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秋晴れに未来人  作者: 橿 ひのき
3/4

孤独な文学青年の筆休め

大正時代にタイムスリップしようとしたが見事失敗し、明治時代に来てしまった鳩羽みづき。

深く落ち込んでいたみづきだったが、明治時代の美しい朝日で速攻リフレッシュ!

一方、能天気なみづきとは裏腹に、闇を抱えた文学青年は、深い溜息と共に筆を置いて、朝日を眺めていた。

  僕の名前は、堀川秋晴(しゅうせい)、17歳だ。

 この地方では有名な資産家、堀川家に生まれ、政治家堀川秋蔵(しゅうぞう)と、華道家堀川ハナの間に生まれた三人兄弟の中の次男坊だ。

 実母の堀川ハナは、古風な美人だつた。いわゆる大和撫子ってやつである。母の周りには、いつも人が集まっていた。母の周りの人は、いつもおおらかなで、優しそうに笑っていた。ある一人を除いて。

 そんな、美しい実母は、華道家として活動し、花を生けるのが、とてもうまくかった。僕の家にはいつも、水のように素晴らしい曲線をかき、風流を感じさせる実母の作品が飾ってあった。僕は、実母の作品を眺めるのが好きだった。

  政治家の父と、華道家の母が持つこの家は、は言うまでもなく、この時代にしてはとても裕福だった。実際、今でも金持ちだ。

 武術も、楽器も習える、本も買いたいものがあれば、いくらでも買える。

 それは、とても有難い事だと思う。


 だが、そんな裕福な家庭に生まれながら、僕は自分がすごく不幸な人間だと思っている。なぜなら、僕はこの歳にして孤独とやるせなさを抱えて生きていかなければならないからだ。


  政治家である僕の父は、外面は()い人間だ。

  外見は、身長が高く、舞台俳優のように整った顔で笑顔が似合いそうな優男だ。

  公の場で、演説し、貧しい人にも笑顔で手を振り、握手する。

 議会では、一議員として、冷静かつ、堂々と発言する。

 魅力的な外見に加え、高邁(こうまい)さと、怜悧(れいり)さを併せ持つ素晴らしい人格者である彼は、様々な人に頼られ愛さる立派な父の表の顔だ。 だか、裏の顔は違った。


 この国には、今日も、土を(かじ)るような、生活をしている人が、巨万(ごまん)といる。父は、そんな人達に目を向けた。だが、それは決して彼らを助けるわけではなかった。そして、彼らから少しばかりの金と引き換えに、家族を奪った。それは、売ることもでき、労働力にもなる年端もいかない若い娘である。

  家族から引き剥がされた若い娘は、堀川家が持つ、農園に毎日、働かされている。

 

 そして、父は、家族にも厳しかった。


 僕の自慢だった、美しい実母は、5年前に病気で死んじまった。

 父は、ひどいことに母が死ぬまでの3年間、一度も病院へ見舞いには来なかった。

 僕と、母さんを最も愛する妹のハルは、母さんが日に日に弱っていくのを、何度も父に伝えたがその度に父は、無視の一点張りで、聞く耳を持とうとすらしてくれなかった。


 母さんが死んでしまっても、葬式から帰れば、すぐに仕事に取り掛かり、全く悲しむ様子すら無かった父の姿を見て、僕は、本当にこの人から生まれてきたのだろうか?と不思議に思った。


 そして、間も無くして、母を最も愛していた妹のハルが死んだ。自殺だった。

 母を失ってすぐ、悲しみと虚しさで心を病んでしまったのだ。

 黒く光る美しい髪と少し赤めき、ぷっくりとした頬が可愛らしい妹だったのだけど、お粥も、スープも喉を通らなくなってしまい、母が死んだ一ヶ月後には、もとが誰かわからないくらいに豹変してしまったのだった。

 ぷっくりとした頬は痩せこけ、美しい黒髪はフケと白髪混じりで輝きのない汚いチリチリの毛になってしまった。

 話しかけても、まともに受け答えができずに、急に泣き出したり、黙っていたと思えば急に発狂したりした。刃物で自分の肌に傷をつけたりといった自虐行為もあとを絶たなかった。

 人を近づかせなかった妹の部屋は、チリとゴミに覆われて、壁には呪いのように遺書が書き込まれた。

 そんな狂った日々が続いたある日、妹は、綺麗な9月の満月に照らされながら、自室のカーテンレールに掛けたロープで首をくくって死んだ。

 細い木の枝でできたカーテンレールが、痩せた妹の体重に耐えられなくなり、ドスン、と鈍い音を響かせて妹の遺骸を床に落とすまで、僕も、家にいる召使いも、妹の自害に気づかなかった。

 それほどに、妹は狂い、誰も近づけない存在になっていたのだ。


 誰にも、救えない闇に沈んでしまい、気違いとなって狂い死んだ妹を僕は助けることが出来なかった。助けようとも助ける(すべ)がなかった。いや、僕は逃げてしまったのだろうか。変わり果てた別人のようなハルから。

 だが、父は狂った妹を気にかけようとすらしなかった。ああ、きっと、この家での一番の気違いは父だ。彼は大悪党だ。

 父は実際、家族なんてどうでもいいんだろう。

 妹が死んでしばらくして、新しい母が家にやってきた。名は瑠美(るみ)と言いった。美人だが、派手な顔立ちと、少し焼けた肌が特徴的で、少し気の強そうな南国訛りで喋り、類稀なる大酒豪、実母ハナとは正反対の人だった。

 今僕は、この新しい母、瑠美と一緒にこの山の中腹にある西洋風の屋敷に住んでいる。

 かつて、母が花で飾り、妹が首をくくって狂い死んだこの屋敷で。そして、僕は瑠美とは、一度も話した事はない。話す気にならない。

 結果、僕は孤独なのだ。


 僕はこの孤独を、誰かに伝えたい。だから、僕は文を書いている。

 別に僕の実体験を書いているわけではない。主人公の孤独、愛や死、誕生に、僕の経験を照らし合わせ、ノスタルジックで、哀愁漂う文を書こうと思う。

 自分で言うのもなんだが、この歳で孤独や愛する人の死と、向き合っている僕には、今まで書こう書こうと温めてきた考えが沢山ある。

 辛さや、苦しみ、逃げてしまった弱い自分への後悔。

 だが、実際どうだろう。いざ筆を握るとそういったものは全く書けなかった。

 書こうと思っても、思うように表現出来なかった。何度も何度も、書いてはつまずいた。自分の経験はこんなもんじゃない!違う、そうじゃない!もっと辛かった!誰に救われなくても、誰に理解されなくても、僕はもっと頑張ってた!

 僕は何度も向き合った。原稿用紙に、主人公に、そして自分に。どう考えても、僕は僕の心の内を書けない。


 そんな日が何日も続いた。

 もう僕には才能がない、そう言われて世間から切り離された気分だった。

 いや、元から僕は世間から切り離されていたんだと思う。集団に群れるのも、誰かとひと時を楽しむこともあまりできない僕だ。だとしたら、僕は、小説の中の世界を唯一の自分の居場所と、勘違いしていたのかもしれない。

 もちろん、この世界でも僕は不必要な人間なのだろう。





 気がついたら、朝だった。僕は寝ずに、書けもしない、まともに出来もしない執筆活動に没頭していた。

 今日は朝日がとても綺麗だ。

 苦しい日々の中の朝日は、いつもよりとびっきり美しい事を僕はここ5年の間で知った。

 どんなに辛い日でも、暖かい朝日は、僕を優しく照らしてくれた。

 実母が死んだ日も、妹が死んだ日も、どうしようもない不安や孤独に押し潰されそうになった日も。

 どんなに辛くても朝日を拝めば、まだ諦めないでおこう、もう少しだけ足掻いてみよう、そう考えさせてくれた。

 家を出て、外で朝日を拝んだ。

 柔らかで暖かい光が僕を包み込んだ。

 朝日は、暗い夜の海と空を照らし、キラキラと琥珀色に輝かせた。

 僕は朝日に少し背中を押された気がした。

 そうだ、思い切って今の鬱憤やイライラを叫んでみよう。

 僕は出る限りの声を出して叫んだ、

「どうして、うまくかけないんだー!」

 僕の叫びたいほどに溜まっていた悩みはこれっぽっちの言葉にしか、ならなかった。

 結局はこう言う事なのだろう。僕にはつまる中身なんぞなかったのかもしれない。

 

 もう、家に帰ろう。なんか、叫んでスッキリした。

 今日は、一日中好きな本でも読んで過ごそう。そうだ、そういえば新しく翻訳された探偵小説、あれまだ読んでないのあったよなぁ!よし、あれを読もう!いや〜、次はどんなトリックが隠されているのかなっ、楽しみ〜。

 僕が、現実逃避しながら、ウキウキと家に帰ろうとしたその時、少し遅れて


「なにがー?」

 と能天気なやまびこが割と近距離で聞こえた。なんだよきいてたのかよ!


 見ると、少し茶色がかった髪を肩につく、くらいにまで伸ばし、この場所にはにつかない西洋風の少し変わった格好の少女が10メートルほど先でこっちを向いて立っていた。目があった。


 帰ろう。僕は顔を真っ赤にして振り返った。

「ちょっと、待って!」

 彼女が少し大きな声で、僕を呼び止めた。

 振り返ると、先程の少女は僕の、すぐ近くまで来ていた。

 近づいてきた彼女は、ぱっちりとした目に整って可愛らしい顔だった。白いが健康的な肌はこの地方ではあまり見かけないため、どこか遠い所から来たのだろうか。

「ここってどこ?本当に明治40年なの?」

 なにを喋るかと思ったら、そんなすっとんきょんな、質問をして来た。

「ここは、明治40年だよ。ちなみにここは、堀川家の私有地だ。ここの山の中腹から広がる農園は、堀川農園。葡萄を栽培しているんだ。」

「えっ、じゃあ君は、堀川農園の人なのか!へーっ!ほりかわー?えっ、じゃあ私明治時代の農園にタイムスリップしたって事?まじかーないわー!」

 タイムスリップ?確か一度、そんな話を洋書で読んだことがあるが、そんな話実際無理だろう。

「いや、僕は堀川農園では、働いていなくて…」

「じゃあ、何、君もタイムスリップしちゃった人?」

「違う、僕はこの農園より少し上に建ってるあの屋敷に住んでる。」

 そう言って、僕は今いる場所より少し上の斜面にある。家を指差した。

「なるほどね、ちなみに名前は?」

「堀川秋晴」

「じゃあ、この農園の主人の息子さんかー!って、えっ、、、。」

 彼女は謎に固まった。先程の飄々(ひょうひょう)とした感じとは打って変わっている。別に農園主の息子だからといって、怖がらなくてもいいのに。

 しばらく無言の間が流れたと思ったら、今度は、彼女は嬉しそうな表情になった。

「あのー、小説とか、書いてませんか?」

 ぎくり、なぜ今それを聞く?!

「いや、いちおう、書いてはいるんだけど。」

「本当ですか!堀川秋晴先生!」

 なぜ、先生という?なんだかさっきから格好といい、喋りかたといい、態度といい、全くこの人の意図が分からない。

「私、あなたの作品のファンなんです!」

「は?」

「あの、教科書で読んで、すごい感動したんです!」

「はぁ?」

「辛い時にあなたの作品を読んで、すごい励まされました。」

「へぇ、」

 もう何が何だか分からなくなってきた。

 何?教科書?さくひん?せんせい?もう、意味わかんない。

「あっ、あの、握手して頂けませんか?」

「へぇ、」

 なぜ、握手まで迫られる?僕は、有名になったのだろうか。

 久しぶりに触れた人肌は、すごくあったかい。女の子の肌ってこんなに柔らかいんだ〜。なんか心があったまってくる。いや、ただの握手なんだけど。

 はっ、このままじゃいけない。どうにかこの変な状況を解決しなくちゃ、大体さっきからこの女は何者なんだ?

「あっ、わたしですか?わたしの名前は鳩羽みづきです。2030年からやってきた、あなたの作品の読者です!」

 彼女はそう言うとにっこりと口角を上げてほほえんだ。







 

 

今回はとても重い内容になってしまいました。

狂っていくハルのシーンで、心が折れそうになりました。

次は明るい内容を書こうと思いますので、次回もよろしくお願いします!

ここまで読んで頂きありがとうございました!


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