服がない!2
そうして、結局トワイスは酒場まで戻ってしまった。
レオンは千鳥足で自室までの道をふらふら歩いていると前方から来た少女とぶつかった。
「すいません!」
レオンは酔っ払った勢いのまま、上官にするような敬礼をして詫びる。
少女はレオンをまじまじと見ると言った。
「こちらこそすいませんでした。あのー、騎士様。へんな女だと思わないでくださいね?」
レオンはピンときた。
きっと告白だ!しかも一目惚れの!
酔っていたからか非常にくだらない思考が働いていたと思う。
愛の告白だってレオンはよくされる程度には整った容姿をしている。それが無くとも伯爵家の人間で騎士団に属する男である。周りはレオンを常に放って置かない。
だが、モジモジと言いにくそうに下を向く少女が愛らしいな、とまるで十代前半の少年のようにレオンはドキドキした。酒と失恋の効果もあるだろうが。
「思わない。言ってみろ」
「騎士様、早くお部屋に帰ってください」
「は?」
「消し飛んじゃうから」
「消し飛ぶ?」
「そう、消し飛ぶんです。パンツが。ううん、服が」
「俺が酔っているからからかってるのか?」
レオンは少女を見つめる。
「からかってません!本当なんです。私昔からそうなんですよねー。気に入った相手を見つけると服を消し飛ばしちゃうんです」
事件である。
そんな気軽に消し飛ばされては堪ったものじゃない。少女の言葉が本当だとして……。
レオンが驚いていると、少女はグイグイとレオンの背を押してきた。
「さあ!早くお部屋はどこですか?」
「お、おいっ」
「深夜とは言え、まだ下働きの者はいますからね!恥ずかしいですよー。急に素っ裸になるところを目撃されるのは!こんなところで裸になったら最悪捕まっちゃいますよ!」
レオンは訳も分からず少女に急かされるまま、部屋のドアを開ける。
「服は本当にごめんなさい」
そう言って勢いよく少女が扉を閉めると、レオンは輝き出した。比喩ではない。
本当にレオンは、正確にはレオンの纏う服が光を放ち輝き出した。
「ひ、ひええっ」
レオンは乙女のようにか細い悲鳴を上げた。
謎の光が段々と凝縮され、一際強く輝くと、一気に光が弾けた———。
そうしてレオンは一糸纏わぬ裸体を曝け出した。
さながら彫刻のような鍛え上げられた肉体は、ご婦人方が見たら卒倒モノだろうが、状況が状況である。酷く間抜けだ。
あまりの非現実的な状況にレオンはベッドの上に倒れ、気を失った。
———と、ここまでをレオンは思い出していた。
少女の言う通りなら、今回の全裸事件(仮にそう呼ぶ事にした。)は、少女が引き起こした事件なんだろう。
少女はどうしてレオンの服を消し飛ばしたのか?確か気に入ったと言っていたか?
レオンは考えた。
この普通ではない状況を何とか己の脳が処理出来る状況に整えたかったのかもしれない。
暫くそうやって唸っていたが、レオンはポンっと膝を叩く。
———少女を探そう。
レオンはそう決定して自室を出た。
少女はメイドの着るお仕着せを纏っていたのできっと兵舎で働くメイドだろうと見当を付ける。年の頃は恐らくレオンよりも年下だ。髪は二つに別け、綺麗に三つ編みにしていた。瞳は真ん丸でクリッと大きく、二重がパッチリとした愛らしい顔だったなとレオンは思い出していた。
まずは食堂を覗いてみたが、居なかった。
次に洗濯場にも居らず、風呂焚きをしているのかと覗いたが、居ない。ならば兵舎内の掃除かと覗いてみたが、矢張り居なかった。
今日は偶々休みだったのか?とレオンはその日の捜索を打ち切った。
それから一週間、レオンは不思議な少女を捜したが、成果はなかった。
とうとうレオンは痺れを切らし、廊下を掃除していた年若いメイドを捕まえる事にした。
「仕事中にすまない」
レオンが短く声を掛けると、若いメイドは顔を真っ赤にして掃除の手を止めた。
「はい、なんでしょうか?騎士様」
「メイドを捜している。グリーンの瞳でパッチリと大きく。幼い感じの顔だ。会った時は三つ編みをしていた。髪はブラウンだ」
知っているか?と尋ねる。
若いメイドは少し考えるような素振りをした後に言った。
「多分ですが、リサではないかと思います。……その、騎士様。リサが何かしでかしてしまったんでしょうか?」
心配そうに尋ねるメイドに軽く首を振る。
「いいや、そういった事ではない。リサに仕事が終わり次第、俺の部屋を訪ねるように伝えて欲しい」
レオンは名乗ってから若いメイドに礼をして歩き出した。
しでかしたというなら、かなりしでかしてはいる。しかし、レオンは怒ってはいなかった。余りに突拍子もない出来事だったからかもしれない。
だが、隊の仕事の合間とはいえ、あれだけ捜して見つからなかった事には腹を立てていた。きっとレオンに詰られると思って避けているのだと思ったからだ。
そんなに器の小さな男に見られていたとは、と少しだけショックだった。