服がない!1
———おかしい。
レオンは顎に手を当て考える。
昨夜帰ってきた時は普通に服を着ていた筈だ。なのに今レオンは一糸纏わぬ姿でベッドに横になっている。
これは流石におかしいだろう。
少し、否、かなり酔っていたのが問題か?しかしレオンは今までどんなに酔っても脱いだ経験はない。
女性関係という訳でもないだろう。流石に騎士団の宿舎には連れ込めない。
では、どういう事か……。
レオンは首を傾げながらクローゼットから下着と衣服を取り出し纏った。
そういえば———。
と、レオンは思案する。昨日着ていた服はどこにやったのか。
ひとまずレオンはベッドの上を確認する。見当たらない。次にベッドの下。無い。クローゼットの中にも確か無かった。
まさか脱ぎ散らしながら全裸で兵舎を練り歩いた訳ではあるまい。とレオンは頭を抱えた。
レオンはドサリとベッドに横になって昨日の事を思い出していた。
———確か昨日は……。
レオンはその日の仕事を終え、騎士団のロッカーで荷物を纏めていた。
レオン・ルロワは国の騎士団に所属している。伯爵家の次男だ。
「レオン、これから一杯行かないか?」
騎士団に入った時からの友人、トワイスに声を掛けられる。
「明日は非番だから、構わない」
「俺も非番だ!今日は城下で飲まないか?安くて美味い店があるんだ。看板娘も可愛い。最高の店だ!」
トワイスは少し興奮気味に捲し立ててくる。多分目当ては看板娘だな、とレオンは見当を付ける。
「いいな。行こう」
二人は手早く支度をして城下町に向かった。
トワイスが案内した店は表通りから一本入った裏路地にあったが、大層な賑わいを見せていた。
「いらっしゃいませ!」
看板娘だろう、可愛らしい娘に案内されて席に着く。トワイスはうっとりした視線を看板娘に纏わり付かせ、溜め息を吐く。
「あーー、可愛い。結婚してぇ」
「子爵の三男坊なんだし、騎士団に属する騎士なんだ。一度誘ってみたらどうなんだ?」
レオンがそういうとトワイスは悲しそうに眉尻を下げた。
そこにニッコリ笑顔の看板娘がエールを持って現れた。受け取り礼をすると看板娘は頬を染め、下がって行く。そして二人は乾杯をする。一口に半分程流し込む。
「俺は無理だよ。だってこれだもん」
トワイスは自らの顔を指差す。
「悪くないと思うけどな。自分で思うより周りは気にしてないだろう。味があっていいと思う」
「お前が言うなよおー」
トワイスは基本的に絡み酒だ。それさえなければとレオンは思わなくも無い。
トワイスは確かに個性的な顔をしているが、愛嬌のある顔立ちだ。性格も穏和で女性に対しては紳士的。優しい力持ちタイプである。良いやつなのだ、トワイスは。
「お前は良いよなあ。城で働くメイドは皆んな言ってるぜ。王子より王子らしいって」
「あのへちゃむくれの嫌味な王子に比べてという事だろ?あれと比べたら大抵の男は皆んな王子様さ」
レオンの言った事は本心だ。我が国の王子は性格に大層問題がある。嫌味で陰険。顎が長くのっぺりした顔の。要は嫌な人間だ。
あのアゴ王子ときたら、自分よりも見目がいいものは許さないとばかりに能力は関係無く左遷する。
レオンはアゴ王子の妹姫のシャルロット姫に目を掛けてもらい、どうにか出世街道の王城での仕事にしがみ付いている。
シャルロット姫は二代前の賢王と名高いガルーダ二世の再来と言われる程だ。心優しく人民からの人気も高い。貴族にしてもアゴ王子はもう駄目的な扱いをされているので、恐らくアゴ王子は近々廃嫡になり、シャルロット姫が王室始まって以来の女王となるだろうと言われている。
シャルロット姫はアゴは出ているが、素晴らしい女性なのだ。アゴの一つで彼女の美しさは損なわれはしない。レオンは密かにシャルロット姫に懸想している。
はて、アゴ王子の名前はなんだったかな?とレオンが考えているとトワイスに声を掛けられる。
「聞いてるか?レオン!」
「全然聞いてなかった。すまん」
レオンが素直に詫びるとトワイスはわざとらしく溜め息を吐く。
「シャルロット姫のことだよ」
「シャルロット姫?」
「来年ご結婚なさるそうだぞ。隣の国の何とかいう王子と」
「何?!俺は知らないぞ!」
トワイスは呆れた顔を向ける。
「そりゃそうだろ。俺も姫付きの侍女のナタリーから聞いたからな」
ナタリー?
「誰だ?ナタリーとは」
「ダニエルの妹だろうが。兵舎に差し入れを持ってきてくれたりで偶に会ってるだろ?」
ダニエルはトワイスと共に同期の子爵の息子だ。ダニエルに妹なんか居ただろうか?レオンは酒に浸された脳みそを使ってみるが、思い出せない。
それにしても、シャルロット姫が結婚……。
もうそこからのレオンは自棄酒だった。看板娘が引く程酒をかっ喰らった。
帰りはトワイスに支えられ、兵舎まで戻って来た。しかし、トワイスはそこで実家の妹にもらったペンダントが無いと騒ぎ出した。