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それはある平穏な日の事だった。
そこは、隣国との境界にある地方の教会。
長閑な田舎町にある寂れた教会だ。その建物は木製で出来ており、こじんまりとしている。三角屋根は黒く塗られている。
町は人口も少なく、皆農地を耕したり、家畜の世話をして過ごすような穏やかな土地柄であった。
そんな穏やかな教会の一室。中は酷く暗い。窓から差し込んだ陽を背にする男は一際暗く、全身が影のような男だ。
「と、言う事です。貴方様にご協力戴ければ、この倍の金額の金貨と、切り取った土地の一部を差し上げましょう。いかがですか?」
影のような男が差し出した金の入った袋の内の一袋を無造作に掴み、中身を見分しながら、もう一人の男は顎を撫でる。
「まあ、いいだろう。しかし、私が手伝える事と言って、さして無いように思うが……。仔細聞かせてもらえるか?」
そう言って一枚握りとった金貨をキラリと目の前で閃かせた。
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今日は晴天。
この所続いていた雨がやっと止んだ。雨が続くと屋外での集団練習が出来ず、兵舎の中に作られた狭い屋内練習場で剣技を磨くしか出来ない。
存分に動かせなかった鬱憤を晴らすように、その日の練習は非常に白熱したものとなった。
レオンも、トワイスやシリウスと共に練習に参加し、集団戦を実践形式で戦った。
騎士団の一部人員を地方に飛ばされ手薄になっていたが、本来の姿に戻されつつある事も実感できた。
レオンは訓練を終えた後、夜勤の城での警護に出向く事になっている。
今日の夜勤はシリウスと組む事になっていた。
レオンはシリウスを探して兵舎内を歩いていた。
シリウスという男は恐ろしく剣の腕は立つが、真面目さには欠けるので、度々こういった事はあった。もうすぐ交代の時間であるというのに、フラフラと何処かに行ってしまう。
「何処にいったのだ、シリウスは」
レオンは苛立っていた。
シリウスはリサと会ったあの日から事あるごとにリサにちょっかいを出し、リサに纏わり付いている。
リサもリサで、満更でも無さそうに頰を赤らめたりするものだから、レオンのイライラは絶頂に達していた。
そんなレオンの様子を見てシリウスはニヤニヤとしているのも気に入らない。
トワイス曰く、シリウスはリサでは無くレオンを揶揄っているだけだから放っておけ。そう言われはしたが、レオンはリサが心配でならなかった。
もし、レオンが知らない所でリサが手酷く扱われてしまったら?そう思うと居ても立っても居られない気分だった。
レオンがイライラと兵舎内の廊下を歩いている時だった。
人気の無い廊下の奥。階段の辺りで話し声がした。
「お嬢さん、そう冷たくしないで。俺の気持ちを疑っているんだろうか?」
「シリウス様の気持ちはちゃんと分かってますよう」
階段下のスペースにリサを追い詰めるシリウス。両手で囲い、リサの逃げ場を奪っている。
「では、そろそろ唇の一つも許してくれていいんじゃないか?」
「だから。分かってますよう。レオン様を揶揄いたいだけですよね?」
リサはシリウスの美貌には勝てないのか、頰を染めてはいるが、意外と冷静だ。
「本当にそれだけか確かめてみたくはないか?お嬢さん」
シリウスは目を細めて口端を上げる。
「いいえー、結構ですよう。だってシリウス様が大好きなレオン様に怒られちゃいますし」
リサが悪戯な笑みを浮かべると、シリウスが降参とばかりに拘束を緩めた。
「まあ、確かにあいつを揶揄うのは面白いが、男色家と勘違いされるのは腹立たしいな」
喉奥で笑いを噛み殺すシリウス。
「もう!無駄な時間取らせないでください!お仕事終わらなかったらメイドのお姉様方に叱られちゃうんですからね!」
リサはプリプリと怒りながら階段を登って行った。
「レオン、殺気を仕舞え」
シリウスは何でもない風に振り返る。
「いい加減にしろ、シリウス。リサに構うな」
レオンが冷たく言うとシリウスは髪をかきあげる仕草をする。
「いい加減も何も無いだろう?誰の物でもない花を手折ろうとする事が悪い事だとは知らなかった」
レオンは小さく舌打ちをする。
「品行方正なお前には分からないかも知れないが、誰かに大事に育てられている花を欲する者は意外と多い。覚えておいた方がいいぜ」
「悪趣味な」
レオンが吐き捨てるとシリウスは大変機嫌良さげな表情になった。
「そろそろ夜警に行く時間か?」
「分かっているならフラフラするな」
「分かっている。でもわざとフラフラしてるんだ。お前に探してもらう為にな」
なんと悪趣味な。レオンは矢張りそう思った。
レオンとシリウスは真逆な人間だ。
レオンはシリウスの言う通り、品行方正。愚直なまでに己を律して正しく在ろうとする。遊びが無く詰まらない人間だ、とレオン自身も思っている。
逆にシリウスは自由奔放。柔軟で欲望に忠実。何者にも囚われない強かさも持っている。
正反対の二人だからか、噛み合った時はレオンが把握している以上の実力を互いが発揮する時がある。互いが互いの長所を伸ばし、短所を補う。そんな動きをする事があるのだ。
レオンはシリウスが羨ましい。
自分もそう生きられたら少しは楽になるのだろうか。偶にそんな風に考えるのだ。
「無駄な時間を過ごした。行くぞ」
レオンは小さく言い捨て、歩き出した。




