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ただし、使うとズボンが濡れる  作者: 溝のライター
9/14

イリスとアリスと始まりの村

 朝食を手早く終え、逃げるように部屋に戻ってきたハジメ。いつもより優しい気がする目や、まったくさきほどの「アレ」に触れない話題…すべてがきつかった。


「あ…あれは…水だと思うんだ…」


誰に言うわけでもなく、呟く。布団の中で。生まれてきて25年、あんなに恥ずかしいことはなかった。穴があったから入ってみた、まさにそんな状況だった。

コンコン、と扉がノックされる。正直今は出たくないところだが、そんなわけにもいかず、ハジメはドアを開ける。そこにはアリスが立っていた。自分の失態を見たとき、アリスの表情は驚いていたな、と思い、また落ち込んでくる。が、アリスの話はそんなハジメの度肝を抜く内容だった。


「ハジメ…お兄ちゃん…魔法……使えたの?」


ハジメに衝撃が走った。「お兄ちゃん」…アリスがハジメのことを呼ぶのは初めてかもしれない。しかも今まで言われたことのないハジメお兄ちゃん。双葉という妹がいたが、いつも「おい」とか「ねぇ」と呼ばれていたため、正直敬称にあこがれていた面もあった。が、成長するとそんなこともなくなり、気にもしなくなっていた。そこにアリスのお兄ちゃん攻撃。ダメージは甚大だったが、今はそれよりももっと重要なキーワードが聞こえた。


「魔法…だと?」


そう、魔法である。使えたの?と聞いているからには使ったのだろうが、ハジメにはそんなことをした覚えもない。むしろ恥をかいた覚えしかなかった。しかし、アリスは魔力の流れをハジメから感じたという。


魔法には、魔力に言霊を乗せることで初めて発動し、魔法制約や言霊は人によって様々なものがある。特に魔法制約は重要で、本人でもわからないことがあり、珍しい魔法制約の場合、一生気がつかないこともあるという。アリスの場合、魔法制約は魔力の消費、言霊は頭に思い浮かべるだけでいいのだという、好条件のスペックだった。


アリスからの追加の魔法講習を受け、ハジメは考える。アリスは魔法が使われると、魔力の残り香のようなものを感知することができるという。つまり、ハジメに魔力を感じたということは、ハジメには魔法を使う力が備わっているはずである。魔法制約、言霊、それらを探し当てたとき、自分は魔法使いになれるかもしれない。そう考えるとハジメはニヤリと口角をあげ、フフフと笑い出した。それを見てアリスが少し怖がっていたが、今はそれを無視して、今朝自分にあったことを思い出す。アリスには悪いが、考えたいことがあるといい、一人になる。


今朝はイリスに起こされた。畑から異臭がしたからである。それは昨日の肥料が原因であり、その臭いをどうにかすることを約束して、水を撒いてしばらくすると臭いが消えた…と、そこまで考えたところで畑に行ってみることにした。

臭いのなくなった畑に行くと、ハジメは驚愕した。今朝まで芽がちょろっとでていただけの植物は、もう五センチほどの大きさになっていた。ありえない成長速度である。そこでハジメはハッとする。植物の急成長、埋めた残飯の急激な腐敗。自分が掘った土にどれも関係しているのではないか、そう考える。しかし、そうなると問題は言霊である。何かぶつぶつと言いながら作業をしていたかもしれない。アリスのように頭で思い浮かべるだけでいいのなら、何か考えながら作業していたのかもしれない。しかし、思い出せない。どうしたもんか、とうんうんうなっていると、後ろからパキっと枝の折れるような音がする。振り返ってみると、そこにはこそっとこちらを見ているアリスがいた。

目が合うと、アリスは少し慌てたように姿を隠す。が、もう見つかっているので意味はなく、しかたないな、とハジメはアリスを呼んだ。ついでに自分の考えたことを聞いてみる。


「アリス、俺には土の属性があるのではないかと思うのだが、どうすればわかると思う?」


土属性があると思う理由と一緒に告げると、アリスは少し考えたあとに、


「それだけ…で、属性のことは…わからない…けど、魔法…使えたら、魔法制約に…何かが起こる…魔力…減った感じ…した?」


自分の魔力が減ったのかどうかわからなかったハジメは、わからないと答え、家に戻る。自分の部屋で考えをまとめることにした。

魔法は、魔法制約と、言霊がそろったとき、発動する。魔法制約は魔法を使った代償なので、今は無視。問題は言霊である。アリスに聞いてみると、昔読んだ本の中に、いろいろな言霊の条件集という本があり、その中には、「五文字以上の言霊」だとか「早口言葉」など、変わった言霊もあったそうだ。条件付の言霊の場合、見つけるのは苦労しそうだ、と考えたところで、お昼ですよーと言うイリスの声が聞こえた。


お昼を食べる頃には、両者すっかり今朝のできごとを忘れていた。ハジメとしては助かったが、それよりも魔法のことで頭がいっぱいだった。


それは、そんな何もない翌日の平和なお昼に起こった。


「た…大変だっ!!!」


村中に広がるような大きさの声が、食事中に響いた。何事かと顔を見合わせながら、全員で声のした方へ向かう。着く頃には他の村人も集まっており、輪の中には一人の男がいた。男はところどころ傷を負っており、カディナが傷の手当をしていた。


「イニ…どうした!?何があった!?」


アインが男に声をかける。イニと呼ばれた男は、よほど急いで来たのだろう、息が上がっており、それでも話そうとしてむせていた。村人の一人が水を飲ませ、落ち着かせると、イニは話し始めた。


「ゴ…ゴブリンの群れだ…三体や四体じゃない…何十対っていやがった…!!」


ザワリ…と村人に恐怖が広がる。イニが言うには、山に狩りに出かけた際、なかなか獲物がいないので普段は入らない山の奥まで言ってみたところ、動物の屍骸が散乱していたという。何事かと思い、もう少し奥までいくと、ゴブリンたちが何十対と集まっていたという。


「ゴブリンリーダーがいるかもしれんな…」


そう呟いたのは長老だった。その発言にさらに村人たちに不安の色が広がる。長老は、アインや警備の物を数人引き連れ、今夜中に村の決断を決めるから、今は各自非難の用意をしつつ、家の中で待機となった。

ゴブリンという単語はなんとなくわかったが、それ以外のことや、村人がおびえる理由がいまいちわからないハジメは、とりあえず家に戻る。ゴブリンとの戦闘経験があるハジメは、数十対くらいなら、村の男全員が戦えばどうにかなると考えていた。普段運動などしていなかったハジメでも怯えながらに勝利することができたのだから、筋骨隆々のアイン率いる警備の者たちがゴブリンに負けるとは思えなかった。しかし、不安がっている村人。それから察するに、ゴブリンリーダーという存在がそれをさせないのだろう、とハジメはあたりをつけた。


家に帰ってテーブルに座るが、誰も言葉を発しない。そこでハジメは、ゴブリンのことを聞いてみる。戦ったことあるが、村人でどうにかならないのか、と。それを聞いて口を開いたのはイリスだった。


「ゴブリンが少数で群れるのは珍しいことではありません。しかし、何十体で群れるというのはまずありません。そんな場合はゴブリンリーダーと呼ばれるゴブリンがいるのです。ゴブリンリーダーがいる群れは、統率がとれており、とても危険なんです。それに、ゴブリンリーダー自体も強いのです」


説明を受け、納得がいった。数十対の統率の取れたゴブリン…一個小隊クラスが攻めてくるようなものである。辺境に近いこの村が到底太刀打ちできるものではなかった。アリスが言うには、今日明日にでも避難する他道はなく、今から国や街に討伐依頼を出しても、間に合わないだろうとのことだった。


「アリスが…もっと…魔法使えたら…」


そんなときだった。アリスがぼそっと言ったのは。アリスは自分が魔法を使えることを村の人にばらしてでも助けたいと思っていた。それを聞いたイリスはそっとアリスを抱きしめ、そんなことしなくても大丈夫…みんな助かるから、と。


しばらく避難する準備を進めていると、イリスが部屋に来る。手には鞘に収められた剣を持っていた。形としてはククリ刀に近い形状の刃物だった。


「これは?」

「義兄さんが持っていた剣です。といっても手入れだけして一度も使ったことはないそうだんですが…持っていてください」


そう言ってイリスは剣を渡してくる。意図することはわからないが、もしものことがあった場合、使えるかもしれない…とハジメは思う。カッター一本では小さいし心もとない上、他に武器もない。避難しているところを襲われたとき、アリスやイリスを守るためなら剣があっても損はしないだろうそう考え剣を受け取る。鞘から抜いた剣は、長らく手入れがされていないにもかかわらず光り輝いており、前の持ち主が大切にしていたことがわかった。思っていたよりも手になじみ、重さもそんなに感じない。たった数日畑仕事や力仕事をしただけだが、思ったよりも力がついたのか、前のハジメからは考えられないことだった。


避難の準備が終わり、少し早めの夕食を終えた頃だった。長老の使いの者が家を訪ねてきて、これから集会があるとのことだった。一応背中に剣を差し、全員で集会場に向かう。村人全員が来たことを確認すると、長老は重い口を開いた。


「皆の者、残念なことじゃが、村は放棄する。村も大切じゃが、命はもっと大切じゃ…戦って散す命があってはならない」


長老の言葉に、村を捨てるという悲しみと、戦わないという選択を取ったことへの安堵が広がる。殿は警備の者が務めることなどを話し、今後の行動を話しているときに、警告を告げる鐘が鳴り響いた。


「敵襲――っ!敵襲――っ!」


外から大きな声が聞こえた。ざわつく集会場。子供の泣き声や、ざわめきが大きくなってきたところで長老が口を開く


「静まれい!!戦える男連中は直ぐに守りを固めよ!女子供、年寄りはここで待機じゃ!こうなったら…逃げることはできん…すまぬ、皆の者…」


どんどん小さくなる言葉に、集会場は静かになる。最初に言葉を発したのはアインだった。


「うぉっしゃー!いくぜ!野郎ども!ここで生き残った英雄には綺麗な嫁さんが待ってるぞ!!」


大きい声で勢いよく飛び出していくアインに、警備のものたちはオーー!という答えを持って集会場を飛び出す。その後から数人の男たちが立ち上がり集会場を飛び出していった。


ハジメは怖かった。ゴブリンはそれほど脅威じゃないことはわかっている。しかし、突然の襲来が、痛みなど感じなくなったはずの二の腕の傷が、ハジメを動かせないでいた。ゲームではないのだ。死んだら終わりである。日本に帰ることもなく、しらないこの土地で死ぬ。その恐怖に震えていた。


「いいんですよ。無理をしなくて。無理はしてほしくないんです」


そう言って優しく抱きしめられた。イリスの温かい胸の中で涙が出そうになるハジメ。同時に手を握りしめられる。


「ん…みんな、一緒…」


アリスの優しい声が胸に響く。そうだ、この人たちがいる。イリスやアリスをゴブリンなんかに傷つけられてなるものか、と思ったハジメは、恐怖が消えるのを感じた。


「行ってくるよ」


なるべく平静を保って立ち上がる。アリスは悲しそうに俯き、イリスはしばらくたって一言だけ、死なないでくださいといい、泣きながら微笑んでいた。この恩人や村の人を死なせるわけにはいかない…そう思ったハジメは、集会場を飛び出した。



-side イリス-


ゴブリンの襲来に備え、食料などの準備をしているときだった。物置になっている部屋の中で、一振りの剣を見つけたイリスは、これが義兄が大切にしていたことを思い出す。しばらく考え、この剣をハジメに渡すことに決めたイリスは、ハジメの部屋を訪ねる。

部屋に入って剣を渡すと、剣を抜き、確認していた。そのときの顔が少し悲しそうに見えたのは、部屋の影のせいか。イリスは自分がしていることが最低なことだと思っていた。ハジメが恐らく歴戦の戦士であったことはわかっている。しかし、守る戦いをしていたのだろうハジメについた傷。さらに今朝見たような身体の障害、さらにはゴブリンの知識すらなくなっている記憶障害…それらを知った上で、知らないふりをしてまた剣を持たせた自分。この人はきっと戦うだろう。村を、自分たちを守るために。なんと浅ましいことか。自分自身がいやになってきたイリス。ハジメはありがとうといい、また準備に戻った。


夕食を食べ終わったときだった。長老の使いが呼びに来たのは。集会場には村人が集まっており、長老の言葉を待っていた。戦いではなく、避難を選んだことを告げると、村には安堵が広がっていた。イリス自身もすこし安心していた。これでハジメが戦うことはない。ハジメに剣を渡したことを謝ろうとしていたときだった。


「敵襲――っ!敵襲――!!」


警告を告げる鐘が鳴り響く。ざわめく集会場の中で、長老が声をかけた後、アインが飛び出していった。アインは昔からああいったタイプだった。不器用だけど面倒見のいい人。今だって、わざとふざけて村の人の不安を少しでも取ろうとしていた。それにつられてか、村の男たちが集会場を出て行く。ハッと気づいてハジメの方を見る。武者奮いなのか、恐怖から来るものなのかはわからないが、ハジメは少し震えていた。これも障害の一種なのだろうか。剣の柄を握り、震えている。

自分はなんということを…そう思ったイリスは、ハジメを抱きしていた。もう、戦わなくていい、無理はしなくていい…と声をかけていた。アリスも手を握り、言葉をかける。しばらくすると、震えがとまり、すっと立ち上がる。


「行ってくるよ」


そう言って少し悲しそうに笑う。自分はひどい女なのかもしれない。剣を持った戦士がここで行かないわけがない。言った言葉を取り消すことはできない。剣を渡した過去をなかったことにすることはできない。そう悔やみ、帰ってきたらすべて謝ることに決めたイリスは、一言、死なないでくださいと伝えた。精一杯笑顔で言えるようにしたが、涙が溢れてきた。恐怖からではなく、自分の情けなさからだった。

ハジメが集会場を出た後、私は…最低です…と泣き始めたイリスに、アリスは驚いた。いつも笑顔でいたイリスが泣くところなど、見たことがなかったからだ。


「おかぁ…さん?」


不安な顔をしたアリスが手を握ってくる。アリスを抱きしめ、イリスは泣き始める。ごめんなさい、と言いながら。それがハジメに謝っているとは思わないアリスは、ただただ大丈夫、と母親を優しく抱きしめていた。


-side out-


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