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亡国の高潔花  作者: 因幡白兎
前編
4/9

トウゴウと聖帝宮皇児

 そのころ、トウゴウはある人物に会うため、自分の邸宅から離れた場所にある屋敷の『聖帝宮』という表札が掛けられた門の前にいた。

 インターホンを押すと、重々しい音が屋敷に響いた。


『合言葉は?』


 若い男の声がインターホンを介してトウゴウに訊ねた。その問答にトウゴウは、


「そんなもの、いつ決めたんですか?」


 彼の言葉に門が開き、トウゴウは中に入る。

 そのまま同様の手順で屋敷の中に入り、その人物の待つ二階の執務室へと進む。

 執務室の扉を開けると、そこには二十代前半くらいの長い金髪を後ろで一つに束ねた青年が椅子に座っていた。この青年こそ、この屋敷の主にして皇国軍少将、(せい)帝宮(ていぐう)皇児(おうじ)である。


「時間通りだな」

「私は合言葉なんて知らないんですが」

「ああ、すまん。なんかそういう気分だったんだ。で、東郷(トウゴウ)、今回の報告は?」

「はい。今回はこちらです」


 トウゴウは先ほどエルメスから受け取った書類を皇児に渡した。


「結構分厚いな……今目を通すからそこのソファにでも座って待っててくれ」


 皇児は書類を受けとるとパラパラと捲り始めた。


「……はぁ。なるほどな。東郷。ちょっとこれ見てみろ」


 しばらく初夏を捲っていた皇児は、何かに気づいたようで、トウゴウを手招きした。


「これは……?」

「昨年から今年にかけての軍事費用の内訳。少し引っかったんで調べさせた。そしたら結構な額が闇に消えたり、どうでもいいことに使われてる。しかも軍備拡張って、俺はこんなに軍備が拡張された記憶はないんだ」

「ということは、つまり……」

「ああ、ビンゴだ。奴ら軍事費をかなり横領してる可能性がある。っていうか、なんで誰も気づかなかったんだろうな」


 その時、机の黒電話が鳴った。すぐに皇児が取る。


「はい、もしもし? ああ、なんだお前か。ああ、ああ。はぁ!? ちっ……ああ、わかった。じゃあ交換条件として、お前は軍上層部の人間に接触して軍事費横領の証拠を掴んでくれ。誰に接触するかは東郷に伝えておくから」


 そう言うと皇児は受話器を置いた。


「……どなたからだったんですか?」


 トウゴウは電話の相手が気になり、皇児に訊ねる。


「ん? ああ、エルメスからだ。しばらくお前をここに留めておけってさ」

「しばらく……一体何のために?」

「さあな。俺にもわからん」


 両手を広げ、肩をすくめる皇児。


「まあ、よくわからんがそういう事だ。気に入らないが特問題もないから従ってやるとしよう。ところでお前、あのヴィルブールのお姫様に惚れてるんだって?」


 不意打ちの質問にトウゴウは思いっ切り咳きこんだ。


「どこからその情報を……」

「エルメスから聞いた。っていうか、お前、そんな顔もするんだな。もっと不愛想な石頭だと思ってた」


 赤面したトウゴウを見て、皇児はそんな感想を述べた。


「私は初めて会った時から貴方のことを、何を考えてるかわからない人だと思っていますよ」


 皮肉混じりに返すトウゴウ。


「はっはっは。まあ、しょうがないわな。戦時中、単身で敵の戦車や爆撃機を落とした人間は、俺を含めて数人足らず。そんな化物の考えていることなんてわからん方がいい」


 その皮肉に気づいているのかいないのか、皇児はニヤニヤ笑う。

 聖帝宮皇児。先の戦争において『超人』と呼ばれた兵士の一人。彼ら『超人』の功績なくして勝利はなかったと云われている。


「……貴方は一体何者なのですか?」


 他者が絶対に及ぶことのできない極地。比類なき強さ。その理由が、彼の存在そのものであると思い、その正体を知るためにトウゴウは訊ねた。


「ん? 気になるか? 俺の正体が」

「はい、とても」


 その返事を聞くと、皇児は椅子に深く座り直し、口角を釣り上げた。


「了解了解。丁度いい時間潰しにもなるし、この先のことも考えて、お前にはちゃんと知っておいてもらいたいしな」


 皇児は立ち上がると、部屋の隅に置いてあるポットを三つ持ってきた。


「紅茶とブラックコーヒーとエスプレッソ、どれがいい?」

「では紅茶をお願いします。」

「了解。……ほい」


 トウゴウに紅茶を渡し、自分にはコーヒーを淹れると、皇児は話し始めた。


「さて、東郷。お前『執行者(エクセキューター)』って知ってるか?」

「『執行者(エクセキューター)』ですか? 確か、大人が子供に言うことを聞かせるための決まり文句と記憶しております。悪い子供が連れて行かれる御伽話が元だったと思いますが……」

「そうだな。大体合ってるよ。まあ、今となっちゃそうなってるんだが……あの組織は実在するって言ったら。お前は信じるか?」

「……実際はどうなんですか?」


 皇児の質問をスルーし、トウゴウは話の核心に迫る。


「いきなり核心を突きにきちゃダメでしょ。もう少しノリが良ければお前も……まあいい。あるよ。『執行者(エクセキューター)』は実在する。いや正確には『実在した』、か。と言っても、に悪い子を連れて行くわけじゃない。人類に害を為す者を狩るんだ」

「狩る、と言いますと?」

「殺すってことだ。人類の害となる人間や生物を殺すことによって、人類全体が害を受けるのを防ぐ、要は人類滅亡を避ける為の殺し屋集団(安全装置)だ」


 そこまで言うと皇児は残っているコーヒーを一息で飲み干した。


「そしてそのメンバーは二十二人で構成されている。俺はその中の第十三アルカナ。『死神』の異名で通っていた。俺の強さのタネはそういうことだ」

「……………………」


 あまりの事にトウゴウは息をすることも忘れ、ただただ絶句するしかなかった。目の前の男がどれほど異質な存在であるか、彼の脳がそれを理解するまで多少の時間を要した。


「まあ、そうは言っても百五十年くらい昔に解散したし、今じゃ名前しか残ってない。だが、俺がそうであるように『執行者(エクセキューター)』は老いて死ぬことはない。それどころか年を取ることもない。そして、先の大戦で活躍した『超人』はほとんどは元『執行者(エクセキューター)』だ」


 皇児がそこまで話すと、再び机の黒電話が鳴った。


「はい、聖帝宮。ああ、わかった」


 通話時間わずか七秒。通話を終え、受話器を置いた皇児はトウゴウの方を向いた。


「帰宅許可が下りたから帰ってよし。報告ご苦労!」

「……っ!」


 皇児が両手をパンッと鳴らす。そしてそれに呼応するように扉が開いた。


「さっきの話は極秘事項だ。人前でするんじゃないぞ」

「はっ。承知いたしました」


 トウゴウは敬礼すると、執務室から退室した。

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