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相生、相老い  作者: 青山英次
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初会、慮外(Ⅰ)

 朝の目覚めというものは、大抵は億劫なものだ。清々しい朝というものを感じたことはない。私の低血圧のせいなのかもしれないが、とにかく朝が苦手ということだけは知ってもらいたい。ただ言及したいのは、ごくたまに寝た気がしない日があることだ。自身が寝ているのか、それとも起きているのか。それが曖昧なのだ。そういうときは決まった夢を見る。月が見える、満月を見上げている。それだけ、ただそれだけだ。それだけなのだが、今宵も見た。翌朝の疲れは計り知れないものだ。現実に行ったように、行った以上に。

 私は朝に弱い。目を瞑れば、あの美しい月が脳裏に甦る。そして私はまた眠りにつく。次に起きたときの事を考えず、いつも私は二度寝をしてしまう。

 次に目覚ましに起こされるとき、厳しい現実に対面する。私は遅刻の常習犯なのである。


 学校に着くことには、私の息は絶え絶えである。そんな私を見て、校門の前にいつもいる教師はため息をつく。またか、何度注意すれば分かるのか。教師は私に注意する。しかし私からしてみれば、またか、何度注意されれば良いのか、である。

 教室に行くと、担任も同じような顔をする。私は慣れてしまったのだ。良いことではないと分かっているが、変えられない。一度病院に行ってしまおうか、そう思うほどどうしようもない問題なのだ。


 授業の合間になると、私の友達が駆け寄ってくる。学校でだけの付き合いだ、知り合いと言った方が良いのだろうか。大人しそうな顔して遅刻常習犯とか、今日も月見たのかとか、からかいたいだけなのだ。

 そんな話は半分聞き流して、私は昨晩の夢のことを思い出す、あの満月の空を仰ぐ夢を。しかし今回はそれだけではなかったのだ、それを彩る脇役がいた。数人の男たちが現れて消える。ただそれだけなのだが、彼らは何かを話したように思える。良かった、だから良かった、これが本当に夢だと分かったから。人が消えるなんて芸当は、それこそファンタジーの世界だけでの話だ。

 そんなことはこんな名前をしている私が言えることではない。月居ゼナ、それが私の名前。トルコ人の妻を持つ、所謂ハーフというやつだ、と思っている。私は父親を知らない。私はいつも目立ってしまう。そのためか、私の周りには人が集まる。捻くれた考えかもしれないが、私はそう思ってしまう。

 

 放課後になると私は家に帰る。これは特筆することではないのかもしれない。いや考えるべくもなく、そうではない。しかし私の家は住宅地から離れたところにある。それどころか街から離れたところにある。加えて、学校からそれらの逆の方向にある。だから寄り道をしたことはない。別に道草を食いたいわけではない。私は一人の方が楽と思ってしまうのだ。したがって今日もいつものように一人、人気のない道を歩く。

 もう私の家が見える。大きな庭の前には門がある。部外者が入るのには、気が引けるほどの家と外を隔てる仕切り。それを開けて中に入る、それはいつものことなのだが、今日は門が少し開いている。今朝はちゃんと閉め忘れたのか、その程度のことだ。よくあるだろう、家の鍵は閉めたのかとか、ガスの元栓は締めただろうかとか、そういう強迫性障害の確認行為の一種だろうか。そんな大層なものではないので、流しても良いだろう。こんなことはいままで何回でもあった。そして今回はしっかりと閉めた。

 そして大きな庭を抜けると、家の前には人がいた。訪問者か、本当に久々だ。にしても、数が多い。雰囲気もただ尋ねて来ただけではなさそうだ。確か前にもこんなことがあった、私の親を訪ねてくる人たちだ。だから私は今回もいつもと同じようにこう言う。


「親なら、まだ海外から帰ってきていませんよ」




×××××




 閑静な住宅街。ビル群がそびえ立つこの街にも、所帯を構える者は少なくない。街の外れには豪邸がある。そんな高望みはしなくとも生きていける。平穏漂うこの場で、逸脱などせずに。


「待っていた、我が半身よ」


 扉を開け、家の中に入ると男が待っていた。ソファに座す彼は高らかに言う。この男を知っている。社長室にある椅子と比べると、さぞ座り心地が悪かろう。

 よく言えたものだ。その台詞は恋人への言葉のようだった。恥ずかしくないのだろうか。その誘いの相手はつれないようで、愛の告白ともとれるその発言は届くことはない。

 男は思考を巡らす。


「無駄とわかっていながら、何故そこまでするの?」


「何を言う。今までも二人でやってきたではないか」


 不法侵入には触れず、彼らは会話をする。男の意中の人は背を向ける。どうやら男がしたことは今に始まったことではないようだ。


「今回は貴方に協力する気はないの。もし必要であれば、邪魔させてもらうわ」


 対抗する、そう言われて男は気付く、純粋な殺意に。


「なるほど、でも俺は止めるつもりはないよ。君を認めない世界など必要ではないだろう?」


「じゃあ、次に会うときは貴方を殺すわ」


「おお、怖い。だがそれは無理だろ。俺と君は二人で一人。それは運命でも否定させはしない」


 返事はない。男はため息をつく。どうやら男の半身とやらは、それを否定するらしい。これで二人は決別する。


「しかし遅いかもしれないね。もうあの少女は確保したからね。名前は何と言ったか―――ああ、そう。月居ゼナ」


 顔を上げたころには、もう相手はいなかった。彼の言葉は空を切る。男は一人残され、もう一度ため息をつく。


「歪んでいるよ、確実に、正確に。それを正すだけなのに」


 窓からの月明かりに照らされた男は、誰に言うでもなく、呟きながらペアのマグカップを見つめた。

 外にはもう月が出ていたようだ。住宅から漏れる光がやけに眩しかった。




×××××




 どうやら私は眠ってしまったようだ。何をしていたのだろう、と身体を動かそうとすると、椅子に縛られていることに気付いた。

 思い出す。訪問者はただの訪問者ではなく、強盗だったことを。幸い、まだ危害は加えられてはいない。これだけの豪邸だ。何か金目の物があると踏んでいたのだろう。しかし生憎、家にあるのは生活に必要最低限のものだけ。

 私は周りを見渡す。おかしい、物色された形跡がない。


「目を覚ましたようです」


「そう」


 そっけなく返したのは女性だった。顔立ちからして日本人ではなさそうだ。しかしどこかで見たことがあるような―――そうだ、この街の一際大きいビルの会社の社長だ。

 訳が分からない。強盗が社長で、でも強盗ではなさそうで。

 本当に訳が分からない。だから抵抗してみることにした。


「何なんですか!?不法侵入ですよ!!」


「黙りなさい」


 驚いた。彼女は私を平手打ちしたのだ。苛立ちを隠そうともしない。


「これだからガキは嫌いなのよ。そうだ、少し痛めつければ大人しくなるわよね」


 そう言うと、彼女の手から氷が現れ、覆われるとそれは刃の形になった。


「え?」


「何よ、物珍しいそうに。―――そういうこと!貴方、魔術を見たことないのね?」


 今この女は、魔術、と言ったか。普通ならば、彼女のことを頭がおかしいとしか思わないだろう。しかし目の前で見てしまったのだ、この神秘を。


「やけに抵抗もなく捕まったと思ったのよね。こっちはそれなりに魔術師集めてきたっていうのに」


 夢だ、夢であって。そんなのって、幻想でしょ。ファンタジーでしょ。

 私はここで初めて恐怖する。頭がうまく働いていなかったのだろうか。こんなことならば、ずっと働かなければよかったのに。


「大丈夫よ、切ったところは凍らせてあげる。これで死ぬことはないわ」


 彼女の笑顔の恍惚ぶりときたら、私はそれだけで恐怖する。街から離れていることをこれほど後悔したことはない。

 私はただ平穏に暮らしたかっただけなのに。お母さんが帰ってくるまでは死ねない。約束したのだ、この家を守るのだ、と。




 ―――――窓が割れる音がする。狼狽える彼女らとは対照的にゆっくりとした靴の音がする。どうやら私の後ろから誰かがやって来ているようだった。


「お前、やっぱり邪魔するのね!」


 私に向けるよりも大きな敵意。そしてこれは恨みだろうか、それとも妬みか。


「ラン・ウォルシュ、こんな馬鹿なことはすべきではない」


 ああ、そうだった。彼女の名前。ラン・ウォルシュ社長だった。彼女は一歩一歩と近づいてくる足音から後ずさる。

 声の主はそうして、私と彼女の間に入るのだった。

 

 ―――私は声が出なかった。恐怖のせいではない。その背中に見惚れてしまったのだ。気高く、凛々しいその姿に。


 「もう我慢できない。ここで殺しておくわ」


 そう言って彼女は腕を振るう。視界が背中によって結構遮られているが、はっきりと見えた。水の刃だ。まさに魔法だった。

 その刹那。その凛々しい声で囁いた。男らしい声だった。


「失礼、この椅子いただきます」


 私が縛られている椅子の横に転がる椅子に手を伸ばした。おおよそ私には木製の椅子で魔法が防げるとは思わなかった。

 彼は椅子を振るう。そうしてそれが水の刃に接触すると、水が四散した。


「知っていよう。私の前では魔は朽ちる。そういう制約だ」


「くっ!本当に面倒ね、魔術師が魔術を使わずに戦うなんて」


 彼女は悔しそうな顔をする。そしてため息を一つで、腕をだらんとおろす。


「ひきあげるわよ」


 私は胸をなでおろす。どうやら私は助かったようだ。私の心臓の鼓動は強く、汗が噴き出していたことにようやく気付いた。


「―――次会ったときは必ず殺すわ」


 彼女はそう言い残し去っていく。どうやら私を守ったこの人は彼女と少なからず関わりがあるらしい。

 彼の持っていた椅子が朽ちたようにばらばらになって、手から床に落ちていく。

 椅子に縛られたままだったが、私は安心したのか、意識を手放した。

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