何か言いたいことでもあるのか。
少なくとも、呼び方は『土方くん』に変わっていた。ひじこと呼ばれるのも嫌だが、いつもそう呼んでいる奴が、今さら土方くんっていうのも、なんか気持ち悪い。
「あ、ああ・・・倉坂か・・・」
おはよう?どうかした?昨日はごめんな?
なんて言っていいかわからず、俺は固まってしまった。
「今日は部活の試合だろ?土方くん。急いでるの?」
「え、ああ、うん。よく知ってるな」
何か、様子がおかしい。アニメの話をしている時よりも目が輝いている。目が輝いていると言うか、見開いて、目が爛々と光っていると言ってもいい。
「疲れてたんだろ?イライラしてたんだろ?昨日のことは気にしなくていいよ。興味ないことに誘った俺が悪かった」
本当に様子がおかしい。こんな奴じゃないんだ、こいつは。怒りっぽくて、腕っ節が弱いくせに殴り合いの喧嘩をするような奴なんだ。
「う・・・あ、ああ、ごめんな」
倉坂はにっこりと笑った。感じのいい微笑みだ。いつものようなニヤニヤ笑でも、引き笑いでもない。
「いいんだよ、急いでるんだろ?・・・・」
ほら、青だよ、信号。
あいつは確かにそう言った。信号が青だって。
信号に背を向けて倉坂と喋っていた俺は、反射的にパッと振り向いて、そのまま走り出した。急いでいたし、何か君の悪い倉坂から離れたかった。
そして次の瞬間、俺の体は宙を舞っていた。
激痛を感じたような、感じなかったような。
時間がゆっくりになったようだった。俺を引いたトラックが目の端に映る、急ブレーキをかけようとしているが、もちろんもう遅い。
歩行者用の信号は、バッチリ赤だった。
倉坂の顔が目に入った。驚いたような、青ざめたような顔をしているが、その口の端は、笑っていた。
きっと、俺は死ぬ。そして殺人を立証するのは難しいだろう。急いでいたための俺の不注意ということになる。
でもな、普通、映画断られたくらいで人を殺すか?
ちくしょう、ちくしょうが。
くたばりやがれ。
俺の意識は暗転した。
目が覚めた。
助かったのか?
しかし目が覚めた場所は、想像したような病室ではなかった。どうやら、外?しかも雨が降っている。ジャージがびしょ濡れだ。
そうだ、ジャージだ。服装もジャージのままだ。中には試合用のユニフォームを着ている。
まさか俺は車にひかれて気絶したまま放置されていたのか?
いや、そんなバカな。何より体のどこも痛くもかゆくもないことが、そうでない証拠だ。
じゃあ、夢?だけど俺はなんで外で寝ている?
ゆっくりと体を起こすと、周りに人だかりができていることがわかった。
どの人の顔を見ても、外国人にしか見えない。金髪や茶髪、青の瞳や緑の瞳。
しかし喋っている言葉は日本語だ。いや、日本語じゃないかもしれない。でもなぜか理解できる。
「見慣れない顔立ちだわ」
「それになんだ?あの服は」
ブツブツ言っている人たちを押しのけ、俺は立ち上がった。服のことを言われたから、逆に相手のことを観察して見たが・・・トーガ、と言うのだろうか。邪魔そうな布を体に巻きつけている。
あれは、古代ローマの服だったかな。
周りを見渡してみると、街の風景とかも古代ローマに近い。
なんとなくわかった。これはタイムスリップとかではない。
異世界転生・・・いや、異世界転移かな?
なんとなく倉坂のことを思い出してイライラした。
俺はあいつみたいにオタクじゃないから詳しくないんだよ。
だが・・・ざまあみやがれ、倉坂。俺のことを殺したと思ってるかもしれないが、こうして俺は生きている。しかも異世界に来たということは、俺はこれからきっと素晴らしい冒険ライフを過ごすに違いない。
次の瞬間、再び視界が暗転した。意識を失ったのではない、布か何かで目を塞がれたのだ。しかも羽交い締めにされている。声を上げようとしたが、乱暴に口に布を詰め込まれ、うまく喋れなかった。
俺は完全に混乱していた。
なんなんだ?異世界ライフの始まりって、普通、勇者様!とかじゃないのか?俺が中学生の頃見ていたのではそんなんしかなかったぞ、最近じゃこんな始まりもありなのか?
なんなんだよちくしょう。
くたばりやがれ。