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相生、相老い  作者: 青山英次
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序章、叙情

 街がある。ビルがある。人がいる。なんてことのない、他の街となんら変わりない。騒々しく行き交う人の波。雑踏はバラバラなようで揃っている。誰も逸脱しない。ここは秩序ある世界。

 その街でひときわ目を引くのは”Fire+Ice Co., Ltd.”と書かれた大きな看板。それを掲げるビルは、もちろんその会社のビルである。社長の名前はラン・ウォルシュ。日本が好きでこの会社を立ち上げた、とインタビュー記事で見たことがある。その社長が座すのは最上階。この街を一望できる場所。

 その最上階では、物々しい雰囲気が部屋を支配していた。ここは言わずもがな、社長室である。椅子に座っているのは、もちろん女社長のラン・ウォルシュ―――ではなかった。男が座っている。ランはスーツでその傍らに立っている。それともう一人、部屋の隅にもたれている男がいた。腰に刀らしきものを携えるその男をランは睨んでいた。物々しい雰囲気はそのせいだろう。だというのに、睨まれている男の口元は緩んでいた。


「時が来たというのに、あなたは何故動かないの?本当に使えないわね」


「何故、か。俺にその義務はないからだな」


 ランと男は言い合っている。というか、ランからの罵詈雑言を男がのらりくらりと返している。


「ラン、やめておけ」


 椅子に腰掛ける男はそう言った。それだけでランは発言をやめる。


「ジンは関係ない。放っておけ」


 壁にもたれる男の名はジンというらしい。崩れた服装をしているジンは、どう間違ってもこの会社の社員ではないだろう。それは社長に対する言動にも裏づけされる。


「しかしシンよ、その女の言うことももっともだ。早くしないと邪魔者が現れるかもしれんぞ」


 飄々とした彼は軽い物腰で言う。ランの瞳には苛立ちが浮かぶが、シンと呼ばれた男はそうではない。それが当たり前のように受け入れている。男二人は長い付き合いであると想像に難くない。


「そうだな。では俺がいこう」


 そう言ってシンと呼ばれた男は椅子から腰を上げる。彼の双眼は憂いを帯びていた。ランは気づいていない。ジンはどうだろうか、その表情からは計り知れなかった。しかし、シンの攻撃的な目には二人は気づいていた。まるで憂いなどないような目だ。ランはそんなシンを止める。


「それには及びません、シン様。すでにその長物の代わりを向かわせました」


 ―――――夜は深い。影で蠢くにはまだまだ長い夜である、とランは自信を露わにした。ジンはまた、にやりと口角が上がってしまうのだった。




 街にあり、街に属さぬ一つの豪邸。大きな庭のあるその豪邸には少女が独りで住んでいるらしい。郊外に佇むことにより、誰の訪問も許さない。訪問というより進入か。”月居”と表札を掲げるその豪邸はただひっそりと佇んでいる。


「ここだ」


 久し振りの訪問者のようだ。その足音は木々のざわめきにかき消されるほど。察するに、数人の男性は侵入者のようだった。門を通り、庭を抜ける。豪邸の割りに無用心である。しかし、今夜は月明かりの強い夜であるのだ。それこそが彼らの間違いだった。


「我が城に侵入する不届きものがまだおったとは―――。その愚行、身をもって知れ」


 男たちが見たのは月を背にする女の姿だった。その直後、その男たちは―――消えた。跡形もなく消えた。後に残ったのは月夜の静けさのみ。女がため息をつく。


「今日は良い夜じゃ」


 その一部始終を遠くのビルの屋上から見ている者がいた。風が吹くたびに外套がなびく。その中から見える不自然な両腕に目がいってしまう。褐色の身体に隆起した右腕、身体の色とは違う色白の左腕。見えるわけがない、それほどビルとの距離がある。しかし城の主がその者を一瞥した。ただそれだけで二人は消える。屋上の一角に月明かりが戻る。やはり今夜は月が良く出ていた。




「やっと着いたか」


 空港でそう呟く男がいた。まだ太陽が昇ったばかりの早朝である。街の人はまばらで、店の開店はまだである。ここの商店街は軒並みシャッターが閉まっている。といっても昼になっても開かないシャッターもあるだろう。そんなことはこの男には関係ない。彼は自由になったのだ。追っ手の来ないこの街で自由を謳歌するのだ。


「いいねぇ。この平和な感じ。反吐が出る」


 彼は戦乱の中で生きてきた。そこが適所だった、そこが理想郷だった。だからこそ彼はその中でこそ輝いた。誰よりも姑息に、誰よりも卑劣に、誰よりも―――。敵にはもちろんのこと、味方にも恐れられていた。彼は戦乱を好む。そのためには、味方も敵も要らないのだ。むしろ邪魔なのである。ただ戦場に立ち寄り、乱す。その身を血でぬらす。そのたびに彼は笑った。戦火に訪れるその悪魔はその姿から”アレス”と呼ばれた。誰も彼の名前を知らない。彼自身も知らないのだから仕方がない。アレスは気づいたときにはそこにいたのだから。笑ってしまう、悪魔と呼ばれながら神の名を冠するとは。


「さて、裏路地に入ってやったんだ。出て来いよ、わかってんだぜ」


 アレスは笑っていた、人を蹂躙する時に決まって。物陰からは数人の男。なるほど、彼らはアレスを殺しに来たらしい。


「アレスだな。我等の計画のために死んでもらう」


「やっぱり、だよな。あるよなぁ、争いが!!あぁ、ぞくぞくするぜ―――」


アレスはからからと笑う。その狂ったような姿に男たちはたじろぐ。そして、男たちはサイレンサー付の銃を懐から取り出す。その迷いのない動きから本気が伺える。―――が、アレスがにやりと笑い、彼へと銃弾が放たれた。




『―――で火が出ました。裏路地だったため目撃者はおらず、警察は放火として捜査を進めています。なお現場からは数人の焼死体が―――』


 テレビから非日常のニュースが流れている。この街も物騒になったものだ、と思いつつも他人事だ。火で思い出すことは間々あるが些細なことだ。変わらない街は怖いほど穏やかで、まるで嵐の前の静けさだった。しかしわざわざ近づこう。薄暗い部屋の中、立ち上がる者の影。これは激動の始まりだ。何も変わることのない波乱の幕開け。


「私は守ることしかできないもの」


 独白する。守るために出かけよう。テレビの消える音がした。月明かりが部屋の中を照らす。二人で住んでいた痕跡があちらこちらにある。そんな二人は相老い。共に生き、共に死ぬはずだ。それが運命なのだから。自身であっても隔てることは出来ない。

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