#2-5 犬は皆、我が家の前では勇猛なり
お待たせしました。
「本当に残念だ」
「本当に残念です」
その言葉を合図に、俺とキースは手にした得物を解き放つ。
先に着弾したのは、もちろん俺の“.45ACP”。
濁点と半濁点が混ざり合ったような、『ビピュン』という叫びとともに飛び出すは弾頭重量12グラムの殺意。銃腔内の大気を押し潰し、消音器の先から硝煙交じりのガスとともに吐き出された弾丸が、影に潜んだ連中へと一直線に吸い込まれる。
痛いだろうな。でも、これでやめてやるつもりは毛頭ない。
見えるだけ、もう2発を撃ち込んでおく。そらおかわりだ、犬っころめが!
ゼロコンマ数秒、遅れて敵へ到達したのはキースの曲射攻撃。
彼の腕輪から突如として現れた矢を続けざまに弾いたそれは山なりに飛翔、甲高い風切り音とともに何かに導かれるようにぐなりと曲がる。その矢は地面に落ちる事なく、まるでダーツを楽しんでいるかのように、トトトンと小気味の良い音が続けざまに鳴り響く。
どうやら彼の見当違わず大当たりを引いたみたいだ。
ほぼ同時に、2方面にて「ギャンッ」だの「キャインッ」だの悲鳴が上がる。
パーティの始まりだ。
「さあ皆、ホストファミリーのお出ましだぞ?」
「歓迎会ってか、最高!! 感謝感激、全く涙が止まらねぇぜ!」
おどけてみせたキースに、マックが応答。
もはや潜伏は意味を成さぬと践んだらしいコボルド達。
一斉に建物の屋上から飛び出したその数。多いな。
確認できるだけで20か25か、そのくらい。増援の兆候アリ。
俺は、飛び道具を持つ敵の方から、距離を問わず順番に斃していく。
「きゃいん!」「ぎゃ――きゃいん!」
「魔法使いは中央へ! 西と南の飛び道具持ちは僕が! その前にリロード!」
「よしきた! そっちは任せたケイ!」
ガバメントの有効射程は約50メートル。俺の現在地は中枢の噴水付近。
従って、この広場であるなら問題なくすっぽりとカバーできる。それに加え、拳銃でこの程度の距離で外す程、俺の腕はお粗末ではなかった。
コツを挙げるとするならば、何度も死んで駄目なところから順番に治していく事だ。世紀末の男の子は脳漿ブチ撒けながら強くなっていくからね。
「東の屋上にいるぞ! 射手でも魔導士でも、とにかく何とかしてくれ!」
「了解! 西は済んだので仕上げは戦士に丸投げで!」
「ふぅ! 全くエルフは親切なようでヒト遣いが荒いナ!」
「おいレッドキャップ! そのお悩みは随分と贅沢なんじゃないのか? 何だったら北の俺らと代わるか?」
「ハッ! ソッチはまだお断りダ! 射たれるのは嫌いナンダ!」
シューター・ゲームで強くなるコツは、如何に『攻撃を阻止する』事だ。
戦場に躍り出れば当然のように立て続けに敵勢力と遭遇する訳で、幾らAIM力に自信があるとしても、ただ近くにいる者から手当たり次第に照準していては捌き切れずに倒されてしまうシーンが目立ってしまう。
こういった場合、まず優先すべきは『真っ先にこちらに気付いた敵』ないし『武器を向けている敵』である。何事も順番。不意討ちよりも、カウンターキルの精神だ。そのセオリーに則れば驚くほど被弾を抑える事ができ、それに従って殺害数も必然的に延びる。
狙撃銃と拳銃という、制約の多い構成となる凸砂にとっては、まず始めに大前提といえるプレイスキルだ。でないとお話にならない。
「ぐぁ……痛ってぇ!! 何しやがるイヌ畜生!」
「負傷者は無理せず噴水の内側へ! 置いてある袋から適当にポーション取り出して使って構いません!」
「用意がいいな! なる程、そこなら物陰になる。護送急げ!」
「おいアンタ、面倒だから手っ取り早く蹴飛ばしてもいいカ?」
「ハァ?! 本当にやったらブチ殺してやるからな!」
つまり俺が求められている仕事は、今矢を放たんとする敵や、詠唱待機に入った魔法職コボルドの無防備な脳天を吹き飛ばす事である。
この判断を誤ると、他の味方戦士たちの命が危険に晒される。
そして、自分の命も。
近接系のコボルドは、他の戦士にお任せだ。
頼むぜマック、いやマジで忙しいから。
なぜならこの拳銃――
「リロード……!」
「了解、カバー!」
インカムを通じてキースに援護を乞う。
大型拳銃弾である“.45ACP”は、その大きさ故にシングルカラムだと装弾数に大きな制約が出てしまう。よって、その両方を併せ持つこのガバメントに収められる実包は基本的に7発であり、それが俺の戦闘行動に大きな制限をかけていた。
勿論、分かった上でこちらの銃を選択した訳だし、そもそも下手にダブルカラムのピストルに手を出せば、その太くなりがちなグリップの都合上、俺の手では適切な保持ができない可能性すらある。そうなれば満足な射撃など到底望めない訳で、数も撃てない下手な鉄砲はお役御免な運びとなってしまう。
「撃ちます」
「どうぞっ!」
よって、これが現状、最適解。
コイツの装弾数はアメリカ人がよく知っている。
その威力も。それがどれほど頼りになるかも。
他の誰でもない彼らが、とてもよく知っていた。
だからマックとキースは眉を顰める事なくフォローに回るし――たった今、俺も現在進行形でコレの有難味が身に沁みるように理解していった。
「ケイ君、ポーション貸して! 魔力のやつ!」
「貸すとはいわず差し上げますとも! ご自由に飲んで構いません!」
「恩に着る! ――おおっ、なんと濃厚な味わいだ」
「わー!? 魔法使いさん、それは“快復の軟膏”ゥ!」
「ぶはっ、直に口付けてる……! やめないか! 気が散るだろう!」
「そんな、ひどい! 不可抗力です父さま!」
「…………あの馬鹿、なんで戦場にマヨ持ってきてんだ?」
エネミーの位置から最適になるように射撃体勢を随時変えながら、コボルドの頭や喉に対し弾を撃ち込んでいく。肺や心臓を狙うのもいいが、それが通用するのは奇襲時のみ。心臓撃ちは確かに即死とも言える致死性の高いダメージではあるが、脳や運動器官が酸欠になって行動停止に至るまで、どうしても数秒ほどの猶予ができてしまう。致命傷だが、即無力化には至らないのだ。
それでは困る。数秒もあれば一矢報いる何かしらの手段が取れてしまうかもしれない。その一発で気絶してくれれば何と素晴らしい事か、だが興奮状態の敵にそんな親切な振る舞いなど望むべきではないだろう。それは『1911』が作られた経緯からして明らかだ。フィリピンにおける先住民との戦いで沸湯を飲まされた米軍兵士と同じ轍は踏むまい。
「ギ――ヴゥ……ギャン!」
「……1つ!」
1発当てて、動きを止めて、あらためて頭を潰す。これでいい。
生き物というのは存外に頑丈なモノだ。
だが、これならたった2発で大抵の敵に打ち勝つ事が可能だ。
実際にできるのだ。魔法のように。
このキャリバー・45は、ここにいる誰よりも敵を斃していた。
「ケーイ! ファイア・ファイア! もっとだ! 撃ち殺せ!!」
「今やってる!」
今しがた手斧と山刀を両手に、コボルドの頭を2つ同時に跳ね飛ばしたマックの野次に愛想良く返事をしながら、彼の死角から跳躍するコボルドに照準、引き金を引く。
先程の威勢がウソのように力無く落ちていくソレを、マックは非情にもローリングソバット。等身大の肉塊は今味方を攻撃せんとするコボルドに激突していった。南無。
「マーック! ダンジョンでなに手ェ止めてるのさ!
スラッシュ・ハックの“スラッシュ”はどうした!」
「あーあー、悪かった! あまりに犬っ臭くてウンザリしてて――っな!」
軽口の応酬に区切りを付けたマックが、手斧を思い切り振り被り、投擲。
ソレは俺の耳元を掠めるように飛翔、数歩分、背後で肉々しい音。
どうやら背後を取られていたらしい。ゾッとする。
ふぅ、何て心臓に悪いんだ――敵も味方も。自分もか。
「……助かったよマック。それにしてもキリがありませんね。
そろそろマガジンが足りないかな」
「全くだっ、幾ら何でも群れ過ぎだろうが」
さすがに疲れが出たのか、インカムを通じて愚痴りあう。
そんな俺達を見かねたキースが総員に喝を入れる。
「いや、そろそろ打ち止めが近いぞ! 全員、気合入れてけ!」
『――応ッ!』
リロードついでにふと周りを見やると、コボルドの数は確かに減っていた。
既に敵は両手で数えられる程であり、こちらの戦力は1人も欠けていない。
その戦いの内容は、既に掃討戦へと移行するはずだったのだが――
「――キース殿、巨大なコボルドだ。こっちに、来る!」
噴水の上で見張り兼ヒーラーをしていたもう1人の術士が警戒の声を上げる。
「何だって?! 何体だ! 確認できる範囲でいい!」
「1体。だが非常に大きい。実に面妖な、一体何を喰ったらああなるのか」
いや、俺としてはね。そのアンバランスな足場でグ◯コを彷彿させるフォームをしながら、片手で双眼鏡を眺めるあなたの方が面妖だと思いますが。
この非常時にそんな呑気な事を思っていると、キースが号令をかけた。
「フロアボスか! マック、銃の用意! ケイもライフルを使え!」
「キタキタァ!」
「了解、屋上に移ります!」
そう言いながら俺は、チョッキのポケットに仕込んであった小袋を取り出すと、内容物の1つを取り出し投げつける。続けてベルトに挿し込まれた短杖を振り抜くやいなや、魔法を発動させる。
「――“蔦鞭”」
「魔法か、よろしい! ミゲラとノーラの2人は、ケイに続いて援護だ!」
「「了解ッ!」」
投げられたモノはエリーが使っていた『例の種』だ。魔力とともに肥大化した“蔦鞭”は、一際、背の高い建物に向かって一直線。そのまま室内までぶち抜いて固定化される。俺達は架け橋代わりの“蔦鞭”を一気に駆け上がり、屋根へと到達。
「えー! 何アレ、でっか!」
「無理無理、幾ら何でもありゃ無理よ!」
件の“超大型犬”とやらの迎撃は2人に任せて、そのままM700のセッテングを開始。まあそう大掛かりなモノでもなく、単に腰に巻き付けたカートリッジベルトから実包をつまんで、せっせと排莢口へ詰め込んでいくだけだ。射撃は片膝立ち――いわゆる膝射(ニーリング)で行うので、今は装填に集中する。
「死ぬ死ぬ、死んじゃいます! ヤバいよぉ、アイツめっちゃ早いよぉ!」
「うおー! ミゲラァ! 弦が切れるまで打ち続けろォ!」
いや切れたら困るでしょ。怪我するでしょう、よく知らないけどさ。
全く、ビビりすぎじゃ――そう思って、ふと視線を前に向けると、3メートル級のハスキーっぽい狗頭がピッチ走法もかくやとばかりにこちらへ疾駆していた。ふっははは、こりゃ怖いわ!
「――装填完了! これライフルの弾、効くかなぁ」
「「いいから射って!」」
「え、ええ。とりあえず撃ちます!」
とは言ってみる。安請け合いした気がするが、最善は尽くそう。
一先ずスコープを覗く効き目じゃない方で観察するが、“.223 Remington”が通用しそうな箇所というと――とりあえず犬だから、鼻梁が実に脆そうだ。そして目のあたり。額は硬いと思われるため、やや下部を狙うべきか。
この憶測を纏めた結果、こちらの視点から正面に見えるそれらは、ちょうど二等辺三角形の図形を描いていた。恰幅のある分、なかなか大きな目標じゃないか。
よって、引き金を引けば中る。確実にだ。
なぜなら彼奴はもう既に俺の領域に踏み込んでいる。
発砲の刹那にボルトを跳ね上げ、引き金を引く。その音が。
ボルトを押し戻し、ロックする。その音が。
発砲と排莢、そして装填。その単純拍子が脳に響く。
どうやら生前の速射技術は少しも錆びついてなどいない。精度もだ。
これならいける。……やれるはずだ!
「ギャン! ギャ、ギアアアアッ!!」
撃たれた彼奴は堪らず鼻先を押さえながら転倒、引き摺られるように前方に身を投げだした。幾らライフル弾といえど、やはり害獣駆除用。急所を押さえているのに致命傷に至る事は、きっとない。
知ることか。鼻に中れば痛いんだろう。続けざまに撃ってやるさ。
両手でも、片手でも。どうぞご自由に、幾らでも守るといい。
その方が、都合がいい。
「リロード! 誰か仕掛けて!」
「よっしゃ、今度は俺が出るぜぇ!」
M870のマニュアルセイフティを一瞬で解除したマックが躍り出る。
彼にしては珍しく、他の射手の射線を考慮した10メートル程の距離から発砲。
秒単位で唸りをあげるマグナムシェルの音と、まるで釘打ち機のように連続して聞こえる弓音を聞き流しながら、俺はストックポーチの弾薬をマガジンへ詰めていく。
それが終わった時には、巨大コボルドは体中から大量の血を流し重症を負っていた。だがまだ死んでいない。
「くそっ、しぶてぇな!」
「デザートイーグルも使って構わないからな!」
「モチのロンだぜキースの旦那ァ!」
そう叫ぶマックは撃ち尽くしたショットガンを腰で固定し立てかけて、すかさず腰のホルスターからソレを取り出す。
霧がかった現在地からでもキラリと銀色に輝くシルエット。50口径の暴力だ。
「“JACK POT”!」
そんな決め台詞とともに、連続で発砲。
おおよそ拳銃としては余りに大袈裟な爆発音とともに、1つ、また1つと彼奴の頭蓋に強烈な一撃が加えられる。しかし――
「くそ、コイツかてぇ!」
「攻撃再開! 攻撃再開! ありったけをぶち込んでください!」
なんと、どうやら50AEのヘッドショットに耐えるらしい。
慌てて指示を出すも、満足に攻撃を加える事なく、彼奴は立ち上がってしまう。
「やっべ――」
「マック下がって! こいつ、まだ鼻っ面を撃たれたいか!」
そう愚痴りながらも、1射、2射。
問題なく命中はしたものの、続けての3射目に移る前に彼奴は大きく後ろに跳躍。そのまま背を向けてしまった。――コイツっ!
「逃げる気かっ!」
「野郎!」
「待てケイ、マック! 撃つな! 他のみんなもだ!」
逃走の気配をありありと感じた全員が慌てて追撃を加えようとするが、キースが静止。その声に綺麗なほどピタリと止まった。
「…………了解」
「先に進もう。……今は、人質が先だ」
「そりゃあ、そうだよな」
しぶしぶと武器を下げるマック。他の戦士もそれに続く。
既に彼奴の姿は霧の向こうに消えていて、スコープを用いても追撃は不可能だろう。どのみちコレでは殺せないしな。
「負傷をある程度、治癒した後に出発する。
ケイとマック、怪我はないな? マガジンやベルトに補充をしておくように」
『了解!』
キースの掛け声に従い、全員がそれに取り掛かる。
ライフルは腰のベルト分で過剰なほどあるが、手間がかかるのが拳銃のマガジンだ。戦いの前半は発砲音によって、無駄に増援を誘引してしまう事態を警戒したため、消音器の付いたハンドガンで大盤振る舞いしてしまい残りは1本となる。次の戦いでも大量消費が懸念されるので、満タンにするべく背嚢を置いた場所へ走る。
“狗頭の迷宮”、第1層。
初っ端から随分と熱烈な歓迎を受けたものだ。
「あー、2箱は持ってくるべきでした」
ぐちぐち、ちまちまとマガジンとにらめっこしながら、俺はこの先一体何が出てくるのかと先が思いやられるのであった。




