第3話 勇者
「寝坊したあああああ!!!!」
案の定というか何というか。
目覚まし時計無しで早朝に起きる訓練など俺は受けてはいない。
「……むにゃ? なんじゃもう朝か?」
呑気に寝ぼける幼女の寝相が最悪であり俺の腹を枕にしていたはずの裸族のカカトが顔面に刺さるという最悪の寝覚めを経験したのが10秒ほど前だ。外を覗くともうかなり日が昇っている。
「起きろカルデ! 見つかったらマズイ!」
「う~むぅ……、むにゃぁ……」
どこまでフリーダムなんだこの幼女は。
早いとここの馬小屋を出ないと、持ち主に見つかろうものならカルデの角を見てどんな扱いを受けるかわからない。
その辺に転がっていたバケツを頭に被せ角を隠して肩に担いで脱出を試みる。
「おや? おぉいあんたうちの馬小屋で何を……」
ダメだ遅かった……。
外へ出たところで馬小屋の持ち主らしいおじさんに見つかってしまった。
「すみません! 泊まるところが無くて勝手に場所を借りて寝ていました。怪しい者ではないんです。すぐに出て行きます!」
「そ、そうなのかい? あんたら旅人さんか? そっちのお嬢ちゃんは……」
「あ、いや、バケツなんて被って変に思われるかもしれないですが、コレには深~い事情が」
「お嬢ちゃんはスッポンポンじゃないか。あんたこんな女の子裸にしてうちの馬小屋で何を……」
いやあああああああああ!!!!
角に気を取られて幼女が全裸なのを忘れていた。間の悪いことに最低限の体裁であるマントから控えめな尻が挨拶をしている。
「おぉ~い! みんな来てくれ! 怪しい変質者がいるぞ!」
「なんだなんだ?」
「馬屋の親父、なんかあったのか?」
あわわ、不幸な誤解が瞬時に俺を追い詰めていく。異世界に来て一日で社会的に死。まだこの世界で何の社会的地位もチートも無いのに!!
「誤解です! 変質者じゃないんです!」
「あ! ロリコンが逃げたぞ!」
「変質者を捕まえろ! 村長やみんなにも知らせるんだ!」
大魔王を小脇に抱えながら逃げるしかない俺は二度と訪れることの出来ない村を後に、ひたすらに走るしかなかった。
○
で、一日を終えてみたものの後が無くなってしまった。このまままた夜になれば全自動でゲームオーバーだ。
一応、村の入り口から道らしき轍が伸びている。これを辿ればとりあえず次の村なり街なりに辿り着くはずだ。
「夜になるまでに辿り着けなければ死ぬではないか!」
「そうだよ! 危機感を持てとにかく歩くぞ!」
「くそぅ……なぜ我がこんな目に……」
「俺のセリフだ!!」
「なんじゃと! 貴様この魔王に向かって!」
「さっさと俺を元の世界に戻してくれ!!」
「それは……、今のままでは無理じゃ。魔力も無いし、とにかく魔王城に戻らんと。そうじゃ貴様が我を魔王城まで送り届けよ!」
「魔王城ってどこなんだよ?」
「ここから東の果てじゃ。人間の領域を越え、巨人どもや獣人どもの領域も越えた先にある」
「……………………」
ダメだ…………。
もうダメだ!!!! こんな幼女と一緒に居られるか!!
俺は一人でさっきの村に戻る。変質者として捕まるかもしれないが魔物に襲われて死ぬよりマシだ。
俺を勝手に召喚しといて帰すつもりも手段もないらしい。悪いがこれ以上は付き合えん。子供だと思って放っとけなかったけどもう限界だ!
「やっと……、見つけたよ!」
あまりの理不尽にキレそうになっていたが突然の声にハッとする。見るといつの間にか女の子がいた。
さっきの村人の一人か? 俺を捕まえに来たのだろうか。まあ俺の方も捕まった方がいい気がしていたところだが……。
どうも女の子はそんな様子ではなかった。
「こんなところにいたんだね魔王! ボクの体を元に戻せ!」
どうやら魔王サマの知り合いの様子だ。この幼女はほんと他人様に迷惑を掛けてばかりみたいだな。まあ俺にはもう関係無い。俺はこれから村に戻って誤解を解き元の世界に戻る手段を探さなければならないんだ。
「ほう……まだこんなところをほっつき歩いておったか、勇者よ」
「昨日は不意を突かれたけどもう逃がさないからな!」
………………勇者とな?
この黒髪の女の子が勇者とでも言うつもりか? まあ昨今はジェンダーフリーの時代だ。女が勇者でも問題は無い。
問題は勇者というのは魔王を倒す者ということだ。魔王を倒すために魔王城を目指す者ということだ。
「言ったはずじゃ。我らをこのような姿に変えたのは『古の秘法』じゃぞ。あれが無ければ我とて元の姿には戻れん」
「だから二人で魔王城に戻らないといけないのに、いきなり逃げたのはそっちだろ!」
逃げたのかよ。大魔王は逃げられないんじゃなかったのか。
「あの~、さっきから話がわからなくて置いてけぼりなんだけど……」
「君は……?」
「俺は揚巻助六。男子高校生です。趣味はゲーム」
「クククク……こやつは昨日我が新たに召喚した魔物じゃ」
「な!? 魔物だって!?」
「行けスケロク! ここで勇者を亡き者にするのじゃ!」
「くっ! こんな体になったって、ボクは負けないぞ!」
「いや、亡き者って……痛ッ!?」
女の子を殴るのに抵抗感のあるフェミニストな俺の脛に容赦なく女の子の蹴りがヒットする。
女子の蹴りとはいえ地味に痛い。連続でもう片方の足まで蹴られ堪らず膝を着いたら素早い動きで背後からチョークスリーパーを仕掛けられた。
「ぎ……ぎぶ……ぎぶぎぶ……!!」
首を絞める腕を何度も叩いてギブアップ宣言するもホールドを解いては貰えない。それどころかさらに力を込められガッチリ極められてしまった。マジで動脈入ってる。
脳が死を悟り全力でシナプスを活性化させたのか、この危機から脱出するために最後の力を振り絞って全身の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。
……背中に柔らかいモノを感じる。
背後から俺を拘束している女の子の控えめだが確かに存在する胸の膨らみが、密着しているが故に俺の背中に押し付けられて潰れている。潰れて擦り付けられて目まぐるしく変化する形がハッキリわかる。心臓の音まで感じる。
……死に際に本気出して集中したものがおっぱいだとは。
…………我が生涯に一片の悔い無し。
「ナ……イス……お…っ…ぱい……!!」
脳みそがおっぱいでいっぱいになったところで、俺の意識は途絶えた。
○
「本当にゴメン! 魔王が呼び出した魔物は魔王の命令に服従するものだから、本気で締めちゃったんだ。この体にまだ慣れてなくて加減もわからないし」
「あ、あ~?? まあいいよ。なんかいい思いもしたっぽいし」
目が覚めると黒髪の女の子から手厚い看護を受けていた。
ちなみに幼女は逃げられないように木に吊るされていた。
この女の子、中々容赦無い。
「いい気になるでないぞ勇者よ。貴様は我が下僕を一匹倒したに過ぎんのじゃ。我が魔王軍の幹部が現れれば今の貴様など一捻りなのじゃぞ?」
「吊るされながらそれだけ言えりゃ立派なもんだよ」
相変わらずの憎まれ口だが今度こそは年貢の納め時だろう。御誂え向きに女勇者が現れたのだ。唯一の下僕であるらしい俺は戦う気は無いし、これでこの世界に平和が訪れるとかそんな感じかも知れない。
「スケロク君だっけ? 君は魔王の支配を受けてないのかい?」
「支配も何も、こんな幼女に屈しろっていう方が無茶だろ?」
「いや、魔王に召喚された魔物はその時点で強力な呪いに支配されて決して命令に逆らえなくなるはずなんだ」
何それ、俺は何ともないぞ?
「ボクも魔王も、体が変化して力を失ってる。ここに飛ばされて来たのは昨日の事なんだけど、ほとんど魔法が使えないし聖剣も抜けないんだ」
「ハッ! 滑稽じゃのう聖剣も抜けんくなったのか? そのザマで何が勇者じゃ」
「お前はちょっと黙れハングド幼女」
「ボクと同じように魔王も力を失って魔物を支配出来なくなってるんじゃないかな? スケロク君を召喚したのも最後の力を使ったみたいだし」
「ああ、最後の魔晶石とか言ってたけど、その前に……」
手慣れた動作で首を極められ無力化されたので大人しく女の子の話を聞いているが、その前にだ。
「あの幼女が、本当に魔王なのか?」
見た目10歳に満たないお子さまである幼女が魔王だなどとは、俺にはどうしても信じきれない。この他人に迷惑をかけることでしか生きていけない類いの幼女が、魔物なり魔族なり治めている君主だとすればその国は終わりだろう? あ、だから路頭に迷ってるのかこの幼女は。
「ああ、その疑問はもっともだね。これには深い理由があるんだけど魔王もボクも体が変わってしまったんだ。魔王は本当は巨人族に負けないくらいの大男なんだよ」
「??? それがなんでこんな幼女になるんだ?」
「古の秘法が誤作動を起こしたのじゃ……」
「そう、すべては魔王城で、最後の決戦の時に起こったんだ」
カルデも混じって軽く溜めのある語り口で話し出す女勇者。
……この話、長くなります?




