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ただし、使うとズボンが濡れる  作者: 溝のライター
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イリスとアリスと始まりの村

-side とある母親-


目の前で青年が倒れて行く。マンティスの首が飛ぶところから、青年が倒れるまで瞬きすらしなかった女性は、どさっという音にはっとする。呼吸が荒く、包帯らしき箇所からは血が滲んでいる。


「いけないわ…誰かを呼びに…」


と思ったところで、マンティスの屍骸が目に付く。まだ仲間がいるかもしれないと思うと、この命の恩人をおいて村まで助けを呼びにいくことなどできず、母親は困っていた。結局、青年の肩を抱き、二厘三脚のような形で引きずるように歩く。幸い青年は男性にしては線が細かったので、女性でもなんとか運ぶことができた。


しばらく歩き続け、遠くに村の入り口が見えたとき、異変に気づいた村の人が数名駆けつけてきた。


「どうした!イリス!」


そうやって声を掛けてきたのはイリスと呼ばれた母親の昔なじみであるアインであった。アインは村の警備担当で、この時間は門の警備だったようだ。


「魔物に襲われているところを助けてもらって…それよりもすごい熱があるの!早くカディナさんの所に!」


魔物に襲われたということに驚きもしたが、それよりも普段はおっとりしているイリスの剣幕に、アインは慌てて青年を担いでカディナの元に急いだ。それから慌しく治療が行われ、ことの始終を村の長老やカディナ、アインに話したイリスは、しばらく青年の様子を見た後、カディナに大丈夫だからといわれ、娘のことも心配なのでその場を去った。


家に帰ると、帰りの遅い母を心配したのか、熱がある娘がテーブルの上で眠っていた。娘を抱き上げ、ベッドに連れて行き、食事の準備をする。材料にとってきた薬草も加え、そろそろ料理が完成するころに娘が抱きついてきた。


「遅くなってごめんね?アリス…」

「ん…」


ぎゅっとしがみつく様に母親に抱きつく娘を、母は優しく抱きしめ、ご飯にすることをつげ、料理に戻った。

アリスはお皿を並べ、数分後にはおいしいご飯を満足そうに食べていた。もともとあまり話すほうではないアリスだが、食事のときに母親から魔物に襲われたことを聞くと、さすがに驚き慌てた。逆に襲われた母親はおっとりと「ほら、怪我もないわ」とのんびりとしていた。


 「でも―」


と二人の優しい親子が心配したのは、傷つき、倒れた青年のことだった。



-side out-



目を開けると知っている天井だった。いつもの自分の部屋。母親がいつの間にか片付けたのだろうか、部屋は綺麗だった。何してたんだっけ?と思い、あぁ、今日も特にすることはないんだった。と、いつもの日常だと思った。


「一!双葉!朝ごはんよー!」


母親の声が一階から響く。ずいぶん久しぶりに聞いたような気がするのは気のせいだろうか。わかった!と声をかけ、下に降りて行く。隣の部屋にいる妹の双葉が出てこないので、またゲームでもやってるんだろうなと思いリビングに向かう。すでに準備されている食卓に座ると、後ろから母親が双葉は?と声を掛けてきた。


「あぁ…まだ部屋にいたと思うよ。ヘッドフォンしてゲームでもしてるんじゃないかな」


と母を見る。それは、醜悪な顔をしたゴブリンだった。


「ああああああぁぁぁぁ!!」


驚き、慌てて二階に駆け上がると、


「どうしたの?」


と双葉の声が聞こえる。しかしそこには、母と同じ顔をしたゴブリンがいた。





「ああああぁぁぁぁぁ!」


絶叫とともに起き上がる。息が荒い。混乱する頭を、落ち着け、落ち着けと何度も心の中で繰り返す。夢だったのだ。しかし、しばらくはゴブリンの顔が脳裏から離れなかった。


「大丈夫かね?」


そう声を掛けてきたのは、三〇代前半だろうかと思われる女性だった。明らかに日本人ではない顔立ちから数瞬思考が止まるが、聞こえてくるのは日本語だった。


「え?あ…はい」


しどろもどろで答えると、女性はニヤリと笑い、怖い夢でも見ていたのかい?ボーヤ。といってくるが、不思議と嫌味には聞こえず、えぇ、まぁ。と答えるまでだった。


「あたしゃ、カディナ。この村で医者の真似事なんかやっている。自分の名前を言えるかい?記憶がなくなってたりは?」

「いいえ…記憶はあります。俺は…田中一といいます」

 「そうかい。記憶はあるかい。そいつはよかった。にしても、タナカハジメ…変わった名前だね」


女性が勘違いをしていることにすぐに気がついた一は、名前が一で、苗字が田中であることを伝える。どうやらアメリカ風に苗字が前に来るらしい、ならばやはり海外なのか?と一は考える。玄関を開けると海外…なんだそりゃ。と自問自答していると、女性が話しかけてきた。


「じゃぁハジメ、現状を伝えるよ。まずはイリスを助けてやってくれたそうだね。ありがとよ。危うくあの娘のパンケーキが食べられなくなるとこだった」


イリスというのが、巨大カマキリに追い詰められていた女性だと気づくと、ハジメは彼女が助かってよかった…と安堵した。


「いえ、あの女性が助かってよかったです。それにたぶん、俺も助けてもらったんでしょうし…」


治療された後が見える自分の身体を見て思う。あの場には彼女しかいなかった。彼女がきっと助けを呼んだりして自分を助けたのだろうと。


「よくそんな身体でマンティスなんて倒せたね?どこかのギルドに所属している冒険者かい?それよりもその傷、もう少しでやばかったね…腕がなくなるところだったよ」


と、物騒なことをいいつつも、ニヤリと笑う。おそらくはそれがデフォルトの笑い方なんだろうと決め付け、ハジメはまた思考の波に飲まれた。

マンティスというのはおそらくあのカマキリのことであろう。それにしてもギルド?冒険者?いったいなのことだ?と、考えにふけっていると、


「カディナさ~ん、いませんか~?」


という声が聞こえてきた。


「おやおや…噂をすれば…イリスが来たみたいだね。入っておいで!」


と玄関先にいるであろうイリスに声をかける。お邪魔しますという声と足音が聞こえてくる。あのとき助けた金髪の女性は、近くで見るととても綺麗な顔立ちだった。


「カディナさん、彼目が―」


といったところで、ハジメはイリスと目が合う。しばらく両者が止まっていると、さっき目が覚めてね、とカディナがイリスに伝える。

そうだ、お礼を言わなきゃ、と思っていたところに柔らかくていい匂いのする何かが身体を抱きしめた。


「え…ちょ…」


イリスがハジメを抱きしめていた。目には涙をため、抱きしめる腕は少し震えていた。涙声で、何度も「良かった」、といっており、それを聞いたハジメは、何も言えず、抱きしめ返すことも出来ず、ただ呆然としていた。


しばらくして、ニヤついて見ていたカディナがようやっと助け舟を出す。


「ほらほら、イリス、彼が困っているぞ」


そう言われて、あぁ!飛び退く。少し残念だったな、と思っていると、それを見透かしたようにカディナがニヤついてくるので一瞬で直した。


「ご…ごめんなさい。嬉しくて…」


と、まだ目に涙をためていうイリスはとても綺麗で、ときめいたのは秘密である。

互いに自己紹介をし、お礼合戦を始めたところでカディナが今日のところは、と、イリスを家に帰す。とりあえず二、三日はここで休めと言われ、ハジメは言葉に甘えることにした。考えることは山のようにある。それらを冷静に処理するために、カディナの好意はありがたかった。痛み止めや可能止めの薬を飲むと、程なく眠気が来てとりあえず身体を休めることにする。


次の日から情報を集めるために動く。といっても精々カディナやイリスとの会話をするだけであった。本を見たのだが文字が読めなかった。アルファベットでもない文字で書かれたそれは、今まで見たことも無いものだった。


すっかり身体の調子も戻り、傷も痛むが行動に支障がないほど回復した。

これまで集めた情報を考えると、ここは日本ではなく、少なくとも地球ではないことが判った。集まった情報はすくないが、『魔法』というものが存在することを聞いたとき、それは確信に変わった。


『魔法』『魔物』、この世界に存在し、地球ではありえない空想の話。しかし、これが現実であることを嫌というほどしっているハジメは、納得するしかなかった。


果たして自分の世界に返れるのか、と悩む前にもっと切実な悩みが出来てしまった。カディナが、退院しても良いというのだ。治療費はいらないとまでいってくれるのは大いに助かるのだが、この世界のことをほとんどしらないハジメにとって、ここから出ることは大変厳しかった。かといってこの村にいきなり住めるものなのか考えていると、ちょうどイリスが見舞いにやってきた。彼女は毎日見舞いに来てくれていたのだ。


退院できることを告げると、彼女は自分のことの様に喜んだ。イリスに娘がいる話を聞いた昨日は驚きのあまり大声を上げてしまったが、目の前で無邪気に喜ぶイリスを見ていると、とても人妻とは思えなかった。


お礼もしたいし、娘にも会ってと言われたので、悩むまでも無く好意を受けた。これで一泊考える時間が増える。と少し邪な考えもあった。カディナにお礼を言い、これからイリスの家に行くことを告げると、いつものニヤリとした顔で、


「元気になるやつがあるのだが…飲むかね青年」


と耳元で言われたので、丁重にお断りをした。


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