初会、慮外(Ⅲ)
また、だ。私は椅子の上で目を覚ます。縄で縛って痕でも付いたらどうしてくれるのだろう。と思ったが、私は自由だった。
私は周りを見渡す。ここは倉庫だ。よく漫画などに出てくる港などにある広いもののよう。もう日は落ちており、天井近くの窓からは月明かりが注ぎ込んでいる。
そこにいるのは、さっきの男性、昨夜見たような方々。椅子に座っているのはその彼だけで、その傍らには水の魔術を使った女性が立っていた。察するに、彼はこの中では偉い方なのだろう。
「昔話をしてもいいかな?」
彼は私が起きたことに気付いていたようだ。女性の目つきは鋭いままだ。
「あの、帰してもらってもいいですか?」
「なっ!!シン様に向かって―――」
「よい」
彼が制止すると、彼女は押し黙る。どうやら彼の名前はシンというらしい。
「それだけは出来ない。それ以外のことはしよう」
私を誘拐したにしては、随分譲歩してくれている。
「君には知る権利がある。俺が何をしようとしているのか、を」
私が無言にも関わらず、彼は淡々と話を続けるのだった。
「君はどう思うだろうか、この世界を。誤っているとは思わないか?俺はね、間違っていると思うよ。だから変えるんだ。その為に君には―――死んでもらうことになる」
目が点になる。全く脈絡なく物騒な言葉が出た。
「つまり私はこのままここにいれば、死ぬことになる、と?」
「そうだね。申し訳ないとは思う」
逃げなければ、焦燥感に駆られる。しかし私だけでは決して無理だろう。ただ彼が来るのを待つしかない。
「衛に来られるのは困るな。結界を張っているが、それがどこまで通用するか・・・」
私の考えが筒抜けのような、そんな気分だ。彼女の眼光は鋭さを増す。何か睨まれるようなことをしただろうか。
「君はわかりやすい―――おっと。噂をすれば影がさす、か。来たようだ」
「では、私が」
「いや、よい。ここで待とうじゃないか」
彼女の撃退案を遮り、最深部に招待する腹積もりらしい。何とも余裕のある。私は自分が少し安心していることに気付いたのだった。
静かだった。招き入れようとする彼以外は、固唾をのんでその瞬間を待った。そう、待ち望んでいる彼とは対照的に。
静寂な倉庫に靴音のみが響く。
「待っていたよ、衛。歓迎しよう」
「私は言ったよな、次は殺す、と」
あれは本当に彼なのか。そう思うほど彼の声は冷たく、低いものだった。
「皆下がれ。本当に殺されそうだ―――ラン、お前もだ」
「しかし―――」
「聞こえなかったか?下がれ、と言ったのだ」
叱咤に似た言葉でようやく彼女は彼への敵対をやめる。私の想像を超えた強さを彼は持ち合わせているのだと感じた。
そうして、もう一度彼に語りかけた。
「後は衛の同意だけだ。それでこの儀式は完成する」
「何が儀式だ。くだらない」
「くだらない、か」
一触即発。容易く引火する爆弾。しかも両者がそれを辞さない。何とも厄介な状況だ。
私の鼓動は速く、建物が小刻みに揺れているかのような錯覚。
そして―――乱入者がここに。
天井には大穴が開く。ここにいる誰もが息をのむ。そこから下りてくる少女。彼ら二人の間に割って入った。
その少女を一言で表すならば異形。少女を覆う外套の上からでもわかる。年端もいかない彼女の両腕は、その姿に見合わぬものだった。中東アジアを彷彿とさせる身体の先につく右腕は、少女のものとは思えないほどの隆起しており、左腕は明らかに彼女ものではない綺麗で長い。まるで大人の男性と女性のような両腕。
「まずいな。非常にまずい。あの腕、触れるなよ」
薄ら笑いを続けていた彼が初めて危機を感じたのだろう。真面目にあの異常な腕を警戒する。
何故か、否、だからこそ。彼女が出張る。
「ここは私が。彼女をシン様が相手どるのは危険です」
あの高さから落下して無傷なのだ。少女も魔術師だろう。
わかりたくもないが、わかってしまった。魔術師同士の戦いでは間合いの広さなど無に等しい。それほどまでに彼女らの警戒心は高い。一瞬で勝敗が、生死が決着しそうな緊張。私が言ってしまってはそれらは軽くなってしまうが、しかし述べずにはいられない。
ここで、私の目の前で初めて正式な魔術師同士の戦闘が始まることを。