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亡国の高潔花  作者: 因幡白兎
前編
3/9

ソフィアとエルメス

 一方、トウゴウが出ていった後の執務室。ソフィアは先のトウゴウとの会話を重く受けとめていた。


「わ……私は今まで何をしていたのだ!」


 頬を紅潮させ、己の未熟さに涙をこぼしながら、ソフィアは自分を責める。


「奴隷に身を堕としながら、労働すらまともにこなせず、敵国の将の施しを受け、情けをかけられ、気づけばただの穀潰し。どんな屈辱すらも受け入れるつもりだったのに、おはぎなど食べて喜んでいられる立場か……!」


 その時、ノックもなしに執務室の扉が開かれた。


「はぁーい。失礼するわよ」


 扉を開けたのは、メイド服を着た一人の男だった。


「だ……誰だ、そなたは!?」

「あら? アナタが例のお姫様? 噂通り美しいわねぇ!」


 ソフィアの質問が聞こえていないのか、男はマイペースに話し続ける。



 五分後。


「自己紹介がまだだったわね。アタシの名前はエルメス。ここの使用人長を務めさせてもらっているわ」


 男は一通り騒ぐと、落ち着いたようで、スカートの裾を持ち上げ、膝を折って優雅に一礼しながら自己紹介をした。


「使用人長……? 見え見えの嘘はよせ。これでも私はここで半年働いているのだ。だが、そなたの顔など一度も見たことがないぞ」

「それもそうね。アタシとアナタは初対面。アタシの顔を知らないのも当然でしょう。でも、アタシがここの使用人長なのは事実なのよ。その証拠に……」


 言い終わるや否や、エルメスは自分の顔の傍で両手を鳴らした。すると再び扉が開き、屋敷のメイドが三、四人現れた。

「御用でしょうか、使用人長?」

「御用はないのだけれどねぇ。ソフィアちゃんがアタシを使用人長だって信用してくれなくて……」


 エルメスは軽く話しているが、対してメイドたちの雰囲気は厳格だった。その雰囲気が、この屋敷における彼の立場をソフィアに理解させた。


「あ、そうそう。ついでだから、この後のソフィアちゃんの予定を教えてもらってもいいかしら?」

「はい。ソフィア様はこの後、明日の夜会で召されるドレスの採寸があります。その後の予定は伝えられておりません」

「ふぅん……ドレスの採寸ねぇ……わかったわ。じゃあアタシがやるから採寸の道具、持ってきてもらえる?」

「はい。かしこまりました」


 メイドは恭しく頭を下げ、部屋から出ていった。

 数分後、採寸の道具を持って戻ってきたメイドは、それをエルメスに手渡した。

「ありがと。じゃあ後はアタシがやっとくから、アナタ達は休んでていいわよ」

「かしこまりました」


 再び恭しく頭を下げると、メイド達は部屋から出ていった。


「さてと。じゃあ、始めましょうか」

「ま……待て! そなたは男であろう!? 何故私の採寸をするのだ!?」


 後退りをしながら、ソフィアは部屋の隅に追い詰められる。


「そう? じゃあ女だったらいいわけ?」

「ま……まあ、男に測られるよりかはよいが……」

「わかったわ。じゃあ、こうしましょう」


 と、エルメスが左手の指をパチンと鳴らした。

 すると一瞬、まばゆい光がエルメスを包み、次の瞬間にはメイド服を着た美しい女性が立っていた。


「ほら、これでどうかしら?」

「な……あ……へ……?」

 突然のことに何が起こったか分からず、ソフィアは口をぱくぱくさせる。


「ん? あら? もしかしてアナタ、魔法を知らないの?」

「ま……魔法?」

「うーん……ヴィルブールの王族は知ってると思ったけど……まあいいわ。魔法についての説明はまた今度ね。それより今は……」


 先ほどメイドが持ってきた採寸道具を手に取ったエルメスは不敵な笑みを浮かべた。


「こっちの方を終わらせないとね」

「ひっ……!」


 手をワキワキさせながら迫ってくるエルメスにソフィアは再び後退りするが、既に壁際にいるため逃げ場を失う。


「あらあら、そんなに怯えなくてもいいわよ。すぐ終わるから」

「すぐ終わるから、ではない! ……な、身体が動かない!?」

「アハハァ、アナタ、このままだと逃げちゃいそうだから先に魔法で動きを封じちゃった♪ それじゃあ……」


 じりじりと距離を詰めていくエルメス。


「あ……あ……きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 追い詰められ、為す術のなくなったソフィアの叫び声が部屋にこだまして、虚しく消えていった。



 それから数十分後。


「うぅ……穢れた……穢されてしまった……」


 ソファに座り、心労で白くなっているソフィアがいた。


「大袈裟ねぇ……ちょっとドレス用に身体のサイズを測っただけじゃない。ヴィルブールにいた頃にもあったんじゃないの? こういうの」

「あるにはあったが、男に測られるのは初めてだぞ……」


 げっそりとした顔でエルメスを見上げるソフィア。


「いや、アタシは男じゃないんだけど……まあ、今はどうでもいいわね」


 ソフィアには聞こえないくらいの小さな声では呟くと、エルメスはソフィアの座っているソファの向かいのソファに座った。


「ソフィアちゃん、ちょっとお話してもいいかしら?」

「む。なんだ」

「アタシがこの部屋に入ってきた時、何か真剣な表情(かお)してたけど、何かあったの?」


 ソフィアはドキッとした。


「悩み事なら話しちゃいなさい。相談に乗るわよ」

「……誰にも言わないか?」

「ええ、秘密は守るし、アタシは元から口は堅いタイプよ」


 ソフィアは少し迷った後、口を開いた。


「ならばよいのだが……」

 

 数分後。


「ふーん、なるほどね……」


 どこからか持ってきた紅茶を飲みながらエルメスは相づちを打った。


「つまり、いつかヴィルブールに帰る時が来るとして、国民が辛酸をなめていた間、アナタだけがアタシたち敵国民に懐柔されてぬくぬくと生きていたなんて恥でしかないから、ヴィルブールの王族である誇りを持って戻るためにそれ相応の傷がほしいってわけね」

「うむ。そうなのだ」


 頷きつつ、ソフィアも紅茶を飲む。


「へぇ、正直自己満足じゃないかしら、それ。ま、アナタがそうしたいって言うなら止めないけど。それで、傷をつけるって言っても、具体的には何をするつもりなのかしら?」

「ぐ、具体的……よ、夜伽とか……?」


 途端、エルメスの顔が少し険しくなった。


「アナタ、ホントにそんな事するつもりなの?」

「労働することが許されなければ、もはや身体を差し出す以外に何ができる。それに……っ! それにトウゴウは……」


 そこまで言うとソフィアは顔を赤らめた。


「ああ、トウゴウがアナタに惚れてるって話? だったら、なおさら夜伽なんて黙認できるがわけないじゃない」

「ぐっ……なら、どうしろと言うのだ?」


 自分の考えを否定されソフィアはエルメスに問う。


「そうね……トウゴウがアナタに惚れているってことを利用して、いっそのこと結婚しちゃえば?」

「……先ほどの私の考えと左程変わらないと思うのだが?」

「結構変わるわよ。結婚前の女の子が男の人とあんなことやこんなことなんかしたらトウゴウの世間体に響くけど、結婚相手とそんな事したって何の問題もないでしょ?」


 エルメスは左手の親指と人差し指で輪っかを作り、そこに右手の人差し指を挿したり抜いたりしながら説明する。


「た、確かにそれはそうだが……」

「それに、トウゴウと結婚しておいた方が祖国を取り戻しやすいわよ。あの人、ああ見えて国務大臣の息子だから権力的に幅が利くしね」


 というか、このような豪邸に住んでいる者が平民なわけがないだろう、とソフィアは言いかけてやめる。


「だが、結婚するにしてもどうするのだ?」

「そうねぇ……惚れているって言ってもあの人、頭固いし、奴隷として自分のものではあるけれど、元王女の夫として自分は相応しくないと思ってるし、どうしようかしら?」


 腕を組み、首をかしげながら考えるエルメス。


「あ、そうだ。そういえばそろそろあの日じゃない」

「あの日……?」


 そう言われて、ソフィアは壁にかかっているカレンダーを見るが、何もわからなかった。


「今月のカレンダーなんか見たってないもわからないわよ」

 エルメスは立ち上がってカレンダーまで近づくと、一枚めくった。

「ほら、来月の十四日。何の日かはちゃんとわかるでしょ? ヴィルブールってフォルト=リゼ教よね?」

「あ」


 エルメスが指し示した日付は二月の十四日。そう、バレンタインデーだ。


「この国ではね、バレンタインデーに意中の相手にチョコを渡すの。手作りのね」

「て、手作り……」


 自分の料理の腕前を思い出し、ソフィアは落胆する。


「え? 何? どうしたの? いきなり落ち込んで。あ、もしかして料理が下手とか?」

「うぐっ……!」


 いきなり図星を突かれ、ソフィアはドキリとする。


「まあ、そこら辺は安心しなさい。ちょっと待っててもらえるかしら?」


 そう言い残してエルメスは部屋から出ていった。



 その一分後。


「今料理長と話をつけてきたわ。チョコ作りを手伝ってくれるそうよ」

「それよりも、早過ぎではないか?」

「え? 何が?」

「厨房まで何分かかると思っているのだ? それを一分程度で帰ってこなかったか?」

「あら? アナタ、(でん)(せい)(かん)があるのを知らないの?」

「伝声管?」

「ま、大したことじゃないから気にしないで。とりあえず、厨房に向かいましょう」


 ソフィアの手を引いて、エルメスは厨房へと向かった。

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