無意味! 魔王を倒す三つの秘宝 〜打ち切り風味〜
それはある日のこと。
王国の姫でもある僕の幼馴染みが、魔王に誘拐されてしまった。
あまりに急すぎて、最初は驚くばかりだった。いきなりそんな物語みたいなことを言われても、すぐに理解できるわけがない。
最初に聞いてから半日くらいが経ち、ようやく状況を理解した僕は、彼女を助けにいくことにした。だって彼女は僕の幼馴染み。それに、今まで凄くお世話になってきたから。
しかし、僕のような平凡な人間が自力で魔王を倒すのは、ほぼ不可能だ。対策を考えるためにも、まずは魔王について調べなくてはならない。
そこで僕は叔父さんに相談した。すると、叔父さんは「何でも知っている知人がいるから紹介する」と言ってくれた。
叔父さんの紹介のおかげで、僕は巫女に会えることになったのである。
「相談に来ました」
「おぉ、よく来たな。まずはそこへ座るがよい」
「ありがとうございます」
僕が着席するや否や、巫女は言う。
「魔王を倒す方法を聞きにきたのであろう?」
「はい。よろしくお願いします」
「では言おう。お主には無理じゃ」
いきなりきっぱり言われてしまった。
だがこんなことで諦める僕ではない。
しりとりで使える「る」から始まる言葉を十三種類くらい教えてくれた彼女を! しりとりで相手をやや困らせられる「る」で終わる言葉を五十六種類くらい紹介してくれた彼女を! カップラーメンを作った後にはポット内の湯の残量をチェックすることを説明してくれた彼女を!
僕は絶対に助けるんだ!!
「どうすれば魔王を倒せますか? 教えて下さい! 倒せる可能性がなくとも、聞かせてほしいです!」
「うむ。面倒臭いが……そこまで言われては仕方ない」
巫女は露骨に嫌な顔をしつつ話し始める。
「魔王を倒すには、三つの秘宝が必要なのじゃ」
三本の指を立てながら、巫女は言う。
「まず一つ目は、『春期講習の紙』というもの」
「何ですか、それ」
「十二年前、うちの近所の三好さんが要らないからと道にポイ捨てした、大手進学塾の春期講習のチラシじゃな」
三好さんて誰だ……。
しかし僕は突っ込まず、巫女の話を真面目に聞き続ける。得た情報の中に魔王を倒すヒントが潜んでいるかもしれないと思うから。
「なるほど。それで、二つ目は?」
「まぁ、そう焦るな」
巫女は軽く肩を回してから述べる。
「二つ目は『必須アミノ傘』という伝説の傘。これは、百億万年も前に作られた伝説の傘じゃ。この傘を覚醒させた者は、必須アミノ酸を体内合成できるようになるらしい。……もっとも、手に入れられた者自体いないが」
確かに凄そうだ。
「どこにあるんですか?」
「北の雪山じゃ。苦労山という名の山があってな、その天辺付近に洞穴がある。そこにしまってあるらしい」
「へー。それなら僕でも行けそ……」
「いいや、無理じゃ!」
またしてもはっきりと言いきられてしまった。
そんなにはっきり言わなくても、と膨れていると、巫女はさらりと言う。
「洞穴付近には、クロスカントリーのクラシカル走法用コースにあるような溝が、たくさん掘られている。土足では危険じゃ」
「そんなに溝が……」
「あぁ。あれはもう、どこが溝か分からないくらい溝だらけじゃ。しかもよく滑る」
山登りくらいなら僕でも何とかできそうだが、足下が滑るとなっては、恐らく為す術がないだろう。この秘宝を手に入れるのは無理そうだ。
残る一つに期待するしかないか。
「そして三つ目は『納涼風鈴太鼓玉』じゃ」
僕は暫し固まった。
聞いたことのない単語が出てきたからである。
納涼、風鈴、太鼓、玉。それぞれの単語自体は聞いたことがあるし意味も理解できる。しかし、これらが繋がった単語を聞くのは今日が初めてだ。
「どんなものですか?」
そこまで興味はないが一応尋ねてみた。本当に一応。
これは『納涼風鈴太鼓玉』などという名称からして、いかにもたいしたことはなさそうである。しかしそれでも秘宝の一つだ。何かしらの力は秘めているのだろう。そうでなくては秘宝とは言えない。
「『納涼風鈴太鼓玉』はな、手のひらで触れるとひんやりするそうじゃよ」
「意味あるんですか、それ……」
「夏場には人気者らしいな。逆に冬場は、誰にも愛されず、ひたすら放置だとか」
やはりたいしたことはないようだ。正直少しショックである。秘宝と呼ばれるものがここまで能無しとは。
「なるほど。で、それはどこで手に入れられるんですか?」
僕が質問すると、巫女は一度大きく背伸びをした。続けて大あくびをし、それから答える。
「三丁目の一番北側にあるアパートの二○八号室に住む能登島之川という者がいるのじゃが」
聞いたことがない。
僕の実家は三丁目だ。それも丁の中で北寄りの位置なので、巫女が言うアパートは大体予想がつく。壁が吹き出物のように膨らんでいて、そろそろ塗り替えした方がよさそうな、オンボロアパート。恐らくあれだろう。
しかし能登島之川なんて名字は聞いたことがないと思う。
ここまで珍しい名字なら覚えていそうなものだが、まったく記憶に残っていない。謎だ。
「その奥さんが十七歳八ヶ月になった日に告白した青年の妹が、小さな頃公園でよく見かけたカブトムシの被り物を被ったサラリーマン。彼の母親が初めて遊園地デートへ行った日に、園内でハンカチを拾ってあげた男性と同じ部署だった、志乃ちゃんという女性社員の実家の」
な、長い。
少し混乱してきた。
「ベランダに置かれた植木鉢に、百二年に一度、三分だけ現れる。それが『納涼風鈴太鼓玉』じゃ」
長文を言いきり、すっきりした表情の巫女。だが僕からすれば何のこっちゃらである。
「やはり僕には姫を助けられない……分かりました」
嫌になってきた僕はそう言った。ここへ来てからだいぶ時間が経っている。そろそろ帰りたい。
すると巫女はゆったり頷き、「下手に関わらないのが賢明じゃな」と言って、柔らかく微笑んだ。
「では話はここまでとしよう。もういいな?」
「はい。つまらないことで時間を取らせて、すみませんでした」
軽く頭を下げる。
何の収穫もなかったとはいえ、彼女の時間を使ったことは事実だ。無言で去るというのも無礼だろう。
「いやいや、気にするな。謝られることはない。迷える者へのアドバイスも巫女の職務じゃからな」
そうなのだろうか……。
「では最後に、一つ、魔法の言葉を教えて差し上げよう」
「魔法の言葉、ですか?」
「そう。どんな出来事も、どんな話も、綺麗に片付けられる言葉じゃ」
なるほど、それは便利そうだ。
面倒事を綺麗に片付けられる言葉なんてあるとは思えない。だが、もしあったとしたら、何よりも便利に違いないだろう。
「『僕たちの戦いはこれからだ』じゃ。お主も言ってみよ」
「え、それ……?」
「そうじゃ。ほれ! 騙されたと思って、使ってみよ!」
巫女に凝視された僕は、彼女の圧力に負けて口に出す。
「僕たちの戦いはこれからだ」
「小さい!」
「ぼ、僕たちの戦いはこれからだ!」
「良い! だが、もっとじゃ!」
そんなわけで、魔王を倒し姫を助けるのは諦めた。
しかし、この時間が無駄だったとは思わない。というのも、人生において極めて便利な言葉を手に入れたから。
これからはあらゆる時に魔法の言葉を使おうと思う。
僕たちの戦いはこれからだ!