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第6話 「おい女神、こいつ何とかしろよ」

 志波が神界に召喚されて数時間。未だに交渉は捻じれに捻じれて今に至る。これまで異世界へ転移するに辺りここまで時間を要したのは神界にしてみれば前代未聞の展開だった。


 精神力。支配力の有無。不死身の身体。それらを理由に勇者として選定された志波だったが、彼は仕事中毒者であったが為に頑なに異世界へ旅立とうとしない。

 更に質の悪い事に志波は交渉術に長けていた。相手の話を一通り聞いた上で、相手の土俵に上がり込み、相手の話の穴を的確に突き、一つ一つ潰してはゆっくりじっくり、けれど確かに追い詰めていく。

 それが志波の交渉のスタイルであり、その結果、異世界転移課の課長を引きずり出すまでに至った。


 しかし、彼はけして万能ではない。志波は人間。人間には必ず向き不向き、得意不得意が存在する。それは志波も例外ではない。

 志波には苦手なタイプがいる。それは自分と真逆なタイプの生き物だ。


 そう。例えば知的とは真逆の本能で生きるような生き物――


「うぃー、わりぃわりぃ。受付の女の子を口説くのに時間かかっちまってよぉ。ま、丁重に断れちまったんだけどな! ガハハハハッ!」


 六畳半の和室に訪れたのは筋肉モリモリの色黒の男。ご立派な口髭に妙に似合うテンガロンハットと派手なアロハシャツを着こなした男の見た目は奇抜の一言に尽きた。

 見た目だと四十過ぎくらいだろうが、鬱陶しい程のパワフルなオーラが志波に降り注ぐ。だからこそ、一目でわかる。この男が知的とは逆の本能的なタイプである事を。


「課長。こちらです」


 男の傍らには知的を象徴するジャッジが顔色一つ変えずに志波の対面に座るように促す。

 聞き間違いとも思いたかったが、ジャッジは間違いなく「課長」と口にした。この場違いな筋肉モリモリの男を。


「おう。んーだよ、ハピネスゥ。トラブルかぁ? 困ったら色仕掛けの一つでもしてやりゃあいいんだよ。ガハハ!」


「は、はぁ……」


 どこか引き気味のハピネスの隣に筋肉男は無遠慮に胡坐をかいて座り、ちゃぶ台を挟んで正面にいる志波に視線を投げる。

 これまた無遠慮にじろじろと志波を眺めた後、口端を吊り上げて不敵な笑みを浮かべた。


「おー、今回の勇者は随分とひょろっちぃなぁ、ええ? 肉でも食えっての肉を。それとも肉より女の子を食べたいってかぁ? ガーッハッハッハ!」


「…………」


 嗚呼。嫌いだ。このタイプは志波が最も嫌いなタイプだった。志波が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていると、入り口付近に立っているジャッジが極めて冷淡な声音で説明をする。


「志波様。こちらは異世界転移課の課長、ボンド・バッカーノ課長です」


「おう、俺様がコイツらの上司で、超エライ課長のボンド・バッカーノ様だぜ。っつっても仕事はほとんど部下任せだけどな!」


 テンガロンハットでアロハシャツの男が課長だと決定付けるジャッジの言葉に、志波は額に手を置いて嘆息した。

 最悪だ。本当に最悪だ。このタイプが自分と一番相性が悪い。何故相性が悪いのか。それは――


「んで、なーによ、何か異世界に行くの渋ってんだって? おいおい、クールキャラ気取ったって良い事ねーぜぇ。ワイルドな方が美女がウハウハと寄ってくんだぜ。そう、俺様のようにな!」


「…………」


 これ。これだ。この駆け引きをする気がさらさらも無い頭の悪い思考。通常、交渉とは盤面の駒を動かすように常に一手一手冷静に進めていくものだ。相手の思考を読み、相手の心理を見出し、静かに有利な状況へと持ち込む。交渉という心理戦は「知」を用いた試合であるが、それを無視する輩がいる。

 そう。志波の目の前にいるボンドという男。


「つーか、オメェ随分としけた顔してんなぁ。俺様を見習って人生エンジョイした方がいいぜぇ。そう例えば美女と戯れるとか、後は美女と戯れるとか、それと美女と戯れるっとかな。って、美女ばっかじゃねぇか、ガーッハッハッハ!」


 志波の世界には時々、こういうパワータイプが存在する。交渉や取引は「知」と「知」がぶつかり合う心理戦の場であるが、それを全て無視し、盤面の駒を全てひっくり返すような力で押し切る輩が稀に存在する。端的に言えば会話の礼儀を知らない。だからこそ、幼稚な思考、言動で攻め立ててくる。

 理屈を知らない相手程、やりにくいものはない。


 志波は陰鬱な感情を押し殺し、人差し指で眼鏡を押し上げながら口火を切る。


「……先にハッキリと言っておく。俺はお前らのやり方が気にいらない。神様だが何だか知らないが、俺は一分一秒でも仕事に戻りたい。ただそれだけだ」


 無論、もはやその要求が無意味な事は志波自身も理解していた。だからこそ、これは牽制に過ぎない。こちらが被害者で、そちらが加害者である事を色付ける為の言葉だが、


「ほー、仕事ねぇ。何だか随分とつまんねぇ人間だな」


「……あ?」


 無神経な言葉を発したボンドに対して、志波は不快感を露わにした眼差しを向ける。隣にいたハピネスが恐怖に顔を引きつかせるが、当のボンドは何一つ動じる素振りを見せない。

 ボンドはちゃぶ台の上に置かれた茶菓子に手を伸ばしながら言葉を続けた。


「俺様はこれでも課長だ。オメェの情報はちゃあんと知ってる。オメェが典型的な仕事人間って事もな」


「……それがどうした?」


「支配欲がねぇのは結構な事だが、オメェにはまともな欲がねぇ。承認欲求はあるみてぇだが、物欲も性欲もありゃしねぇし、だからつまんねぇっつってんだよ」


 そう言って、ボンドは手に取った茶菓子の袋を開けて、一口サイズの饅頭を口に放った。


「オメェ、どうせ持ち帰れるスキルについては仕事に有利なるようなものを選ぶんだろ? 無病だとか、眠らなくても良い身体だとか。ええ?」


「…………」


 だから、苦手だ。この本能的に交渉を進める相手はとにかく思った事をストレートに口にしてくる。神界からして見れば『志波に異世界へ行ってもらう』というのが最終目的のはずだが、ボンドは目的の『も』の字も気にせずに無遠慮に話を進める。

 嗚呼、嫌いだ。だが、事実だ。ボンドの言葉は実に稚拙だが的を得ていた。


「オメェの言い分は『人間様を何だと思ってやがる』とかそんな感じだろ。わりぃがどう思われようが俺様は頭を下げるつもりは微塵もねぇ。それは俺様が神様っつーう人間とは次元が違う生き物だからだ。人間が平気な顔して動物を殺して食うように、俺様達は平気な顔をして人間を異世界にぶち込む」


「……それがお前らのやり方か?」


「ああ、そうだぜ」


 ボンドの口調はけして志波を挑発するものではなく、事実を事実として口にするような実に単調なものだった。

 神という立場は志波にとっては想像も付かない未知の領域だが、分かった事が一つ。神にとって人間は都合の良い生き物に過ぎないという事。

 日本には合鴨農法という水田に鴨を放鳥して水田の害虫を食べさせる農法がある。勇者召喚も似たようなものだ。荒れ果てた異世界に人間を放り投げ、魔物や悪党の駆除を強制させる。

 そこに罪悪感は無いのだろう。


「だが、俺様は悪い神様じゃねぇ」


 そう言って、ボンドは口端を吊り上げる。言葉とは裏腹な実に邪悪な笑みだ。


「志波。オメェは損をしている。組織の歯車の一つとして回り続けている事に満足しちまっている。社会の役に立っているだの、会社に貢献出来ているだの、オメェの考えはどうしようもねぇな」


「……何が言いたい?」


 志波の冷然な瞳に映るボンドは、冷たい眼差しを物ともせず下卑た笑みで言葉を紡ぐ。


「今のオメェに何を言ってもどうせ響きゃしねぇだろう。だからこそ、俺様はあえてオメェに一つ提案させてもらう」


 志波は今回の被害者であり、神であるボンド達は加害者に該当する。そんな加害者は本来、被害者に対して交渉を用いる事は不適切なはずだが、それを踏まえた上でボンドは言った。


「まずは異世界を救え。そしたら、スキル以上の価値のあるものをオメェは得る事が出来るぜ」



 勇者、間もなく――


 

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