プロローグ
「おめでとうございます。これでハジメ様はランクDにアップしました」
受付嬢のお姉さんが営業スマイルを浮かべ、ランクが上がったことを告げる。
俗に言う「冒険者」を始めることになり、苦節三ヶ月。この世界、「エデン」に来てから約半年目のことだった。
「報酬はギルドカードに振り込んでおきます。早速新しい依頼を受けますか?」
「いや、やめておきます。今日はゆっくり休みたいので」
お疲れ様でした、という受付嬢の声を背に、ハジメはギルドから出る。時間的にはまだお昼過ぎだからか、街は人で溢れ返っている。あちこちから威勢のいい呼び込みの声が聞こえる。
「ランクDか…。」
そう呟きながら、自分のギルドカードを見る。そこには、日本語ではない文字で名前とギルドランクが書かれている。
ハジメ=タナカ D
銅を原料にしたのかと思われる茶色のカード、ここでの身分証も兼ねている。言葉は通じるのに文字が読めないのはこの世界に来たときから変わらない。日常会話程度ならなんとか読めるように勉強をしてきた。
「そろそろお金も溜まってきたし…村に一旦戻ろうかな…」
適当な店に入り、お昼を済ませながらハジメは考えていた。この世界にいつの間にかたどり着き、路頭に迷っていたところを偶然が重なりお世話になることになった村。小さな村だが、ハジメにとっては恩のある村だった。
「よし、ランクDの依頼ってのを受けて、それから村に帰ろう」
そう結論を出し、ハジメは来た道を戻る。先ほどより少し人が少なくなったギルドに入り、依頼掲示板を見る。そこにはランクEからBまでの依頼が壁一面に張り出されている。
ランクA以上の依頼はその町のギルド長の下にあり、依頼達成ができる者にしか依頼されないという。
「ん~…ここはやっぱり街の中の依頼を受けたいんだが…討伐系は危険だしな」
なるべく安全な依頼を探すが、討伐系以外見当たらない。ハジメはランクEの頃から、比較的安全性の高い町での雑務を多く受けてきた。
「この世界では命の危険が常に傍にある」
これが、この半年で学んだことである。地球とは違う。日本とは違う。そんな世界に来てしまったのだ。
仕方ない、と一枚の依頼を受けることにする。壁から紙をはずし、受付に持っていく。先ほどあった受付嬢がいつもの営業スマイルで応対する。
「ランクD、ゴブリン討伐ですね。補足情報ですが、一体ゴブリンリーダーを見たという情報があります。リーダーは必ず討伐してください。よろしいでしょうか?」
ゴブリン自体はランクEの冒険者でも討伐可能なモンスターであるが、リーダーがいると、徒党を組み、群れる。そうなると少し厄介になる。ランクEの冒険者…賭けだしではつらくなるので、ランクDに位置されている。
ハジメはゴブリンやゴブリンリーダーと戦うのは初めてではなかった。まだ冒険者になる前、村にいた頃に一度村人と一緒に戦っているのだ。あの頃の自分よりは強くなったからいけるだろう、と判断し依頼を受ける。
「時間を掛けるほど依頼達成が困難になる恐れがありますので、できるだけ早く処理をお願いします」
「わかりました。今から準備して行ってきます」
「お待ちください。僭越ながら申し上げますが、ハジメ様は今日ランクEの依頼をこなしたばかりです。今日一日はしっかりと休んで、明日以降任務を行ってください。そちらのほうがハジメ様の生存率が上がります。」
思わぬ提案に一瞬ハジメはポカンとするが、受付嬢の営業スマイルとは違った微笑に、はい、としか答えられなかった。
ギルドを出て、今日一日掛けて準備をするか、と道具屋に向かおうとしたところで、ハジメに声を掛けてくる大男がいた。
「よう!景気はどうだ!ハジメ!ガハハハハ」
二メートルはある長身、それに見合うだけのがっしりした体格、背中にはハジメほどの大きさはゆうにある巨大な斧。しかし顔は愛らしい熊。獣人族のバルカンだった。
「バルカン…ランクがやっとDに上がったとこさ。バルカンこそ…仕事上がりか?」
「ガハハハ!あぁ!ちょっと人食い熊をな!このワシが熊退治なんぞ!笑えるだろ!ガハハハ!」
人食い熊…ランクB以上の依頼で見かけるモンスター、岩の様に硬い皮膚を持ちながら素早い動きで人を襲う害獣である。
「さすが『旋風』ともなると、ギャグにキレがあるな」
ランクがBにもなってくると、異名や二つ名をつけられてきたりする。巨大な斧を振り回しながら敵を圧倒するバルカンにぴったりな二つ名だと、ハジメは思っているのだが。
「ガハハハ!やめろぃ!そんなこっぱすかしい呼び方は!」
少し嬉しいのか耳がピコピコしてるのが外見に似合わず可愛い。
「俺は明日ちょっとゴブリン退治だな。今から準備さ」
「ガハハ!そうか!ゴブリンといえども油断は禁物だな!まぁ、主ならば問題ないだろう!ガハハハハハ!でわな!今度飯でもいこうぞ!!ガハハハハ!」
のっしのっしとギルドに向かっていくバルカン。冒険者になって一月ほどのころ、森でバルカンとは出会った。詳しくは、見たことないモンスター二体と戦闘中のバルカンと、安全と思って近くの森に薬草を取りに来ただけのハジメが出会った。
そのモンスター一体がこっちに気づいて、襲い掛かってきたので全力で後ろに後退したが、それでも襲ってくるので、誰もいないことを確認しつつ、仕方なしに、本当に仕方なしに魔法を使って倒す。ずいぶんあっさり倒れたことから、ランクCあたりのモンスターかと思い、その後さっきの場所にもどると、斧で倒したのであろう同じモンスターとバルカンを発見する。さっきのモンスターは、と尋ねられたので、倒したと答えたハジメに少々の驚きの表情で表したバルカン。街に戻るまでには二人は打ち解け、夕食を共にする仲になっていた。その後からか、バルカンが無駄にハジメのことを買う様になったのは。当時ハジメはランクE、バルカンはランクBに届きそうなCといったところで、ランクCあたりのモンスターをランクEのハジメが倒したことを買っているのかと思い、特にハジメは何もいわなかった。魔法のことは内緒にしておきたかったのである。
「エデン」では魔法は存在する。千人に一人ほど、魔力を持って生まれる子供がいる。その力の大小はあるが、一般的に魔道士、魔法使いと呼ばれ、ギルドに所属していたのなら、最低でもランクC程度のモンスターなら倒すことができる。魔力を持つものの多くは城に使えたり冒険者をしているが、魔法には制約があった。その制約は人によったり、魔法の属性によって変わるが、ほとんどの人は「魔力を消費する」である。中には、魔力消費が少ない代わりに「寿命を削る」という人もいたり、本当に珍しい人だと、「使うたびに髪の毛が減り、髪の毛の数だけ魔法が使える」という人もいたりするという。この世界では「神の悪戯」と呼ばれる現象であった。
話は変わるが、このハジメという男、そんなに口数が多いこともないが、それなりにプライドの高いところがある。理系で、運動は苦手、といったところか。しかし、ギルドでは剣士として通している。なぜか。
この世界に来てしばらくたったとき、ある事件を境にハジメは魔法を使えるようになった。しかも魔力消費は限りなく少ない。ハジメ自身に膨大な魔力があるわけではないが、消費が限りなく少ないことを見ると、これはすごいことである。しかし、魔法制約、「神の悪戯」により、プライドの高いハジメは初めて魔法を使って依頼、人前で魔法を使うことを一切することはなくなった。
ハジメの魔法制約。それは、「使うと、ズボンの股間の辺りが濡れる」というものであった。