16
———疲れたな。
レオンはやっと戻ってきた兵舎の自室でベッドに身体を投げ出した。
昨日は、シャルロット姫と、宰相ジャンロードから一通りの経緯を聞いた。
そして、混乱の治らない頭を無理矢理切り替えて夜警の任務に移った。
はっきり言ってコンディションは最悪ではあったが、身体に染み込んだ鍛錬の成果で何とか乗り切った。
満身創痍とはこの事か、と重い身体を引きずって帰ってきた。
肉体より精神的疲労が優っており、普段では絶対にレオンはしないが、騎士服を乱雑に脱ぎ捨てて下穿き一枚で横になった。
昨日は、カイゼル王子のことを聞いた後に、宰相からはナイフの出所を聞いた。
一月程前の話しだそうだ。
その日、久々に領地に顔を出していたジャンロードは気晴らしに、領内にある湖へと来ていた。
ジャンロードの数少ない趣味は釣りである。
朝一番で湖に到着したジャンロードは桟橋に腰を下ろして釣りを楽しんでいた。
豊かな恵みを抱く、ジャンロードの領地一番の観光名所でもある湖は、糸を垂らして暫く経つと、ちらほらと人影が見えだした。
湖をぐるりと一周するように敷かれた道を散歩する者、飛来した鳥を見に来た親子連れ、足首を水につけて戯れる男女。
そして、ジャンロードと同じく桟橋で釣りをする者。
暫く無心でいると、手応えを感じる。
が、すぐにぬか喜びだと分かった。
隣に居た男の釣り竿と糸が絡んだだけだと気づいたからだ。
ジャンロードは直ぐに自らの竿の糸を懐に入れていた家紋入りのナイフで断ち切った。
ジャンロードと同じくらいの年嵩の男は暫く懐を弄っていたが、諦めたようにジャンロードに話しかけてきた。
「すいませんが、ナイフを貸して戴けませんか?」
ジャンロードは快くナイフを貸した。
男はもたもたと糸や釣り竿と格闘しながらジャンロードに愛想よく話しを続けた。
「この湖は本当に自然豊かで素晴らしいですね。普段釣りなんか全くしないのですが、あまりの素晴らしさに柄にも無く竿を持ってきてしまいました」
「領内にお住まいでは無いんですね?」
「ええ。ちょっとした物見遊山の道楽旅です。この地方には何やらうまいチーズがあると聞いて参りました。チーズ料理に目が無いもので」
「ついでにワインも、ですか?」
「こりゃ参ったな。そうなんですよ。やっと息子に家業を引き継いで隠居したんでね。残りの余生は酒と食に捧げようとウロウロと旅をしているんですわ」
男は実に楽しげに語るので、ジャンロードも、後進が育ち安定したらそんな旅をしてみたいと染み染み思ったと言う。
「でしたら、是非、街のシルクベールという酒屋に行ってみてください。大衆向けで安く美味いですよ」
ジャンロードが言うと、男は行ってみます、と言って腰を上げた。
「矢張り慣れない事はするもんじゃないですね」
そう言って帰って行ったそうだ。
ジャンロードは、レオンらが屠った二名の者の内一名にピンと来たそうだ。
あの時湖で会った男だ、と。
そして思い至る。
余りにもスムーズな隙が無さすぎる出会い過ぎた。
ジャンロードがうっかり家紋入りのナイフを返して貰いそびれる程の鮮やかな手口だった。
一国の宰相程の者を油断させる話術。
只者ではないのは一目瞭然だった。
そんな男がわざわざジャンロードのナイフを持って乗り込んでくると言うことは、予め総てが織込み済みだったと言うことだろう。
そして、今回の襲撃に至っても、シャルロット姫の婚約者である隣国の王子から何やらキナ臭いとの情報は既に得ていた。
三国は隣り合う位置にあるのでいつも互いが互いを監視している立場にはあるのだが、余りにもタイミングが良すぎると感じたジャンロードは姫に忠言した。
そして、レオンとシリウスにシャルロット姫立会いの元、今回の襲撃の件を含む話しをしに来たという訳だった。
何者かが裏で糸を引いている。
宰相ジャンロードとシャルロット姫はレオン達にそう言った。
レオンは重たい思考を繰り返し、昨日の話しを飲み込んでいった。
思考にひと段落を付けたレオンは思う。
リサに会いたい、と。
あの子は抜けた所がある。
何か問題に巻き込まれていなければいいのだが。
レオンはゆっくりと意識が下降してくるのを感じた。
眠りに落ちそうになった時、戸惑いがちに自室の扉をノックされる音を聞いた。
このまま無視してしまおうか。
そう思いはしたが、レオンは性格上それが出来なかった。
気になってしまったからだ。
重たい身体を起こし、ままならない頭を抱えて扉を開くと、会いたい娘がそこに居た。
「リサ……」
リサはレオンが下穿きのみを纏った姿を見ると、慌てて扉を閉めようとしたが、それをレオンは許さず、抱きしめた。
朦朧とする意識の中、やっと手に入れた温もりに気持ちのさざ波が凪いでいくのを感じた。
そして、仕事を放棄した脳みそは、普段のレオンではあり得ない命令を下す。
自室にリサをそのまま引き入れ、扉を閉める。
軽々とリサを横抱きにし、ベッドへ引きずり込んだ。
リサは必死に何かを訴えていたが、もうレオンは夢見心地であった。
リサの髪からは石鹸の香りがし、レオンを易々と夢の世界へ沈める。
抱き竦めたリサとの間には、もう何も邪魔をするものはなかったからだ。




