戻ることのなかった日常
どうも、蒼榛です。
はい、これで序章は最後となります。
次の日、俺は学校を休んだ。
あの後家に帰って俺は、ベッドに顔を潜り込ませて一人すすり泣いた。大きな声で泣くと、周りに知られまいとなるべく声を抑えて泣いた。
朝を迎えても学校に行く気も起きず、親が部屋に来ても「今日は体調悪いから休む」と言ってベットにくるまって一向に出ようとしなかった。途中まで親は説得しようとしていたが数分もすると諦めて出ていった。
「さて、どうしようか。」
独りでに寂しくつぶやく。何をしようにも、何もする気になれなかった。
とりあえず一階に降りてみる。親はもう会社に行ったのだろう。リビングには誰もおらず、リビングとつながているダイニングには、机の上に朝食が自分の分だけラップに包んであった。椅子に座り朝食を食べようか迷ったが、やはり食欲がわかないのでとりあえずテレビの電源を入れた。…どうやら朝のニュースの時間のようだ。
「○○市で起こった無差別殺傷事件の犯人は、もともととても大人しく真面目な性格だったとのことです。なお、犯人は…」
最近、こういうニュースをよく聞く。突然大人しい子が、豹変したように人を襲うという事件。見ていてつまらないので、すぐにテレビを消してソファーに体を預けて天井を見る。
「…ちょっと外を空気を吸ってこよう」
玄関の扉を開けて、外に出る。周りには人っ子一人いない。公園にだってこの時間だと人影すら見当たらない。少しだけ周辺を散策すると、俺は力を開放して飛び出した。
体に風を感じながら、何も考えずに俺はひたすら、走った。そして叫んだ。すべてを忘れて走った。どこまでも走った。
……ここはどこだろう。
一体どれくらいの時間走っていたのだろう。気が付くと、街に出ていた。大きなビルが立ち並んでいる。多分、ここは家から一番近くにある電車で15分ほど行ったところにある繁華街だろう。さっきニュースで流れていた無差別殺傷事件の現場も確かここらへんだった気がする。
「さて、どうしたものか…」
思わず衝動的に、家から飛び出してきて無我夢中で走ってきたが、冷静になって考えるととんでもないことをやってしまった気がする。いまからすぐ帰れば何とかなるだろうか。
「では、さっさと帰るとするか…」
帰ってみんなに謝ろう。そしてまた元の生活に戻るんだ。
俺は繁華街に背を向けて、今にも飛び出そうとしていた。…のだが
「…なんだ、あれ」
ふと視線を横に向けると、視界に捉えたのは何かに追いかけられる少女だ。まあ、これくらいのことなら普段の俺なら無視するところだ。ケンカとか苦手だし、面倒ごとはなるべく避けたい。だが、今回は違う。
「あれは…悪霊…!?」
そう、少女を追いかけていたのは、
…悪霊だった。しかも人型の。
(あれは、やばい。)
直感的にそう思った。だが、体は勝手に動いていた。
少女が路地裏の行き止まりに差し掛かった時に、何とか追いついた。
「こ…来ないで…」
完全に怯えきっている少女は、どんどん悪霊に距離を詰められていく。
(…だめだ。)
助けに行ってはダメだ。本能がそう答える。しかし、
(…は、目の前にいる危機に瀕している少女を助けないなんて、男じゃないよなー!?)
助けられる望みがある。それを捨てるわけにはいかない。
俺は、震える足に無理やり鞭を打って動き出した。
「待て。」
少女の後ろからはっきりとした物言いで声をそういった。
「お?お前、何もんだ?」
俺はその質問に答えず、少女に近づき耳元でささやく。
「…逃げろ。」
「え…??」
「いいから、逃げろ!!」
俺は、叫ぶ。すると少女はその勢いに押されたのか、走りだす。
「おい、逃がすか…!?」
俺は、少女を追いかけ始めようとする、人型の悪霊に炎をまとった剣を突き刺す。
「な…」
「よそ見なんかすっからだ。バーカ」
そういうと、俺は悪霊に刺さった剣を横に振る。そして、すぐさま縦に剣を振るう。
すると、人型の悪霊は他の悪霊と同じように…四散した。
「なんだ、思ったよりよえーじゃねぇか。」
そういって、路地裏から出ようとしたが、
「なんだ、一人やられてしまったか。」
「そのようですなぁ」
横の少女が逃げた方向とは別の道から、もう二人人型の悪霊がこちらに向かってきていた。
「なん・・・だと・・・」
俺は、思わず剣を落としそうになる。しかし、もう一度握りなおす。
(大丈夫だ…一人はやれたんだ、二人だって…?)
ふと、一人姿が消える。一瞬、目を離したのが間違えだった。
「ぐあぁ…!?」
突如、腹に大きな痛みが走る。どうやら、おなかを思いっきり殴られたようだ。
(…いてぇ)
俺は、その場にうずくまってしまう。剣も手からするりと落ちてしまった。拾おうと思い手を伸ばすが、その途中頭に強烈な痛みが走り、地面に転がる。
「ッツ…!!」
口から熱いものがこみあげてくる。思わず手で口を覆う。…少しだが、間違えない…血だ。
一気に全身に悪寒がはしる。
(抵抗しなけば…殺される!!)
何とか体を動かし、抵抗しようとするが
…体が動かなかった。
今までに感じたことのないとてつもない恐怖心と痛みに体が言うことを聞かなくなっていた。
(俺は、このまま死んでしまうのだろうか。)
微かに、悪霊たちが話す声が聞こえる。こんな、知性を持った悪霊がいるということは全く知らなかった。
(俺は、本当に何も知らなかったんだな…)
改めて、自分の無知を恥じる。もっと、たくさんのことを知っておくべきだった。もっと、たくさんのことを聞いておくべきだった。
…意識が薄れていく。すると、走馬灯のようにふとある人物の顔が思い浮かぶ。
(木林…)
そうだ、木林。あいつはどうなる。俺が死んだらあいつはどうなってしまうんだ。
他のやつだってそうだ。ここで死んだら、大宮とは喧嘩別れのままじゃねーか…こんな後味の悪い死に方なんてあるかよ…!!
「まだ、死ねない…」
意識が覚醒する。なんとか気力を振り絞り立ち上がる。
「おっと、まだやる気かこいつ。」
「ほう?おもしれぇじゃねーか。」
悪霊たちが近づいてくる。しかし、俺は体中から炎を出すことでそれを遮った。
「う…うおおおおおおおぉぉぉおぉおおお」
俺は、恐怖心を振り払うかの如く自分が出せる限界の声で叫んだ。
その後のことは、よく覚えていない。
気が付くと、周りには何もいなくなっていた。
「やったの…か…???」
俺は…どうやら生き延びたらしい。体はボロボロで立っておくことすらきつかった。体中がとてもだるく、意識を保っておくことすら難しいほどであった。
「さあ…帰る…か…」
一歩足を踏み出した途端、俺は意識を失った。
目を開けると、目の前には白い天井が広がっていた。
(ここは…病院か…?)
立ち上がろうと思い体を起こす。すると、頭が強く痛んだ。
「つっ…」
どうやら、頭でも強く打ったようだ。…だが、
何も思い出せない。
隣にいる…看護師だろうか。とても喜んだ表情をして、廊下に走っていった。
すると、すぐに廊下から、男の子が一人入ってきた。
「おお!!日野本!目覚めたかのか。いやー、ほんとびっくりさせてくれるぜ…」
そういって、喜んでくれているのは、えーと…確か同じクラスの…
「清水…だっけ?」
そう、虚ろな返事をする。すると、清水はその反応が予想外だったのか、驚いたような表情をする。
「おい、なんだよその反応…まるで赤の他人みたいじゃねーか。」
まあ、確かに少し塩対応だったかもなと反省する。せっかくあんなに喜んでくれてるのに。
「ああ、すまん。ちょっとぼーっとしててな。同じクラスメイトだってのにすまんね。」
素直に思ったことをそのまま口にする。しかし、それを聞いて清水の表情が笑う。しかし、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「おい…同じクラスメイトって…なんでそんな他人行儀なんだよ…おとといまで一緒に昼食食べてた仲じゃねーか!」
「え…?…なんだよそれ。申し訳ないけどそんな記憶全くないんだが」
俺が、首を傾げながらそう答えると清水の表情が一瞬固まる。そして、今度は鬼気迫る表情でこう質問してきた。
「日野本、今いつかわかるか??」
え?なにその質問そんなの
…あれ??
なぜか今日が何日か、そもそもここに来る前に何をしていたのかすら思い出すことができなかった。
「えーっと、確か…夏休みに入る前…かな??」
それを聞いた清水は、歯を食いしばりながら、下を向いた。
「日野本君!」
廊下から、女子の声がする。聞いたことない声だ。
「来るな!!」
清水は、なぜか制止する。俺には全く理解できない。なんだこの状況は。
「日野本。いいか、よーく聞け。お前、××市って知っているだろ?」
「??ああ、あの電車で15分くらい行ったところだろ?」
「そうだ…で、そこの路地裏でお前は、倒れてたんだ。」
…俺が、倒れてた…??路地裏で??
「氷室さんていう隣町の中学校に通う女の子の通報でわかったんだ。で、なんか覚えてることはないか?」
そういわれて、何とか思い出そうとする。しかし、頭が酷く痛むだけで全く思い出せない。
「すまん、なにも思い出せない。」
「そうか…いや、いいんだ!それは、それで。」
その後何度もうなずくと
「でもまあ、よかったよ!意識を取り戻してくれて!」
そういって、なぜか少し涙ぐみながら立ち上がり、
「じゃあ、お大事に…またな!」
と言い残して去っていった。
(なんなんだよ、あいつ…)
ここまで他人に対して感情をあらわにできるってある意味すごいなって感心していると、今度は大宮が入ってきた。
「…清水から聞いた、どうやら、記憶をなくしているようだな。」
いつになく神妙な面持ちだった。
「ああ、ちょっとだけな。なんで路地裏なんかで倒れてたんだろうな、俺。」
他人事のようにそういうと大宮が自分の膝にこぶしをぶつけた。
「おい、どうし…」
「ちょっとじゃ…ない。」
口調が大宮にしては珍しく強い感情がこもっているように感じた。
「お前、今がいつかわかるか?」
清水とまったく同じ質問。なんで、みんなこんなこと聞くんだ?
「だから、さっきも答えたんだけど、夏休み入る直前だろ?確か日にちは…」
「…違う」
(え…??)
聞き間違えだろうか。今小さくそういったように聞こえた。
「だから、夏休み入る前だって…」
「違う!!」
首を振って強く否定する。ここまで感情をあらわにするところは生まれてこの方、初めて見たかもしれない。
「今は…10月11日だ。」
はっきりと大宮は。そういった。
「え…??」
俺の意識がどこかへ遠のいていくのを感じる。
「じゃあ、俺って…」
「そうだ、約三カ月分の記憶を君は失っているのだ。」
(うそ…だろ…)
その後、俺は、極度のストレスによる記憶喪失と診断された。そして、両親の強い要望により、父の都合という表向きの理由で俺の転校が決まった。結局、あのとき俺の名前を叫んでいた少女が誰だったのかはわからず、通っていた学校にもそれからというもの顔を出すことは一切なかった。
そこから二年の月日が流れた。俺は、その後特にやることがなかったので、勉強にのめり込み、三カ月のブランクなど関係ないほど成績は上がった。そして無事高校受験も成功し、なかなかの進学校に合格することができた。
(あいつら…どうしてるのかな…?)
記憶を失う前、一緒だったクラスの人たちのことをふと考える。そして、なぜ俺は街の路地裏で記憶を失っていたかを思い出そうとする。
(う~ん、やっぱ思い出せない。)
まあ、いいや。
俺は、これから新しい高校生活を満喫するんだ。記憶を失って、転校したはいいが、そのせいでクラスに馴染めずに終わった中学のような真似はもうしない。
俺はそう心に誓い、玄関を飛び出した。
読んでいただきありがとうございます。
これで、一旦節目となります。
次回の更新は未定です。