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ただし、使うとズボンが濡れる  作者: 溝のライター
2/14

イリスとアリスと始まりの村

 ゴブリン退治の準備を終え、宿に帰る頃には夜になっていた。ベッドに入り、明日に備えて休むことする。その晩、ハジメはこの世界に来たときの夢を見る。


 


 「は?」


「エデン」での第一声である。


金無し、定職なし、彼女無し。見事に三拍子そろった25歳、それが田中一であった。

残り少ない金で派遣の仕事をこなしつつ、親のスネをかじりつつ生きてきた一、一応定職に就こうと探してはいるものの、妙なプライドが道を阻め、就ける仕事にも就けずにいた。

なんとか面接までこぎつけた仕事が見つかったのは三日前、履歴書やその他諸々を買い込むために百円均一のお店に出かけた帰り。まさに玄関の扉を開け靴を脱ごうとして足元が草になっていることに気がつく。


「え?あれ?」


確かに玄関を開けたよな、と思い振り向く。そこに扉はなく、ただただ森が広がるだけだった。

まったく何が起こったのか判らない状況に、一は混乱するが、十分ほどすると周りを見渡す程度の冷静さを取り戻した。


「そうだ携帯!」


ポケットから携帯を取り出し、誰かに連絡を取ろうとするが、電波を受信していなかった。その場にへたり込む。手には百円均一で買った菓子パンとジュース、カッターにボールペン、履歴書、自販機で買ったタバコが入っている袋があるだけだった。


ギャッギャッギャ…と遠くで何かの泣き声がする。鳥だろうか、日本には狼なんかはいないけど、熊ならいる。今出会うと死ぬかもしれないと思った一は、とりあえず身を隠せる場所を探そうと動くことにした。


周りを警戒しつつ森を進む。巨大な木々が当たり一面に広がっており、前に進んでいるのか、後ろ意進んでいるのかまったくわからない状況。木漏れ日からまだ日が昇っていることは判るが、あたりは薄暗い。

どれくらい歩いたのか、目の前に道らしき跡があった。獣道のような感じもするが、あきらかに人の手がはいっている。この道を進めば人に出会えるかもしれない。希望が見えた一の足取りは軽くなる。それからしばらくすると一本の巨大な木があった。巨大な、あまりにも巨大な木。幅だけでも三十メートルはあるだろうか。真ん中には人が入れそうな穴があり、奥は見えない。警戒しつつも、一は穴に入る。


「獣臭はしないし…今日はここで休むか…」


あたりの暗さが増したことで、穴の中で野宿することを決める。穴の中は六畳ほどの広さがあった。本当にただの空洞で、地面も砂だった。

そこらに落ちている枯木を拾い、穴の外で燃やす。履歴書に火をつけて種火にした。


いつ食料や水にありつけるともわからない一は、ちょっとだけパンを食べ、ジュースを飲んだ。

入り口付近に火を持ってきて穴の中に入る。どのくらい歩いたのかわからないが、疲れていたせいか、直ぐに睡魔は襲ってきた。朝起きたとき、自分の部屋で起きることを期待して。


次の日、起きるとやはり穴の中だった。


「マジかよ…」


落ち込んだものの、携帯で時間を確認すると、八時十分になっており、電波は相変わらずなかった。

外は昨日よりも明るく、幻想的な森を照らしていた。


昨日見つけた獣道は太陽の方に向かってあり、一はその方角に進んでいく。三時間ほど休憩を挟みながらも歩いただろうか、遠くの方で何か音が聞こえた。それは聞き取れない外国語のような音に聞こえた。木の陰に隠れながら音のする方を伺うと、そこには見たことのない生物、否、見たことはあるが、現実には存在しないはずの生物がいた。


ゴブリン…ゲームなどにより見た目は少々異なったりするが、まさしくゴブリンがそこにはいた。数にして三体。一メートルないくらいだろうか。三体は顔を向かい合って、会話をしているようだが言葉が聞き取れない。


生唾をゴクリと飲む音だけが一には聞こえる。なんだこれは?夢か?と自問自答を繰り返す。焦りが不幸を呼んだのか、ゴブリンの一体と目が合う。


「ギギャーーーー!」


こちらを指差し、腰に差していた錆びた刃物らしきものを取り出す。三体は同時にこちらに走ってきた。


「ひっ…っ」


背を向けて走る。初めて浴びる殺気に恐怖しながら、しかし、死にたくない一心で。あれらは自分を殺しに来ている。ゲームやアニメではない。現実なのだ。


死にたくない一心で全力逃走を試みるが、これまでまともな運動をしたことのない一の体力は直ぐに尽きた。幸い運動の苦手な一でも振り切ることができたのか、後ろにゴブリンの気配はない。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


息も絶え絶えに、木に座り込む。先ほどの恐怖が頭をかすめ、自分の体を恐怖で押しつぶされないように抱く。


怖い…


なんで俺が…


ここはどこなんだ…


昨日から怒る分からないことだらけの字体に、誰にぶつけていいのかわからない怒りが、恐怖を通り超え爆発する。


「やってやる…こうなったら…あいつらを…殺られる前に殺るんだ…」


この時、一は少し混乱していたのかもしれない。心のどこかで、まだこれが現実のことではないと、夢の世界のことなのだと考えていた。


足元に落ちていた一メートルほどの枝を拾いあげる。見よう見まねで剣道の構えをとり、一振り。重くなく、軽くなく、ヒュンと木の枝は弧を描く。


「ははっ…初期武器はひのきの棒か…」


自嘲気味に呟き、来た道を戻る。ゴブリンを探すのだ。

ポケットにはカッターナイフを入れ、残りの物が入った袋はジーパンのベルトに縛りつけた。ゆっくり、気配を殺すように進んでいく。


やたらと喉が渇く。ジュースを一口飲もうかと思ったとき、ゴブリンが二十メートル先に見えた。こちらには気づいていない上、一体だけだった。

千載一遇のチャンス。一は覚悟を決め、ゆっくりと、後ろから近づく。ゲームと同じなんだと自分に言い聞かせながら。


「あああああぁぁぁぁぁ!!!」


気合の叫びとともにゴブリンの頭に向かって木を振り下ろす。全力で振った木はゴブリンの頭を捕らえ、嫌な手ごたえとともに半分に折れた。


「あああぁぁぁ!!!」


半分になった木の棒でなんども殴る。絶命の声はなかった。返り血を浴びたところで我に返った一は暗い笑いを浮かべた。


「ははっ…なんだ…こいつら弱いな…」


熱いと感じたのはその瞬間だった。左の二の腕が異様に熱い。否、熱いのではない、痛いのだ。


「がぁ…!」


叫びながらもその場から慌てて離れる。振り返ると、自分の血がついた凶器を構えたゴブリンが一体、まるで笑っているかのように叫んでいた。


「くそっ…」


痛みで頭がいっぱいになるが、今は目の前の敵を殺すことだけを考えた。木の棒は無い。逃げるときに倒したゴブリンの近くにおいてきたのだ・

ポケットにあるカッターを思い出して取り出す。カチカチと、刃を半分ほど出し、ゴブリンに向けた。


ギャッギャと奇声を上げながらゴブリンが突っ込んでくる。そんなに早くない。避けられると思い、避けようとするも身体が思うように動かない。刺された痛み、ショック、初めての戦闘で身体が硬直していたのだ。

紙一重で避けることに成功するも、服と腹の皮一枚を切られる。二の腕の痛みに比べたらそれほどでもないダメージだったが、一は怯む。

どうすればいい。どうすればゴブリンを屠れるのか。お互いの得物は同じような大きさ。なら、使い手によって勝敗は決まる。


先に動いたのはまたもゴブリンだった。相変わらず同じ動きで一を殺しにくる。今度は避けることが出来た一は、地面の砂を握り相手に投げつける。それがうまいこと目に入ったのか叫びながら目をこするゴブリン。この好機を逃さないと一は後ろに回り、背中を切りつけた。

百円均一のカッターとはいえ、なんの抵抗もなく振りぬくことができた。


「ギャアアアアア」


ゴブリンが叫ぶとヨタヨタと一に背を向け倒れる。しばらくそれを見続け、ゴブリンがちゃんと死んでいることを確認した一は、吐いた。ほとんど胃液だったが、痛みが現実を呼び戻し、生物を殺したことに吐いた。


しばらくボーッとしていたが、先ほどの戦闘で仲間が来るかもしれないと思った一は、どこに進んでいるかもわからないまま歩いていった。


誤字脱字があれば教えてください。

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