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今日の依頼もオカルトじみている

作者: 大和麻也

 古びた雑居ビルの二階に構えた私の探偵事務所には、しばしばオカルトじみた依頼が寄せられる。

 あくまでオカルト「じみている」だけであって、私が実際に調査に乗り出せばほんの些細なことで、現実の法則に即した、地に足の着いた原因が発見される。依頼が持ち込まれた際に、その依頼人の語り口やら何やらが過度に誇張され、実際以上に物騒なものとして私に伝えられているのだ。

 そうしたおかしな依頼が寄せられるようになったのも、ひとつの原因としてこの雑居ビルとはふたつ離れた通りの商店街の存在がある。その商店街はもうほとんどの店主が年寄りで、シャッター街にまで落ちぶれてもよいところを近所の有名な神社への参詣客が落とすカネによって寸でのところで生き残っているような時代物。

 しかし、件の有名な神社の存在もあり、店主たちはみな何かしら「霊的なもの」の存在を信じている、あるいは期待している。ひどいことに現在の自治会長は占いが趣味のため流行はピークにあると言ってよい。そんな人々から依頼が持ち込まれるようになったおかげで、私の仕事はやりがいこそないがそこそこ潤っている(迷惑な依頼も多いが、依頼は依頼としてカネになるので「おかげ」である)。

 商店街の住人のうち最初に私のもとへやって来たのは現在の自治会長、占い趣味の親父だ。町議会議員がやって来た折、親父は止せばいいのにほんの気まぐれでその議員を占った。すると参ったことに女難の相――正確には私は占いに興味がないためどのような結果だったのかはさっぱり理解できなかったのだが、とにかくそういった不穏な暗示がなされたのだという。親父はその結果をこれまた止せばいいのにゴシップ好きの妻に話したところ、二年前に商店街でただひとり二十代の店主である精肉店の妻と不倫関係にあるのではないかと不安になり、わざわざ私に調査を依頼した。

 他所の家を詮索する依頼をするものではない、とカネに困りながらも私は良識から窘めたが、若旦那と議員とでどちらの顔にも泥を塗れない、まして嫁さんに直接訪ねるなんてできやしない、とはた迷惑な理由をつけて引こうとしない。私は報酬を釣り上げてやろうかと一瞬考えたが、正規の料金で調査をしてやった。

 するとどうだろう、若妻と議員は本当にただならぬ関係にあったのだ。私はあの夫婦と顔を合わせるのは面倒だったので、報告書を郵送し、料金を振り込みでいただいた。

 ところがすべての手続きが終わってから老夫婦は事務所へやって来て、わざわざ私に解決後の顛末を話した。それによると、選挙で議員は落選、若い夫婦も何とか和解したという。それからというもの自治会長夫妻は味をしめたらしく、占いの不安を晴らそうとけったいな依頼を持ってきたり、噂を聞いた商店街の別の人々が依頼にやってきたりした。

 どれも大山鳴動して鼠一匹というべきものばかりで、楽な仕事を――というか、骨折りな調査をさせられた。

 八百屋の店主の依頼では、死んだ息子の幽霊が出て店の野菜を持ち帰っているから調べてほしいとのこと。案の定ハクビシンの仕業だった。

 文具店の婆やの依頼では、この商店街に赤子はいないはずなのに夜泣きが聞こえてくるから調べてほしいとのこと。保証期限を過ぎた冷蔵庫など使うべきではない。

 本屋のお袋の依頼では、書籍の順番が毎日すり替えられているのはポルターガイストなのではないかとのこと。中学生が小遣いを貯めるくらい待ってやればよい。

 靴屋の親父の依頼では、店の裏で黒猫が死んでいたから何かの凶兆かもしれないので娘のボディーガードをしてほしいとのこと。護衛は探偵の仕事ではないとは思ったが、当時カネが危うかったので請け負ったところ、これが案外厄介ごとだった。そこの娘は本当にストーカーに付けられていて、私の独力では解決できず警察に通報することになった。

「いやあ、あんちゃん。今回も本当に助かったよ」

 自治会の親父がこうしてまた私のもとへ現れたのも、靴屋のストーカー騒動云々でいろいろと話すことがあったからだ。

「いままで防犯意識が低すぎたんです。万引きの被害も馬鹿にならないって、自分で愚痴っていたじゃありませんか」

「今回ばかりは全部あんちゃんの言う通りさ。ひゃあ、こんな大事になるとは思いもしなかった。おかげでカネも結構使っちまったぜ」

 背中を反らし豪快に笑う親父。今回ばかり、とは業腹だ。非科学的なことをべらべらと喋って私にいちいち調査を丸投げする人間の言葉とは思えない。カネを払っているだけマシだが。いまでは良いカモ――もとい、常連客だ。

「それで、きょうも何か私に用件が?」

「ああ、それがよ――」

 と、親父が語りはじめようとしたとき、珍しく事務所のインターホンが鳴らされた。商店街の人間でインターホンを使う者はいない。私と親父は顔を見合わせた。



「どうぞおかけください。あなたの秘密は固く守りますゆえ、まずはお話をお聞かせください」

 やってきたのは、三十路かそれより上か、長髪でどちらかと言えば良い生活をしていることを想像させる身なりをした淑女であった。客が来たからには、と出て行く際に彼女とすれ違った親父に小声で確認すると、どうやら商店街の人間ではないようだ。

 ようやく真っ当な仕事がやって来たか。面倒なことになるかもしれない。

 ソファに浅く座った女性は両手を膝の上で重ねて押し黙り、私が出したお茶にも手を付けようとしない。視線はきょろきょろと泳ぎ回って落ち着かない。

 探偵に頼るという時点でそれなりに焦らされることがある場合が普通だ(商店街の人々を除いて)。その状態で探偵のホーム――すなわち来訪者にとってアウェイの事務所にやってくれば、挙動不審でも致し方ない。よくある反応だ、しばらく待とう。

 三、四分経った頃にもう一度お茶を勧めると、彼女ははっとしたように一口喉を潤した。ようやく落ち着いてきたらしく、小さく口を動かしはじめる。

「あの……この事務所の探偵さんは、その、言いにくいのですが……」

 ここの探偵さんといっても、私しかいない。慇懃な相槌を打って彼女の「言いにくい話」の続きを促す。

「何と言いますか、霊的? ……な相談にも応じてくださるとのことですが、本当でしょうか?」

 ――なんてこった。

 商店街の外にも私の噂が広まっていたらしい。つまりこの女性も「霊的」な心配ごとを持っているということだ。頭を抱えたくなるが、カネがもらえるのだ、プロとして文句を言えるところではない。

「ええ、まあ……うちの事務所は、あらゆる事例に対応できるよう準備はしております」

「あ、そ、その……」

 女性は焦ったように手を振った。

「心霊現象とかそういうものだとかは……まだ決まったわけではないんです」

 そりゃそうだ、という言葉を噛み潰す。

「と、おっしゃいますと?」

「ただ、私の不安の正体がわからないだけで……調査していただいてもわからずじまいだったら、ひょっとすると霊のせいにするしかないのかな、と」

 わからないまま終わるかもしれない、と依頼を持ってくる側に言われても。

「もしかして、他に相談してみたのですか?」

「はい。家族や親戚、友人、かかりつけの医師など、頼れる者にあたってみましたが、誰も私の不安を取り除く答えを持ち合わせておりませんで」

 頷いていて、ひょっとすると、と思い出す。

 この女性は、街の外れにある豪邸に住む令嬢なのではないか。かつての領主だか地主だか頭取だか、神社と深い関わりがあるとかないとか知らないが、とにかく有力な家があるようで、時代錯誤で場違いなほどに広大で豪華な和風の邸宅があるのを知っている。使用人と守衛もついている。そう、こんな家があるならば、ゴシップ好きのお袋が見逃そうはずもない。

 あの噂好きから聞くところによると、病気がちで学校にも行きたがらない娘がいて、家で教育をうけ大人になってからも家の中で手伝いをして生活していたから嫁ぐこともなく、最近になって家の外でそれらしき姿を見るようになったとか。

 ずっと外に出ない女性がいたとして、それを自治会長の妻が町でひょっこり出くわしたらその人物だとわかるというのは筋が通っていないではないか。そもそも良家の娘というと厳しく教育されるという印象があるが、病気だからといって学校にも行かないことが当時許されたのだろうか。家事をして過ごしてきたことが確かなら、なぜいまごろになって街を出歩くようになるのか。

 ――私にもお袋にもバイアスがかかった噂だ、真実とは到底信じられないが、勿体ぶって話すミステリアスな珍客の雰囲気からそういう人物と結びつけて考えたくもなる。

「わかりました。慎重な調査が必要なようですね。時間はありますので、ゆっくりでかまいません、具体的に話していただけますか?」

 淑女は頷いた。

「その、あまりにも漠然としているのですが……」

 なるほど、漠然とした不安。確かにそれなら目に見えない霊的なものによる恐怖と混同してもおかしくないし、周囲に相談しても理解されなくて致し方ない。

「あの、私――常に何者かに見られている気がするんです」

 それはちょっと漠然としすぎてはいまいか。



 人間大きなことを語らなくてはならないときは、抽象的に述べてから具体的な説明で肉付けしていくものだ。私もそう思い、細かいケースでの「見られている」事例がどのようなものか質問を重ねていった。

「見られているとは、人間の視線を感じるということ?」

「はい……」

「何者かの気配を自分の周囲に感じたり、自分の写真を送り付けられたり、あるいは盗撮や盗聴を思わせる仕掛けを見つけるようなことはありましたか?」

「ええと……」

「ストーカーの気配は感じますか?」

「いいえ」

「自分が映った、覚えのない写真を目にしたことはありますか?」

「いいえ、そんなことは」

「自宅に隠しカメラや盗聴器は?」

「それは絶対にないと思います。しかるべき業者さんに頼んで調べていただいたので」

 業者に調べさせるとは。いままで誰に頼ってもわからなかったとは言っていたが、思いのほかいろいろな方法を試していたようだ。それなら「奥の手」で私の探偵事務所にやって来たのも頷ける。

 それにしても、ストーカー被害とは違う事情があるようだ。それとも、以前の靴屋の娘の事件を上回る巧妙な手口による犯罪が行われているのだろうか。いずれにしても、甘く見ていた。かなりきな臭い事案を持ち込んでくれたものだ。

 いまの問答で自分の事例が特殊であることにまた一層自信を持ったのか、彼女は少し饒舌になる。

「知り合いに警察のOBの方がいるんです。刑事課で、それなりに腕の良かった方が。その方にお願いして、一週間私を護衛しながら近辺を調べていただいたんです。彼によると、ストーカーやそれを疑わせる人物は見当たらないし、私の私生活を遠目に隠し撮りできるような高い建物や不自然な隙間もないようです。元刑事の方にまで心配ないとおっしゃっていただいたのですが……それでも私には、どうしても見られている気がするんです。だから、こうして……」

 私の事務所にやって来た、と。

 それにしても、今回の訪問が緊急事態ゆえのものであるという主張が激しい。頼みの綱であるという切実なアピールと受け取ってもよいのだが、それよりもむしろ「頼りたくないが縋る藁を探して」という皮肉を感じざるを得ない。私の陰湿な被害妄想か、この女性の面倒な性質か。

「仕方ありません。あなたがいつ不安を感じているのか、詳細に調べてみましょう」

 このような御仁は、すでに心理カウンセラーにでも相談して、同様の「有効な」方法をも試しているのだろうが。ただ、私にだってプロとしてのプライドがある。

 彼女は目を伏せて黙っている。

「まず、視線を感じるのは具体的にどのようなときなのでしょう? 街を歩いているときですか?」

「はい、感じます」

「それは、人通りの多い大通りでしょうか? それとも、人が隠れられるような薄暗く人の気の少ない裏通りでしょうか?」

「主に、繁華街で」

「では、きょう商店街を歩かれました? 歩かれたなら、そのときはいかがでしたか?」

 すると、女性は自分の腕で自らを抱き竦めた。

「それが、最近まで商店街はどちらかといえば安心できるところだったんです。それなのに、さっき通ったときにはぞっとするような気配がちらほらと」

 ほう、あの商店街で。

「反対に、在宅のときは? 望遠鏡や遠望カメラなどを用いて入浴中や着替えを狙う覗きはよくありますが、その心配はなかったとのことでしたね?」

「はい、私の知り合いの言う通りで、家にいるときはまったく気になりません」

 本当に厄介な犯罪者がいる可能性が現実味を帯びてきた。元刑事とやらがどの程度敏腕だったのか知らないが、それを上回るほど現代的で奇抜な、いままでのストーカーとはまったく異なる気配が忍び寄っているのかもしれない。

 そろそろ彼女の近辺の人間関係について訊くなり尋ねるなりしてみなくてはならないかと思いはじめたころ、暢気に電話が鳴った。

「失礼します」

 彼女に断って電話に出させてもらうと、あろうことか自治会長の親父であった。

『あんちゃん、さっきの女の人の話は終わったかい?』

「いいえ。すみませんが、後にしてもらって構いませんか?」

『頼むよ、あんちゃん。さっそく不具合があったみたいで、変な音はするわ、変なランプがつくわでわけがわかんねぇんだよ』

「それって……」

 私ははっとした。もう一度親父に断りを入れて、電話を切った。そして、クライエントを振り返る。

「あの、先ほど『ちらほら』気配を感じた、と?」



 冷めたお茶を入れなおしながら、彼女の素性を問うてみる。

「失礼なことをお尋ねしますが、携帯電話はお持ちですか?」

 彼女は露骨に狼狽えた。

「い、いえ、私、そういうものは苦手で。連絡先は、家のものでも問題ありませんか?」

「いえ、私が聞きたいのはそういうことではないので、ご心配なさらず。もう少し伺いますが、インターネットは普段使われますか?」

「それも……よくわかりません」

「では、テレビや新聞などは?」

「いいえ。ほとんど」

「もしかして、電車やバスなど、公共交通機関もあまり使われないのではありませんか?」

「そうですね、滅多に使いません」

 これだけの問いで充分なのかはわからないが、今回の件も大したことはなさそうなので、これくらいで結論付けても構わないだろう。

 畢竟、この女はただの世間知らず(・・・・・)なのだ。

「あなたが恐れているモノ、私にはわかりました」

「本当ですか!」

 お茶を差し出したときに驚いた彼女が不意に立ち上がるものだから、危うく頭をぶつけそうになった。落ち着くよう促すと、失礼、と詫びた彼女は腰を下ろしてお茶を啜った。

 街中で、それもどちらかといえば人通りの多いところで感じる視線。そして、最近までは商店街で感じていなかったのに、さっき歩いたときは確かにそれをちらほらと感じていた。ありえない結論だと信じたいが、外の世界に疎い深層の令嬢のようだから、こういうこともあるのかもしれない。


「あなたが感じる視線の正体は、つまり――防犯カメラ(・・・・・)ですよ」



 台所から醤油の香りが漂ってくる凍える店先。私は脚立に上っていた。

「はい、これで直りました」

「おお、ありがとな、あんちゃん」

 昼間から電話までして自治会長の親父が依頼しようとしていたのは、「防犯カメラの修理」であった。いい加減私の仕事を便利屋と間違えているのだが、カネがもらえるのだから仕方がない。ちなみに自治会長は店で骨董品を売っている。

「あんちゃん、うちで夕飯食べていきなさいな」

 エプロンのポケットのところで濡れた手を拭きながら、奥からお袋が出てきた。時間外手当としていただくとしよう。

「それにしてもよ、自治会の予算で安物を買ったのがまずかったかな。使い始めてまだ二週間くらいだってのに、もう故障だ」

「いいや、安くてもこんなにすぐ壊れやしません。お父さんの使い方の問題です」

「ええ、やっぱり俺にゃ難しい代物だってことか!」

「だからって自分で防犯できる年じゃないでしょう。防犯くらいカメラに任せてください」

 とはいえ、カメラがそこら中にあって犯罪の抑止力になるからといって、それが安心に繋がるわけではあるまい。カメラがあろうと、犯罪が起きたときにそれを止めることはできないし、ましてや未然に防ぐ手立てにはならない。犯罪が起こるときには起きる。反対に、そうした被害が仮に起きてしまったとき、「カメラがなかったから」と設置せずにいた人々の責任を問われてしまっては本末転倒だ。

 昼間の女性ではないが、日常生活でどこを歩いていてもどこかしらから監視されていることに不安を抱かないのも、そもそもおかしな話なのである。監視カメラの空白地帯はまさにプライベートな空間にしかなく、公的な空間に出かけたときには、私的な部分をすべて捨ててあけっぴろになることをカメラから強制されているのだ。そう、カメラごときから。

 私とて懸念を忘れて親父にカメラの設置を勧めてしまった。靴屋の娘のストーカー被害があったとはいえ、商店街をまとめて監視体制の下に置いてしまったのだ。ひょっとすると、カメラという絶対的、客観的と信頼した「つもりになれる」存在によって、商店街の人々がオカルトに楽しみを見いだせなくなるかもしれない。オカルトもまた彼らにとって納得した「つもりになれる」説明をしてくれる存在だが、霊的なものはカメラには映らないから。

 探偵は捜査機関ではないので、防犯カメラの映像を証拠や資料として使うことはできない。そうした監視を用いずして調査を行う仕事はつまり、カメラのように事後に罪を犯した者を見つけ出し排除するのではなく、罪を未然に防ぐため人々の疑問を晴らしていく作業なのかもしれない。

 少々自己肯定が過ぎるだろうか。

 カメラのネジを固定したとき、埃が立った。顔を寄せている私は、当然咽ることになる。

「まったく、カメラの修理なら電気屋に頼めばいいのに」

 脚立を下りて小言を漏らすと、親父はまた豪快に笑いだした。

「そうだけどよ、あそこの旦那は先週から入院してんだ。でも誰もキャメラの修理なんかできゃしねぇからよ、もうあんちゃんに頼むしかねぇじゃないか」

 これだから、もう。

 店主の妻もまた面白がって笑っていたが、ふと笑いを止める。

「そうだ、入院と言えばそういえばさ、あそこのお嬢さん、いつの間にか亡くなってたらしいじゃない」

 お嬢さん、という言葉に心臓が弾む。

 どこの娘だい、と親父が問う。

「ほら、あそこの豪邸の。ずっと病気だって外に出なかった娘さんだよ。聞いた話じゃ、もう一年も前のことなんだって。最期は三年くらい病院にいて、確か三十歳かそこらだったって話だったかな。はあ、ずっと病気で苦しんでそのままだなんて、難儀な話だよねぇ」

 こめかみに汗が伝った。これは作業をして流れた汗であって、決して冷や汗などではない。そう、別に何も焦ることなどない。何も困惑することはない。今回の話も所詮、ゴシップ好きのお袋が持ってきた信頼のおけない話にすぎない。ただの噂だ。それだけの話だ。私は霊的なものを信じない、信じないからこそいままで商店街の人々の調査依頼に応じてきたのだ。


「さ、奥へ行って夕飯にしましょ。そうだ、食べがてら相談したいことがあるんだよ。神社の杜で釘が打たれた藁人形を見ちゃってさあ、いやあ、物騒ったらないよ。だからさ、そいつが本当に呪いを起こしていないか、あんちゃんに調べてほしいんだ。……どうしたんだい、あんちゃん。そんなにおっかない顔して?」


「ああ、いえ。どうってことはありません。うちの事務所は、あらゆる事例に対応できるよう準備はしていますゆえ。たとえ、霊的なことであっても……」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 探偵と商店街の人々を取り巻くほのぼのした雰囲気。下町のような風情、気心が知れた地元住民たちとのアットホームな間柄に大変癒されました。こういう家族のような付き合い今はめっきり少なくなって、た…
2019/09/21 01:59 退会済み
管理
[一言] はじめまして。 プロットは良いです。でも、それを盛り上げる味付け部分でまだ工夫の余地があるような気がしたので、感想を書かせていただきます。 最初の文章で、オカルトをほのめかすか、日常のごく普…
[一言] 楽しく拝読いたしました!(^^)! 新年初で読んだ作品がこちらで幸運でした。途中まで、これはバカミス……いやホラーという推理で良いのでは……? と惑いながら読み進めましたが、最後はきっちりホ…
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