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ただし、使うとズボンが濡れる  作者: 溝のライター
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イリスとアリスと始まりの村

 窓から差し込む光が、朝が来たことを知らせる。昨日の夕方に寝てしまったせいか、早く目が覚める。朝五時くらいだろうか、と考えたところで、ハジメはこの世界の常識をまだ聞いていないなと思う。通過、時間、日…すべてを話したイリスにならこれらのことを聞けるだろうと考え、勉強しないとなと思う。


 十分ほどボーっとしていると、遠くにぽつぽつの人が見えてきた。農家の人だろうか、道具らしきものを背負ってどこかに出かけて行く。そういえば、今日長老のとこに行くといっていたな、と思いにふけっていると、妙な匂いがする。匂いというよりも臭い。窓を開けているわけでもないし、部屋の扉が開いているわけでもない。そこで気がつく。臭いの原因は俺か、と。最後に風呂に入ったのはいつだったか、少なくともこの世界に来てから、精々足に水が浸かっただけであった。

 この臭い持って長老の所へ行くのはまずいと思ったハジメは、風呂に入りたいと思う。しかし、この世界に風呂はあるのだろうかという疑問が残る。とりあえず部屋から出て、音を立てないように風呂を探し回る。これでは泥棒と変わらんななどと考えて探すこと五分。見つからなかった。しかたなくタオルで身体を拭くことにしたハジメは、外にある井戸に向かった。タオルや服はイリスから借りていた。男物の服は、イリスの姉の旦那のものものらしく、着る人もいませんから、と言われたので受け取っていた。

 カディナのところで気がついたときには入院服の様な服に変わっており、元の自分の服がどうなったのか、あとで聞きに行こうと考えた。財布や携帯が入っていたからだ。井戸で水を汲み、桶に移し自分の部屋に持ってくる。タオルに水を浸し、裸になり身体を拭く。春っぽい季節とはいえ、朝の井戸水は冷たく、声を出しそうになるが、我慢しながら身体を拭く。しばらくゴシゴシと拭いていると、二の腕を見る。あれだけ深かった刺し傷がすでに傷跡になりかけていた。治りが早すぎると思ったハジメは、もしかしてこれが魔法なのか、と思う。


「また…傷跡が増えたな…」


そうポツリと呟いた。少し雰囲気を作って言うハジメの背中には、無数の切り傷があった。その傷はまるで刃物で切り刻まれたようなもので、背中いっぱいに広がっていた。格好をつけてながらも、ゴシゴシと下半身を拭いていたハジメだが、この傷は大学時代にマッドサイエンティストごっこなる遊びをしていたとき、何と何を混ぜたのか、怪しい煙を出し始めた。慌てたハジメは窓の外にそのビーカーを放り投げると、突然爆発し、窓ガラスが背中に無数に突き刺さり、傷だらけになったという、実にくだらないものだった。


「若かったな…」


などとほざきながら足を拭いていく。若くもなんともないただの無謀だった。


全身を拭いて終わり、トランクスっぽい下着を穿いたときだった。コンコンとノックをした後、ドアが開く。扉に背を向けながらハジメは思う。カギないしな…と。


「ハジメさん…起きてま…」


ガチャリとドアを開けて入ってきたのは、イリスだった。トランクス一丁の男が首だけ振り返ると、目が合い、時が止まった。




-side イリス-


イリスの朝は早い。朝ごはんの仕度に洗濯物、それらを早くに終わらせないと、朝の仕事に間に合わないからだ。それに今日はハジメを長老の所に連れて行く用事がある。それを考え、いつもより早くに目が覚めたイリスは、隣で眠るアリスを起こさないようにベッドから出る。向かいの部屋からゴソゴソ聞こえるので、ハジメさんは朝早いのね、などと考え、井戸水を汲み、流しに運ぶ。顔を洗ったところで、ハジメに井戸の場所を教えたが、井戸の使い方を教えてないことに気がつく。

記憶がない。という話を聞いたとき、少し信じられなかったが、かみ合わない話や真剣な表情を見ているととても嘘をついているようには見えなかった。どこまでの記憶がないのかは聞いていないが、もしかしたら井戸の使いかたを忘れてしまっているかもしれないと思った。早いうちに教えなきゃと思ったイリスは、いそいそとハジメの部屋に向かう。扉をノックしようとしたところでハジメの声が聞こえた。


「また…傷跡が増えたな…」


小さな呟きだったが、閑静な朝の空気はその音をはっきりと運んだ。二の腕の傷のことを言っているのだろう。それを聞いたイリスは申し訳なく思う。自分を救うために人が傷ついたのだ。優しい彼女が自分を責めないはずはない。少し悲しげに聞こえた声を聞き、イリスは扉をノックすることをためらった。しかし、すぐに次の言葉が耳に届く。


「若かったな…」


その口調は、先ほどとは違って楽しそうな、面白いことがあったような口調に聞こえた。

どういうことだろう。とイリスは悩む。私を助けて、傷が増えて、若かった…三つのことを考えていると、イリスに一つの答えが浮かぶ。もしかして、ハジメは歴戦の戦士ではないのか。「彼女を助けられたのはいいが、あの程度の敵に傷を負ってしまうとは、俺も若いな」と言う意味ではないのかと考えた。

マンティスを一撃で両断したとき、手に持っていたのはナイフよりも小さなものだった。あんな大きさで、マンティスを一撃で倒す小さなナイフをもっているのは、この世界でも名の知れた冒険者だけだ。つまり…と思いイリスは少し元気になる。本当にイリスを攻めているわけではなかったのだ。これまで話をしてきてイリスはハジメに好印象をもっていた。身体の線こそ細いが、丁寧な口調、落ち着いた雰囲気、何より人見知りなアリスが懐いている。年は私よりアリスが近いかもしれない…などと思いながら、笑顔になり、ノックしつつドアを開ける。


「ハジメさん…起きてま…」


そこまで言って目にした光景に、イリスは止まってしまう。下着姿のハジメが立っていることにも驚いたが、ハジメの背中には無数の傷跡があったのだ。一つや二つではなく、何十という。その光景に何も言えなくなっていると、


「あーすみません、イリスさん。凝視されると恥ずかしいのですが…」


と少し苦笑いをしながらハジメが言ってくる。そのときになってようやく下着姿だったということを思い出し、顔を赤くして後ろを振り向く。


「す…すみませんっ!い…井戸の使い方を…教えようかと思いマシテ…」


尻つぼみになる自分の声を少し情けなく思いながら、イリスは傷のことを考える。いったいどれほどの戦いを潜り抜ければ、あれほど傷がつくのだろう。自分の考えは間違っていなかった。ハジメは異世界の戦士だったのだ。イリスの結論だった。


「あぁ、井戸の使い方なら判ります。今、水で身体を拭いていたんですよ」


振り返るときに目に入ったのは、確かにタオルと水の入った桶であった。生活に必要な知識はあったらしい、と考え、直ぐに食事の準備をしますから、といって部屋を出た。少し冷たい言い方に聞こえたかも知れないと思ったのは部屋を出て直ぐだったが、それよりも、イリスは別のことを考えていた。

 

-side out-




食事の準備をするといって部屋を出て行くイリス。若い女性にトランクス一丁の男の姿は目の毒だったか、などと考えながら、もらった服を着る。綿よりも麻に近い少し硬い素材の服だが、風通しがよく、水で拭いた身体には丁度良かった。

身体を拭いた水をどうすればいいのかわからないのでイリスに聞こうを部屋を出ると、丁度アリスも向かいの扉から出てきた。


「おはよう、アリス」

「ん…おはよう」


まだ少し眠そうなアリスは寝癖をつけながら目をこすっていた。双葉にもこんな時代があったなーと今は遠い昔を思い出しながら、アリスの頭を撫でる。無意識に撫でていたため、しまった!年頃の女の子に!と思いすっと手を引く。


「あっ…」


とアリスが名残惜しそうに呟くがそれはいつもより小さく、ハジメの耳に届いてはいなかった。そうだ、とハジメはアリスに身体を拭いた水をどうすればいいかを尋ねた。アリスは、ん…と言うとハジメの手を引いて家の外に出る。家の裏に排水口のような穴があり、そこに水を捨てると教わった。アリスに例を言い、水を捨てる。丁度そこでイリスに食事が出来たと言われたので、少し早めの朝食を取る。


朝の仕事に言ってくるといって出かけるイリスを見送り、部屋でごろごろしていると、ノックが聞こえた。どうぞと声をかけるとアリスが入ってくる。アリスが部屋を訪ねてくるのは初めてのことだった。


「どうしたの?」


とたずねても、下を向いて何も答えない。どうしたんだろうと思い、ベッドに腰掛けたハジメは、隣をとんとんとたたき、おいでと言うと、アリスは少し嬉しそうに顔を上げ、ハジメの膝の上に座った。

あれ?とハジメは思う。隣に…ということだったのだが…まぁいいか、と思考を終わらせ、もう一度どうしたのと聞いた。


「お母さん、いないから…」


近くにいても小さな声は、悲しげだった。つまり、寂しかったのだ。イリスの話では両親が亡くなったことも知っているという。もしかしたら父親が恋しいのかもしれない。と思い、ハジメは切なくなった。


「よし、じゃぁ遊ぼうか!」


と少し元気ずけるように大きな声で言うと、アリスはまたほんの少し嬉しそうに、コクンとうなずいた。


遊ぼうか、と行ってみたものの、この年になってハジメはこんな小さな女の子と遊んだとこはない。妹の双葉と遊んだ記憶などほとんどないし、どうしていいかわからなかった。


「えーっと、アリス?アリスは普段何をしてるの?」


何をしていいのか判らないハジメは、とりあえず情報と、アリスに尋ねてみる。


「いつもは…本…読んでる。たまに…」


そう言って言葉を濁す。言葉の続きが気になったハジメはじっと黙る。アリスはそれを言おうか言わないか悩んでいるようにも見えたが、決心したように呟く。


「たまに…魔法の練習…」


今、なんと言ったか。ハジメは言葉の意味を半数する。魔法。ここが違う世界と認識するきっかけになったファンタジー的要素。しかし、カティスやイリスの話によると魔法を使える人は少なく、とても貴重な力だと聞いていた。


「え…ま…魔法使えるの!?」


少し声を大きく出しすぎてしまったのか、アリスが少し驚いたようにしていたので、ごめんと誤ってもう一度聞く。コクンとうなずいたアリスはこちらを見て、


「…秘密…」


と言った。誰にも言うなということだろうか、ハジメが確認すると、コクンとうなずく。しばらくアリスの話を聞いていると、秘密にするといった理由がわかった。


アリスが魔力を持つことがわかったのはアリスが赤ちゃんのころだった。アリスの両親が泣いているアリスが泣きながら無意識に魔力を放っていることに気がついた。イリスやイリスの姉の祖父が魔術師だったらしく、アリスの母親はそれが魔力だと直ぐにわかった。魔法はすばらしい力でもあるが、同時に恐ろしい力でもある。それを知っているアリスの母親はそれを秘密にすることを決め、ベビーシッターを頼んでいたイリスにも伝えた。魔力を持っているとがばれ、貴族や国に目をつけられると、最悪連れて行かれる可能性があったからだ。それを両親が亡くなったあと、イリスから告げられて、今では暇なときにこっそりと練習しているという。


「でも…そんなことおれ…私に話しても大丈夫かい?」


俺と言いそうになるのを慌てて直すと、普通でいいと言われた。無理に変えていたことに気づかれてたこともショックだが、小さな女の子に気を使われたのもショックだった。


「ん…ハジメ…は、大丈夫」


というと、少し微笑む。初めて見たかもしれないアリスの笑顔はとても可愛らしかった。


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