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第4話 「おい女神、いつまで続くんだ?」

「オプション?」


「はい。オプションでございます」


 傍らでハピネスが急須を手に二人分のお茶を注ぐなか、志波がちゃぶ台の上に片肘を乗せながら眉を潜める。話し合いが長期化する事を見越してか、いつの間にかちゃぶ台の中央には茶菓子が備えられていた。


「今回のように異世界転移にご納得頂けない場合、我々はその対策としてオプションの付与を設けております。……と、言葉で説明するよりまずはこちらをご覧頂けますでしょうか」


 ジャッジはそう言って手のひらを差し出すと、音もなくタブレット端末が手のひらの上に現れる。俗に言う魔法の一種だろう。

 強制召喚された志波からして見れば、もはや驚く光景に非ず、黙って視線をタブレットに止める。


ディスプレイに映し出されたのは――


『来い、暗黒ドラゴン! 俺が皆を! この世界を守ってみせる!』


 ――主演男優賞宜しく並みの台詞を叫ぶ一人の青年。青年の右手に輝く黄金の剣の先には巨大なトカゲが一匹。多分、暗黒ドラゴンと思われる爬虫類。


『いけませんわ勇者様! 貴方が死んでしまったら私……!』


『勇者君、無茶はしないで! ずっと言えなかったけど、私、勇者君の事が――』


『ええい、何を格好つけておる! そなたは我の夫になるべき男だろう! こやつをさっさと倒して式をあげるぞ!』


 青年の背後には様々な種類の美女達が本音を詰め込んだ欲望を、勇者の背に向けて全力投球で投げあっていた。エルフっぽい美女やら、魔法使いっぽい美女やら、武士っぽい美女やら。禍々しい程の『勇者様好き好き』オーラがディスプレイ越しに伝わってくる。


『ありがとう皆! けど、心配は無用さ! だって俺は――勇者だから!』


 青臭い台詞を放つと同時に黄金の剣を片手に地を蹴って跳躍する勇者。対峙する暗黒ドラゴンに恐れる事無く立ち向かうその後ろ姿は、さながら打ち切り漫画の最後の一コマのように……。


「以上でございます」


 本当に映像はそこで止まり、青臭い勇者様とは真逆な感情でジャッジは言葉を紡ぐ。


「こちらに映っていた男性も、志波様と同じく勇者召喚された方でございます。実際にご覧頂きまして如何だったでしょうか?」


「ああ、そうだな……。なんか、普通に反吐が出る光景だな。つか、女共は狂っているのか?」


 『勇者様好き好き』オーラは志波からして見れば最早狂気の沙汰。洗脳でもされているのではないかと思うほど、実に気味の悪い光景だった。

 だが、志波の反応はジャッジにとっては想定の範囲内だったのか、極めて冷静に言葉を返す。


「はい。これがオプション――すなわち、スキルの効果にございます」


「どういう事だ?」


「この者にはスキルを一つ付けました。それが『美少女だらけのモテモテハーレム天国』でございます」


「…………」


 何だろうか。その、昔の深夜番組のような頭の悪いスキル名は。


「スキルの効果はまさに読んで字の如く。先程の画面に映っていた青年には無条件に美少女が集まり、青年の内面・外見を一切問わずに好意を抱かれます。結果、彼は最初は異世界に行くことを渋っておりましたが、オプションのスキルを設けた事により先程の映像の通りエネルギッシュに世界を救う旅に出られました」


 青年は手の平を返した。理由は至極単純。美少女達に無条件でモテモテになると聞いた途端、男の性に逆らえなかったからだろう。

 結果、黒い巨大なドラゴンを前に勇ましく立ち向かえる程、青年は生き生きと美少女だらけのモテモテハーレム天国を謳歌していた。

 

「勿論、スキルはその他にも数多く存在しております」


 そう言ってジャッジは再びタブレット端末を操作しながら志波に説明をする。スキルは百種類近く存在しており、その中でも特に人気なスキルは以下の通り。


 ・俺TUEEEE!完全無欠な最強主人公!

 ・美少女だらけのモテモテハーレム天国。

 ・拍手喝采『すげぇな! あんた!』

 ・やったぜ、ラッキースケベ。

 ・〇〇に転生したけど人生イージーモード。


 ジャッジに「各スキルの詳しい内容を説明致しましょうか?」と尋ねられたが志波は黙って首を横に振る。正直、スキル名だけでお腹はいっぱいだ。


「……つまり、だ」


 志波は眼鏡を押し上げながら静かに溜息をつく。


「スキルを付けてやるから大人しく異世界に行けって言いたいんだろ」


 このような交渉はけして珍しい事ではない。不利な状況を覆す為に見返りを更に上乗せする事は現代社会においてもよくある話だ。

 否、上乗せを前提する交渉もよくある話の一つ。あえて対価を低く提示する事で交渉を拗らせ、亀裂が生じたところで上乗せする事で意思決定や判断に影響を及ぼさせる――アンカリング効果。

 心理学や行動経済学では有名な心理効果であり、現代社会ではよくある手法。きっと、異世界に旅立った者も幾度もこのオプションによるアンカリング効果に引っかかったのだろう。


「……? あの、志波様?」


 ジャッジの隣で正座していたハピネスは恐る恐る志波の顔色を伺う。志波の性格上「ふざけんな」の一言で一蹴するのかと思ったが、予想を反して志波は顎に手を置きながら思考を巡らしていた。

 意外や意外、スキルの効果は彼の心に響いたのだろうか。


「し、志波様。あのですね。今回のオプションのお話は志波様にとって大変良い話なんですよ! スキルを提供するのは滅多にない話ですので、それだけ私達は志波様に期待しているということでして!」


 貴方は特別なんですよ、を売り文句とするワゴンセール宜しくの安い言葉。実際のところ勇者召喚してしまった以上、後には退けない為、どんな手を使っても志波には首を縦に振ってもらう必要があった。

 額に汗を浮かべるハピネスとは対照的に、志波は静かに思考を巡りに巡った後、顎に置いた手を離し、小さな溜息を一つ吐く。


「なら、一つ聞くが、このスキルはいつまで続くんだ?」


 志波の言葉にハピネスは目を見開く。


「そ、それは……」


 ハピネスは思わず言葉を詰まらすが、志波にとってはそれで充分だった。ハピネスの反応が自身の推測を肯定している事も同然。

 志波は眼鏡を人指し指で押し上げながら言葉を続ける。


「このお気楽な勇者が異性に好かれているのはあくまでもその世界にいるだけだろ? 役目が終わって元の世界に戻った後、コイツは何も得てないはずだ」


 志波の言葉通り、オプションのスキルは“その世界”に限定した話。莫大な金銭を得ようとも、多種多様な美女に好意を抱かれようとも、超人的な力を得ようとも、それは“その世界”だけの話に過ぎない。

 勇者の役目が終わり、元の世界に戻った時。得た富も愛も力も何一つ手元に残らない。スキルは所詮、勇者に限定されたスキルだった。役目を終えた人間に恩恵はなく、待っているのはありふれた日常だ


「随分、都合の悪い部分を省いて説明したな。俺はそういうのが一番嫌いなんだよ。どうしようが最後には何も残らない。いい思い出だったと笑って帰れって話だろ? それ以外に何が得る?」


 冷然に満ちた二つの瞳には、目を泳がせるハピネスの顔が映っていた。それもそうだ。図星だ。結局のところ、スキルは所詮、異世界へ旅立たせる為の材料の一つに過ぎない。

 きっと、一般的な人間ならとっくに異世界に旅立っていただろうが、相手が悪かった。何故なら相手は仕事をこよなく愛する社畜。仕事以外の話ではけして揺るがない屈強な精神の持ち主。


「なるほど、意見はごもっともかと」


 劣勢な状況にも関わらず、ジャッジは極めて平然とした態度で言った。


「では、志波様。もしそのスキルの効果が元の世界に戻った後も継続されていたらどうでしょうか?」


 ジャッジの問いに志波の眉が微かに上がる。志波の反応に手ごたえを感じながらジャッジは言葉を続ける。


「すべて……というわけにはいきませんが、課長の承認が下りれば可能です」


 もしも。もしも、ゲーム内で蓄積した経験値が、金銭が、仲間が、電源ボタンをオフにした後、現実世界に反映したとしたら――どうするだろうか?

 無論、そんな事は所詮、脳内花畑の妄想の一環に過ぎない。しかし、それが本当に叶うとしたら?


「志波様。すぐに課長を呼んで参ります。それまで、どうか今一度ご検討頂きたく」


 勇者、まだまだまだ君臨せず。


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