13
姫の宮でシリウスと夜警の任に就いて夜中を回った頃だった。
辺りでは物音一つ無く、姫の寝室の前の廊下は非常に静かだった。
今夜は静か過ぎるな、レオンは不自然な静寂に身動ぎもせずに腰の剣の柄を握った。
シリウスが視線で幽かに合図を送ってくる。
レオンは無言で頷くと、シリウスに背中を預け、暗闇を切りつけた。
呻き声と、血飛沫が上がる。
姿を隠す術を使っているようで、姿を確認は出来なかった。しかし、鋭い殺意が気配となって襲い掛かってきた瞬間をレオンは仕留めた。
背後にいるシリウスも二太刀白銀の刃を煌めかせ、敵を薙ぎ払っていた。
戦闘が終わり、辺りを充分に警戒していたが、敵はレオンとシリウスの足元に転がる二名だけだったようだ。
レオンは詰めていた息をふっと吐き出してから、姫の寝室へと声を掛けた。
「姫、もう大丈夫です」
暫くして寝室の扉が開き、肩掛けを羽織ったシャルロット姫が顔を覗かせる。
「二人は大事ないですか?」
「ええ、我らは無傷です」
レオンは姫に答えると、姫は安堵を浮かべた。
「背後関係等調べたかったのですが、相手が隠密に優れた者でした。余裕が無く、仕留めてしまいました。申し訳ございません」
シリウスがいつもの妖艶さを引っ込め、姫に報告する。
「いいのよ、よくやってくれたわ。貴方達には苦労をかけますが、暫くは夜警をお願いします」
レオンとシリウスは今回シャルロット姫からの抜擢により夜警の任に就いていた。
きっと姫は思うところがあるに違いない。
レオンはそう考えていたが、実際に事が起きた。偶然ではないのだろう。
姫が寝室に続く扉を閉める。
レオンとシリウスは黙したまま夜警に戻った。
無駄口を叩く暇があったら侵入者の始末をするべきだと判断したからだ。
シリウスは侵入者の亡骸二つを引き摺って行った。死体に手掛かりに繋がる物がないか検分する為に持って行くのだろう。
暫し一人で姫の警備をする事になったレオンは思った。
今夜は何も無ければいいが。
その夜、シリウスが検分から帰って来るまでと、夜警が終わるまで。何事も無く、レオンとシリウスは任を解かれた。
レオンは兵舎に帰ってからシリウスに尋ねた。何か手掛かりは無かったか、と。
シリウスは言い淀んでから、言った。
「亡骸の身につけていた物があった。それだけだと証拠としてはかなり不十分だが、不自然な物だった」
そう言って投げてよこした物を見てレオンは引き攣った表情を浮かべた。
「刃先には毒が塗られている。気をつけろ」
頷いてからもう一度手のひらに乗る小さなナイフを見た。柄の部分にははっきりと家紋が刻まれている。
その家紋は、この国の宰相であるジャンロード家のものだった。
「ジャンロード家が姫を?しかし、妙じゃないか?」
レオンが聞くと、シリウスは頷く。
「ああ、妙だ。あの堅物で知られる宰相がこんな事をするとは思えんな。何か、良くない事が起こっているのは確かだ。明日、シャルロット姫に一応これは見せようとは思う」
レオンはもう一度、手のひらに乗る小さなナイフを見た。
★
レオンはその日、いつもの簡易的な軍服を纏っていた。
黒く染められた詰襟。金の飾り紐。勲章は略式のものしか着けていない。下履はセンタープレスの効いた黒い下衣。靴は矢張り黒の長靴。最低限の装いだ。最低限、王城に出向いても問題無い程度のものだ。
レオンは性格上、きちんと服装を整えていないと気持ち悪い質なのだが、それでも軍服は決まりがどうのと面倒だと思う。
いつもの訓練で着用する服でも充分だとレオンは思うくらいだった。
レオンは与えられた兵舎の自室を出ると、ちょうどトワイスと会った。
やあ、と気軽に声を掛けられ、レオンも返す。
「これから城に行くのか?」
トワイスがのんびりと聞いてくる。
トワイスという男は肝が座っているのか、いつも泰然と構えている。
レオンは自分が神経質な帰来であると自覚しているだけに、トワイスの性格が何故か妙にしっくりくるのだ。
「ああ。シャルロット姫の所にいかなければいけないのだ」
「そうなのか。そういえばさっきシリウスの奴も出て行ったなあ。珍しく怖い顔をしていたから声もかけられなかったな」
こーんな顔してた、とトワイスが仏頂面を作る。
レオンは思わず笑ってしまった。
「そうか。俺もそろそろ行かなければならない」
レオンがそういうと、トワイスが不意に近づき耳打ちしてきた。
「なんだか王領の端の辺りがキナ臭いらしい。近々何か起こりそうだと兄上が言っていた」
「王領の隣は子爵家の領地だったな。……怪しいとは、王子の動きか?」
トワイスは無言で頷いた。
ジャンロード家に、謹慎中のカイゼル王子———。
シャルロット姫はどこまで把握されているのだろうか。
聡明な姫ではあるが、何か良くない事に巻き込まれているのではないか。
レオンは気を引き締めて王城へと向かった。




