架空の漫才コンビ・莫大問答の漫才
1998年、漫才台本をシナリオ形式で執筆した「読む漫才」作品です。
架空の漫才コンビによる抱腹絶倒?の 漫才ですので、演芸場の舞台上で演じられる漫才の臨場感をお楽しみください。
*架空の漫才コンビ・莫大問答の漫才*
演題「永遠の不滅」
漫才コンビ・莫大問答の両人(犬田と畑
中)、ステージに登場。
掴みに十八番の辛口時事ネタ(1998
年当時の)を振り、本題に入る。
畑 中「そう云えば今年のプロ野球人気は凄
く盛り上がってるよね」
犬 田「ホント。今年のプロ野球人気はモッ
コシと盛り上がっているよな」
と、下腹部に手をやり、卑猥にナニが怒
張したジェスチャーをする。
畑 中「そんなとこモッコシさせて何考えて
るんだおまえは」
犬 田「だからモッコシと人気が盛り上がっ
ているという形而上学的表現をすると、
こうモッコシと・・・」
と、また同じジェスチャーを繰り返す。
畑 中「何が形而上学的だ。ばか!おれの云
ってるのは、プロ野球人気が盛り上がっ
てるっていうことで、おまえのナニがど
うのこうのと云ってるんじゃないの」
犬 田「それはそうと今年のプロ野球人気は
凄い盛り上がってるって、おまえ知って
る?」
畑 中「(苛立ち)それはおれが最初に振っ
たネタだろうが。もしかしておまえ、お
れをオチョクッてるのか」
犬 田「そんなことは当たるも八卦当たらず
も八卦。オチョクッてるに決まってるじ
ゃん。ハ、ハ、ハ、ハ、」
畑 中「おれがいくらデカプリオにクリソツ
(似てるの意)だからって、嫉妬に狂っ
て陰険ないじめをするのはやめてくれよ
な」
犬田、そっぽを向き完全に無視。
間・・・・。
と、犬田が突然、コンバットマーチをが
なり熱狂的に踊りだす。
畑 中「おいどうしちゃったんだよ、いきな
り?・・・頭がイカレちゃったんじゃな
いだろうな。気を確かに・・・しっかり
しろ」
だが益々狂ったように踊り続ける。
畑 中「ああ、駄目だ・・・とうとう犬田が
壊れてしまった。可哀想に・・・。ほん
とにおかしくなちっまったよう!」
と、おろおろと犬田の周りを歩き廻る。
感極まって嗚咽する。
すると突如、それを見計ったように犬田
が豹変し、マイクの前に直立不動となり、
小林完吾口調で糞真面目にコメントを述
べ始める。(作者注・小林完吾・生真面
目で硬派一本気の日テレアナウンサー)
犬 田「あ、さて・・・。一時はサッカーの
Jリーグに人気を奪われるのではないか
と、危惧されていたプロ野球人気が今年
は巨人の開幕五連勝で例年になく活況を
呈し、久方振りに人気が沸騰しておりま
す」
畑 中「(呆れ返り)おまえはジキルとハイ
ドか。カメレオンじゃあるまいしコロコ
ロ人格を変えやがって」
犬 田「ジキルは二重人格だけど、おれは七
重人格。ある時は片目の運転手。またあ
る時は・・・」
畑 中「それは往年の東映映画で片岡知恵蔵
がやっていた『七つの顔を持つ男』の多
羅尾伴内だろうが」
犬 田「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、・・・」
と、馬鹿笑いをして話をはぐらかす。
犬 田「ところで巨人の開幕ダッシュにはビ
ックリさせられたね」
畑 中「何しろ開幕五連勝だもんね」
犬 田「でもスポーツ新聞のいい加減さった
らないね」
畑 中「なんだおまえ、おれがジャイアンツ
ファンと知った上でイチャモンつけよう
っていうのか」
犬 田「あれ?おまえ、去年までは熱狂的な
ヤクルトファンだったんじゃないの」
畑 中「そ、それはまあそうだけど・・・」
犬 田「おまえなあ、優勝しそうなチームに
すぐ鞍替えする癖、直した方が良いと思
うよ。聞いてよお客さん。こいつねどん
なブスでもすぐやらせてくれそうな女が
いると、本命の彼女がいるくせに何の臆
面もなくなびいちゃう奴なんですよ。情
けない野郎でしょ。ホントに」
畑 中「おまえが他人のこと云える義理か。
お客さん聞いてくださいよ。こいつはね、
破竹の勢いで連続優勝していたオリック
スのファンだったのが、去年西武ライオ
ンズが優勝確実となった途端、オリック
スファンから西武ファンに鞍替えしちゃ
ったんですからね。それに確かおまえ西
武ライオンズが破竹の六連覇してた時、
私設応援団で旗振りやってたっていう噂
聞いたけど。それほんとなの?」
犬 田「私設応援団なんて、おれがそんなダ
サイ真似するわけないだろ」
畑 中「そうかなぁ・・・」
と、いきなり「カッセカッセ清原」と、
音頭をとってコンバットマーチを囃し立
てると、つい乗せられてしまった犬田が
西武ライオンズの特大の応援団旗を袖か
ら持ち出し、熱狂の応援を繰り広げ独壇
場と化す。
やがて畑中や観衆の冷たい視線に気付い
た犬田が、ハッと我に返り、団旗を投げ
捨て、開き直って観客に毒づく。
犬 田「何だバカヤロー!見せもんじゃない
んだぞ」
畑 中「やっぱり昔取ったなんとやらで、さ
すがに応援に年季が入ってるじゃん」
犬 田「うるせえ。人を馬鹿にしてそんなに
楽しいのか」
畑 中「馬鹿になんかしてないさ」
犬 田「いやその目は馬鹿にしている目だ」
畑 中「ほんとに馬鹿になんかしてないって
ば」
犬 田「そう云う人を傷つける態度をとる奴
とは、一緒に仕事なんか出来ない」
畑 中「なに云ってるんだよ」
犬 田「コンビは解消だ。おれはグレておま
えを見返してやるから覚悟しとけよ」
と、ステージの袖口にチーマーの様にウ
ンコ坐りして、上目遣いに畑中に眼を飛
ばしながら、懐中からやおら取り出した
ビニール袋のシンナー(勿論本物ではな
い)を吸い始める。
畑 中「おいおい勘弁してくれよ。コンビを
解消したら、お互い明日からおまんまの
喰い上げになっちまうんだぞ。死活問題
だっつうの。だから機嫌直して・・・な
ぁ」
と、犬田を懸命に宥めすかしににかかる
が、プイとそっぽを向いて取り付く島も
ない。
とうとう観念して、
畑 中「おれが悪かった。この通り頭を下げ
るから・・・おまえの云うこと何でも聞
くから・・・」
犬田、聞く耳持たずまたまた愚図る。
畑 中「これじゃあいつまで経っても埒があ
かないぜ・・・。こんなことになっちま
うとは実に残念だな。ほんとに残念だよ
な・・・折角、今夜イケイケ・ミニスカ
のヤンママをおまえに紹介してやろうと
思ったのに、コンビ解消じゃ断るしかな
いしなぁ。ほんとに勿体無い話だよな」
犬田、苦虫一転、天使の微笑。
犬 田「何々、イケイケのヤンママだって」
畑中を袖の方に引っ張りると、ヤンママ
紹介の件を引き合いに、コンビの解消を
解消する犬田。(その一部始終の音声が
場内に流れる)
仲直りした莫大問答の両人、軽快な音楽
に乗って颯爽と登場して、漫才をおっぱ
じめる。
犬 田「えーっ、って、云う訳で人生色々あ
りまして、ジャイアンツが開幕早々凄い
のなんのって、五連勝ですよ! 五連勝!」
畑 中「まったく今年のペナントの行方はジ
ャイアンツで決まりですよね」
犬 田「でもさスポーツ新聞てぇのはいい加
減だよな」
畑 中「おれスポーツ新聞大好きだから反論
させて貰うけど、スポーツ新聞の一体何
処がいい加減だつうのよ」
犬 田「そりゃそうだの烏賊の金玉だつうの。
ジャイアンツが開幕で勝って二連勝した
らもうスポーツ新聞が一斉に今年のジャ
イアンツはひと味違うとか何とか書き立
てちゃってさ。三連勝したら優勝確率八
十%だなんて騒ぎ立てちゃいやがってさ」
畑 中「なにも騒ぎ立てちゃっいやがってさ
なんてしち面倒臭い云い方しなくてもい
いじゃん。あれは過去のデータがそうな
ってるのだからショウガないことなの」
犬 田「おまえ生姜がなかったら鰹の刺身は
えらい騒ぎになるぞ。おれ生姜醤油で鰹
のあのまったりとした刺身を食うのが無
上の喜びなんだな。実際の話、鰹喰いた
さに女房を、質に入れて流しちまったく
らいなんだから」
畑 中「なに馬鹿なこと云ってんだよ。それ
は江戸時代の格言だろうが。女房を質流
れにする亭主が何処にいるって云うのよ。
いまは江戸時代じゃなくて平成なんだよ、
平成!」
犬 田「おまえ、よく鰹の話を聞いて平静で
いられるな。まったく理解に苦しむお馬
鹿だなおまえは」
畑 中「理解に苦しむのはおれの方だよ、っ
たく・・・。それでどうしてスポーツ新
聞がいい加減なんだ」
犬 田「あのね、ジャイアンツが三連勝した
までは、おれも仏のオレチャマと呼ばれ
る善人だから許せるけど、ジャイアンツ
が四連勝したらどうだ、今年の優勝は百
%間違いなしだなんていいくら加減の記
事を書き立てやがって」
畑 中「だから過去のデータが物語ってるん
だから、生姜じゃなかった、仕方がない
だろ」
犬 田「仕方ないだって。冗談じゃないよ。
仕方がないで通ったら五十肩はどうなる
んだよ。立つ瀬がないじゃないの」
畑 中「あのなぁ、おまえ、人の揚げ足ばか
り取って、話を横道にそらすなよな」
犬 田「へえ~っ。話に横道があるなんて初
耳だねぇ。その横道って何処にあるんだ?
新宿西口のションベン横丁にあるのか?」
畑 中「それは物の喩えで、どこそこにある
っていうもんじゃないの」
犬 田「ふ~ん。でも世の中に横道や坂道が
あるのに「立て道」がないのは不公平だ
と思わないか?」
畑 中「誰も思わないよ、そんなこと・・・
ところでおまえはジャイアンツが優勝す
るのがそんなに面白くないのか」
犬 田「面白いとか面白くないとかの次元の
低い話でおれは頭に来てるんじゃないの」
畑 中「じゃあ何が気に喰わないんだよ」
犬 田「聞きたいか?」
畑 中「そりゃ聞きたいさ」
犬 田「そうかそんなに聞きたいなら・・・
教えてやんない」
畑 中「何だよ! そんなに勿体ぶるんだっ
たらもういいよ。聞きたかねえよ」
犬田、何故か突如オカマに豹変する。
犬 田「あらやだ、ハタナカちゃんたら、怒
ったら嫌っ!」
畑 中「気、気持わるいな!やめろよみっと
もない。新宿2丁目にもそんな気持悪い
オカマはいないぞ」
犬 田「あらそうかしら。失業したらオカマ
やって生計を立てていこうと思ったのに
・・・。(またまた豹変、我に返り)や
めた。オカマはやめだ。さぁ畑中、真面
目に漫才しようぜ真面目に」
と、畑中の背をドツキ、気合いを入れる。
畑 中「おいおい! おまえに一人喜怒哀楽
攻撃されると、おれは気が狂いそうにな
るんだよ・・ウウウウッ・・・」
犬田、頭を抱え呻く畑中を無視して、本
題に進む。
犬 田「なぜジャイアンツが優勝すると面白
くないかというと」
と、同じ科白を二度振って畑中の肩をポ
ンと叩くと、弾けるように我に返り、あ
うんの呼吸で応えて喋りはじめる。
畑 中「なぜジャイアンツが優勝すると面白
くないかというと」
犬 田「それはおいらがトトカルチョで今年
の優勝を広島カープに賭けてしまったか
らなのよ」
畑 中「(呆れ果て)なんじゃそりゃ」
犬 田「だってそうだろ。ジャイアンツが優
勝したら、おいらの3万円パァ~になっ
ちまうんだからさ。もしジャイアンツが
優勝したら、おまえがおれに御祝儀3万
円包んでくれるっていうのなら、文句は
ないんだけどさ」
畑 中「あのさ。そんな超個人的な損得勘定
の話なんて聞きたくもないつうの。もっ
と世間の一般大衆でも納得できる話をし
てくんないかなぁ」
犬 田「そんなことなら朝飯あとの昼飯前よ。
つまりだなぁ、こういうことなんだよ」
と、畑中に耳打ちする。
畑中、犬田の解説に「そうだ」「それは
もっともだ」などと得心の相槌を打つ。
と、いきなり犬田が、畑中の後頭部を思
いっきりひっぱたく。
犬 田「馬鹿野郎!内緒話じゃお客さんが何
話しているのかわっからないだろ」
畑 中「なにいってんだよ。おまえの方から
内緒話を始めたんじゃないか」
犬 田「こんなお馬鹿、相手にしないで話の
先を急ぎましょう」
畑 中「おいおい、人を馬鹿にしておいてお
れの立場はどうなるんだよ」
犬 田「おまえの立場は、ちゃんとここにこ
うしてあるじゃないか」
と、人差し指で丸を描いて、畑中の漫才
時の立ち位置を示す。
畑 中「あ、そうか! おれの立場はここに
あったのか」
犬 田「おまえはそこに立って漫才すれば、
おまんまが喰えるんだから」
畑 中「そうかおまえのいうことはわかった
ような、わからないような・・・・・」
犬 田「そんなこといちいち気にしないで、
漫才、漫才」
と、舞台の最前部に出張ってきて、観客
にネタを振る。
犬 田「(小声で)こいつ本当に馬鹿でしょ。
でもこんな超の付くお人好しは、世界広
しといえども、おいらの相棒くらいのモ
ンですよ。何しろ世界遺産に登録しよう
かって、ユネスコで審議されてるくらい
の世界遺産級のバカなんですから、ほん
との話」
畑 中「おいおい、ちゃんとした相棒がいる
んだから何もお客さん相手に、突っ込み
いれなくても良いだろ」
犬 田「(畑中を指さし)こいつが、世界一
のお人好しだと思う人は、拍手!」
と、煽り立てるや、観客たち、一斉に大
拍手。
畑 中「おれを出し抜いて、おまえ一人でう
けるなよな。二人で漫才してお客さんを
笑わすのがおれ達の仕事だろ」
犬 田「へえへえ、そうでござったですな」
と、定位置に戻る。
犬 田「と、云うことでなぜジャイアンツが
優勝すると面白くないかというと」
畑 中「(鸚鵡返しで)面白くないかといか
と」
犬 田「ジャイアンツが、勝ち続けるとこの
大不況にある日本の経済に多大な貢献を
果たすとマスコミがこぞって囃し立てる
のがまず第一に面白くない」
畑 中「ジャイアンツが勝って、日本経済に
いい影響を与えてくれるなら万々歳じゃ
ないの」
犬 田「そこが素人の赤坂見附だっつうの」
畑 中「それを云うなら、素人の浅はかさっ
ていうの」
犬 田「そうそのあかさはかとか云う奴で、
実際の所、全く判ってないのよね、みん
な。つまりだな、一体、経済効果なるも
のは何者なんだ」
畑 中「何者といわれても、困るけど」
犬 田「ジャイアンツが優勝すれば、少なく
見積もっても三千億の経済効果があって
日本経済を立て直す、景気回復の起爆剤
になるって、マスコミは護送船団方式の
横並びで囃し立てるけど、三千億の経済
効果があるって何を根拠に弾き出した数
字なんだ」
畑 中「そう云われて見ればそうだけど、偉
い経済学者の先生に聞いたんじゃないの」
犬 田「おいおい偉い学者なら、いい加減な
ことを云ってもいいっていうのか!」
と、憤怒に駆られ、畑中の首を絞める。
畑 中「苦、苦るしい!逆上するのはやめろ」
犬 田「偉いからって偉そうにしやっがって、
この野郎」
畑 中「犬田、落ち着け。お、おれを絞め殺
したら、ミニスカ・イケイケのヤンママ
との密会がオジャンになるんだぞ」
犬 田「(ハッと我に返り)そうだった忘れ
てた。危うくバラ色の珍生を踏み誤る所
だった。イエーッ」
と、畑中に向けてニカッと笑って、両手
逆さVサインをする。
畑 中「冗談じゃないよ。おれの人生を抹殺
しようとしたくせに、何がバラ色の珍生
だ。ったく・・・」
犬 田「それはそうとしてだな。三千億の経
済効果云々はさておき、おれが面白くな
いのは、例えば通称虎キチと呼ばれる阪
神ファンがだな、甲子園の対ジャイアン
ツ戦で応援しているとして」
畑 中「応援しているとして?」
犬田、突然「六甲おろし」を凄い音痴で
熱狂して唄い出す。
田 中「わぁー、やめてくれ!脳味噌が腐る。
今度は唄でこのおれを殺す気か!」
犬 田「イッツジョーク。マイジョーク。イ
ェーッ!」
と、また例の逆さVサインで誤魔化す。
畑 中「話が全く先に進まないじゃないか。
真面目にやれよ真面目に」
犬 田「済まん。おれが悪かった。サンセイ」
と、畑中の肩に手を置き、日光猿軍団次
郎の猿真似をする。
畑 中「それをするなら反省だろうが。反省。
変な猿真似しやがって、ほんとに反省し
てるのかね。ったく。で、阪神ファンが
どうしたって」
犬 田「そのジャイアンツ戦を応援する虎キ
チなんだけど、ジャイアンツを優勝させ
れば、日本経済が再び好転するってマス
コミに完全に
洗脳されてるわけじゃん」
畑 中「おれもそう信じてるから、洗脳され
てしまってるのかな?」
犬 田「おまえは特にお人好しだから、完全
に洗脳されてること間違いなしだし、虎
キチファンも人の好いのが多いから、阪
神を応援していてもどうしても力が入い
んないんだよな」
畑 中「どうして力が入らないんだよ?」
犬 田「この不況の影響を虎キチも当然受け
ているからさ。例えば、虎キチのオッチ
ャンが、会社のリストラにあって失業し
て、なかなか再就職も出来ずにいたとす
れば・・・」
畑 中「だとしたら?」
犬 田「ジャイアンツに優勝さしたったら、
日本 経済が一気に良うなる思うとると
いうわけや」
畑 中「思うとる、思うとる」
犬 田「そやさかい景気が良うなって貰うた
めには、阪神に勝って貰うては困ること
になるやろ」
畑 中「そりゃごもっともでんがな」
犬 田「お、こいつでんがなと来やがったな!
ということになるとあのシブチンを絵に
描いたような吉田監督だって友達が仰山
おるやろ。その友達 のやっとる町工場
が銀行の貸し渋りで倒産してしもうたと
か色々あるやろうし、景気が早く良くな
って欲しいと願ってる筈やろ。八木かて
藪かて親戚や友達やはたまた、叔父さん
のまた従兄弟の娘の友達のお父さんが、
失業して再就職もままならず困っている
となれば、ジャイアンツを負かして、優
勝の芽をさらってしまう訳には行かんや
ろ」
畑 中「そうだよな。阪神選手だって景気回
復を願っていれば、世のため人のため、
当然、ジャイアンツに勝とうとする闘争
心が萎えちゃうのが人情だよな」
犬 田「そうだろ。何もこれは阪神の選手や
首脳陣ばかりの話じゃないぞ。セリーグ
のほかの四球団の選手だって審判だって
皆同じ。その結果、ジャイアンツ戦では
最初っから戦意喪失。プレーにだって手
抜きが出て来るし」
畑 中「怠慢プレーも増える」
犬 田「そういうこと。つまりジャイアンツ
戦の試合は八百長ゲームみたいになちゃ
って、セリーグのペナントレースが出来
レースになってしまうと云う訳さ。そん
な試合見せられる野球ファンはたまった
もんじゃないぞ」
畑 中「そんな面白くない試合を高い金払っ
て見る気はしないもんなぁ」
犬 田「面白くないだろ」
畑 中「うん。面白くない。あ、そうか!そ
うだったのか(と、得心し)ジャイアン
ツが優勝すると面白くないと云ったのは、
そういうことだったのか」
犬 田「どうだ凄いだろ!百年に一人出るか
出ないかと云われている超天才の犬田博
士の完璧なこの理論の構築力を目にも見
たか! ハ、ハ、ハ、ハ」
畑 中「なに一人でトチ狂ってんだよ。理論
だなんて大袈裟な。単なる三段論法じゃ
ないの」
犬 田「バレた?」
畑 中「バレたもクソもないんだよ」
犬 田「ガハハハハ!」
畑 中「笑って誤魔化すなつうの」
犬 田「話はガラリと変わらないんだけどさ」
畑 中「(ズッコケルが)何なんだよ。他人
を疲れさせるようなややっこしい云い回
しするなよ」
犬 田「まあなにはともあれ、ジャイアンツ
は嫌だね」
畑 中「まだジャイアンツにイチャモンがあ
んのか」
犬 田「あるもあるもおお有りよ。ジャイア
ンツの監督が気に喰わないね」
畑 中「どうして気に喰わないんだ?」
犬 田「何ってたっけあの監督。確かハンさ
んて云ったっけ」
畑 中「ハンさんじゃねえだろ」
犬 田「ハンさんじゃなかったっけ? うー
んと・・・?」
と、思案投げ首。
犬 田「半と云えば?」
田 中「(間髪を入れず)丁!」
犬 田「そうその丁と云えば半。半と云えば
チョーのそのチョーさんてか、長嶋監督
がさぁ~」
畑 中「なんだそりゃ、ったく! おまえは
アルミ缶みたいな奴だな」
犬 田「何だよそのアルミ缶てえのは?」
畑 中「“銅使用もない”ってことだよ」
犬 田「あっ、くだらねえ。アルミ缶はアル
ミ製で銅を使ってないから“銅使用もな
い”だって! け、くだらな過ぎて屁も
腐る糞駄洒落ぶちかましやがって、ボケ
なすが!」
畑 中「なんだよ、軽い冗談いっただけだろ。
それをまるで鬼の首を取ったみたいにボ
ロ糞いわなくてもいいだろ」
犬田、後ろを向いて(ジェスチャーで)
メモ帳を取り出し鉛筆舐めなめ、
犬 田「アルミ缶で銅使用もないか。面白い
からネタ帳に書いとこ」
畑 中「すんなっ、ちゅうの!」
と、犬田の後頭部を思い切りひっぱたく。
畑 中「(何喰わぬ調子で)で、長嶋監督が
どうして気に喰わないんだ」
犬 田「ほら、長嶋が現役を引退するに当た
っ て、引退セレモニーをやったじゃん」
畑 中「確か昭和49年だったよな」
犬 田「あん時、忘れもしない後楽園球場で
長嶋の野郎、臭い芝居打ちやがったじゃ
ん」
畑 中「それが気に喰わないってか?」
犬 田「我が巨人軍は永久に友引ですなんて。
臭いね、臭すぎる」
畑 中「友引なんて云ってないよ」
犬 田「えっ! 云ってなかったっけ? 変
だなあ。あっ、そうだ友引じゃなかった。
確かあれは・・・我が巨人軍は永久に仏
滅ですって云ったんだ」
畑 中「違う違う! あれは永久に不滅です
って云ったんだろうが」
犬 田「なにが永久に不滅だ。翌昭和五十年、
長嶋が監督になった途端、栄光の巨人軍
が球団創設以来の屈辱の最下位だよ、最
下位!不滅はどうしちまったんだよ、不
滅は!最下位なんて縁起の悪さから云っ
たら仏滅とおんなじじゃないか」
畑 中「よくそんな論理の飛躍的屁理屈こね
るね。そこまでいけしゃあしゃあと、云
ってのけるとは御立派!いやお見それし
ました」
と、最敬礼する。
犬 田「恐れ入ったか!ガハハハハ、苦しゅ
うない近こう寄れ」
畑 中「またすぐおだてると調子に乗って」
犬 田「お望みなら空を飛んで見せようか。
豚
もおだてりゃ空を飛ぶ」
畑 中「それを云うんだったら“豚もおだて
りゃ木に登る”でしょ」
犬 田「人間誰しも間違いはある。ガハハハ
ハハハ」
畑 中「笑って誤魔化すなちゅうの。で、な
んで、おまえはそんなにジャイアンツを
目の敵にするわけ」
犬 田「娼婦に毒を飲ませて売春させてるっ
て悪い噂のあるドクバイ何とかって云う
親会社が、気に喰わないんだなこれが」
畑 中「それは、ドクバイって読むんじゃな
くて、読売って読むの。読売新聞!」
犬 田「何! 嫁売りだって。やっぱり裏で
若い嫁さんを香港に売っ飛ばしていると
いう噂は本当だったのか」
畑 中「そんな噂ないない。日本一の発行部
数を誇るドクバイじゃなかった読売新聞
だつうの」
犬 田「それはともかくその親会社の社長つ
うのが、すぐ因縁を吹っ掛ける安けのや
くざみたいな嫌な野郎だね。なんてった
っけあのおっさん・・・・? えーと、
アベ、アベ・・そうそう、アベサダだ」
畑 中「阿部定は、愛人のチンチンをチョン
した女性でしょうが」
犬 田「あっ、そうか。アベサダじゃなくっ
て、ナベサダだ」
畑 中「ナベサダは、ジャズミュージシャン
の渡辺貞夫のことでしょ。惜しいなぁ。
もうちょっとで正解なんだけどなぁ」
犬 田「(腕組みして思案)うーん。ナベサ
ダでもないとすると・・・あっ、判った!
カマサダだ」
畑 中「違うちゅうの! オカマじゃないん
だから。もうイライラするな」
犬 田「あ~でもないこ~でもない・・・お
おっ! 遂に判ったぞ」
畑 中「おっ、やっと判ったのか?」
太 田「あぁ。今度という今度はホントに判
ったぞ」
畑中、いきなり犬田の口を手で覆い。
畑 中「その答えはナ・ベ・ツ・ネ!」
犬 田「あっ、汚ねえ野郎だ。ひとの答えを
横取りしやがって。許せねえ。でも正解
者が出たからには仕方がない」
と、「パンパカパーン!」とファンファ
ーレを喧しく叫び。
犬 田「正解者の畑中さんには“歌舞伎町一
周80日間空の旅”をプレゼントさせて
頂きます。おめでとう」
と、畑中に握手を求める。
畑 中「オオボケこいてんじゃねえ」
と、犬田の後頭部を思いっ切りひっぱた
く。
畑 中「歌舞伎町一周に80日も掛けてどう
すんだよ。おまけに空の旅だって。歌舞
伎町のどこに巨大な旅客機が離着陸でき
る空港があんだよ」
犬 田「ガハハハハハハ」
畑 中「また笑って誤魔化しやがって。った
く・・・そんでナベツネがどうしたって」
犬 田「地球は全て我輩を中心に廻っている
と思い込んでいるあんな暴言おやじはこ
の世に二人としていないね」
畑 中「良いじゃないか。はっきりものが云
える日本人が少ないこの国で歯に衣着せ
ぬ舌鋒は、気持ち良いじゃないか。おれ
はナベツネさん好きだね」
犬 田「えっ! ナベツネが好きだって。じ
ゃぁおまえナベツネとキスできるんだな。
ブチューってディープキス、出来るんだ
な」
畑 中「その好きと好きの意味が違うんだっ
てえの。キスなんて出来る訳ないだろ」
犬 田「おれ葉月里緒菜が好きだからディー
プキス出来るぞ。それなのにおまえが好
きだと告白したナベツネと、何でディー
プキスが出来ないんだよっ、このボケが!」
畑 中「おれに凄んでどうすんだよ。おれは
ナベツネさんを尊敬してるって事で別に
キスをしたいとは思ってないの。判った」
犬 田「なんだ尊敬してるなら、初めからそ
う云えばいいじゃねえか。マジに突っ込
みかまして損した・・・あ~疲れた」
畑 中「疲れたのはおれのほうだつうの。で、
おまえ、ナベツネさんに文句あんのか」
犬 田「おおありさ。なんだあの爺さまは、
手前ぇの気に喰わないことがあると、ホ
ームランをあれだけ打って一時はセリー
グ打点王のダンカンを、打率が二割いか
ないから馘にしろとか、はたまた良い選
手が採れないからドラフト制度を廃止し
ろだの、野球機構から脱退して、巨人軍
主体の新リーグを設立するなどと、ほざ
きやがって、自分を一体何様だと思って
るんだ。ほんと超ムカツクんだよ」
畑 中「でもナベツネさんは、個人の立場で
なくて球界全体の発展を思って敢えて悪
役を引き受けて、天下のご意見番として
苦言を吐いてるんじゃないの」
犬 田「天下のご意見番は、黄門様一人で充
分だつうの。権力の権化みたいなナベツ
ネが居る限り、巨人軍は永久に仏滅だね」
畑 中「冗談じゃない。我が巨人軍は永久に
不滅なの」
犬 田「へ~、そんじゃ百億年後に、地球が
滅びても巨人軍は野球をやってるって云
うんだな」
畑 中「そんな百億年先の話なんてクレヨン
シンちゃんみたいな超お馬鹿ガキがやる
ようなくだらない突っ込みすんなって」
犬田、クレヨンしんちゃんの物真似で、
犬 田「デヘヘヘヘヘ・・・小宮悦子~」
畑 中「下手なクレヨンしんちゃんの真似す
んなって」
と、思い切り犬田の後頭部をひっぱたく。
畑 中「わけの判んないボケかますなつうの。
ったく・・・」
犬 田「そんなら今年の話にまでグレード・
ダウンいたしやしょう。ほんでもっても
し今年、ジャイアンツが優勝して景気が
回復しなかったらどうするんだしょうか?」
畑 中「そんなことおれが知る訳ないだろ」
犬 田「ナベツネやジャイアンツの選手全員
が頭丸めたくらいじゃ済まさないぞおれ
は。一体誰が責任取ってくれるんだ。お
まえ責任取って腹を切るか」
畑 中「なんでおれが切腹しなきゃなんない
んだよ」
犬 田「おれは怒ったぞ~! よ~し、こな
いなったらこのわいが本気こいて関西漫
才界の大御所人生幸朗師匠の二代目を襲
名したって、世間の一般大衆になり代わ
り怒りをぶちまけたるっ」
畑 中「そんな大見得切っちゃって、大丈夫
なのか」
犬 田「何云うとんのじゃバカもん! もし
今年、ジャイアンツが優勝しても景気が
回復しなかったら、どないするんじゃい、
われっ!」
畑 中「そんな空恐ろしいこと云うなよ。で
ももしジャイアンツが優勝しても景気が
良くなんなかったら・・・それこそ我が
巨人軍は永久に仏滅になっちっやうよ、
トホホホ・・・」
犬 田「おいこらっ! そないなったらどう
落とし前つけるんじゃい、ナベ屋のツネ
公! 責任者出て来い!」
チャンチャンとオチをつけて、莫大問答
の両人が、客席に向かい一礼してステー
ジから去る。
(終)
ご精読ありがとうございました。
今後ともいろいろなシナリオ形式の物語を、創作発表していきます。
乞うご期待の程・・・・。