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あなたを忘れない

作者: 霧島玲斗

今日は、待ちに待った「あの日」だ。私は、この日のことをずっと楽しみにしてきた。特別な日だから、普段はしないイアリングをつけてみた。彼は気づいてくれるかな……まあ、気が付かないと思うけど。

 ふと、窓の外を見る。空はきれいな青空が広がっているが、ところどころ黒い雲が見える。天気予報は、午後から雨。少し心配だから、今日は傘を持っていこう。そう思いながら、私は洗面所へと向かった。


 待ち合わせは、いつもの駅前。確か、この壁時計の下で待ってると言っていた。今は九時半。時間まで、あと三十分もある。少し早く来すぎたみたいだ。

『少し遅れる』

 彼からのメールが届く。どうせ、寝坊でもしたのだろう。『急いで来てね』と返信をし、早く来ないかな、と私はソワソワしながら時計の下にあるベンチに座る。人間っていうのは本当に不思議だ。何かに集中しているときはすぐに時間が過ぎていくのに、何もしないでいると、時間が立つのがすごく遅く感じられる。

 彼が来るのは明らかに遅い。時計の針は、もうとっくに十時を過ぎている。駅を降り間違えたのかな。と考えている私の頭の中を、彼は来ないかもしれない、という嫌な考えがよぎる。いいや、そんなことはない。そうだ、私が考えすぎているだけなんだ。昨日の夜だって、今日のことを考えるだけで眠れなかった。そのせいで、私は寝不足なんだから。

「おまたせ」

 その言葉に、私はハッとなって顔を上げる。でも、そこにいたのは彼じゃなく、私の全く知らない男性。

「もう!遅かったんだから!」

 そう言って彼の元へ駆け寄っていったのは、男性の彼女だと思われる若い女性。苦笑いしながらも謝る男性。怒ってはいるが、とてもうれしそうな表情の女性。私には、二人はとてもお似合いだと思った。その後、二人は手をつなぎ、そのまま駅のほうへと歩いて行った。なんだかとてもうらやましい。私は、携帯電話の画面で時間を確認する。もう、一時間も待っているのか……。彼に何かあったのだろうか。そう思うと同時に、私は無意識的に彼の電話番号を打ち始めた。


プルルルル…… プルルルル……


 電話はつながらない。私は肩を落として、空を見上げる。今にも落っこちてきそうなくらい、どんよりとした黒い雲。ぽつり。と、私の頬に水滴が落ちる。ああ、雨だ。私は、小さくため息をついた。


 結局、彼は来なかった。私は一人、毛布にくるまる。右手には、携帯電話。画面には『どうして来なかったの』の文字。こうなるってことくらい、わかっていたはずなのに。彼が来なかったことに悲しんでいる自分の奥に、やっぱりね、と思っている自分がいる。それが、一番悲しくて、私は毛布に顔をうずめる。そういえば、私の誕生日のことも、彼は忘れてしまっていたっけ。私はちゃんと、彼の誕生日も、今日のことも覚えていたのに。




ねえ、私たち、なんで付き合っているんだろうね。




ピリリリリリ! ピリリリリリ!


いきなりの電子音に、私の心臓は飛び上がった。慌てて、手元の携帯電話を確認する。画面の中には、知らない番号。私は、恐る恐る通話ボタンに手を伸ばした。


◇ ◇ ◇


「で、その後は?どうなったの?」

 私の友人、奈美子がドンッと机に手を置き、顔を私に近づけてくる。いくら気になるからって……さすがに近いよ。私は、彼女の顔を押し戻してから、机に置いたコーヒー缶に手を伸ばす。飲みかけのコーヒーを一口すすって、私は少し落ち着いてから、彼女に話の続きを話し始めた。

「あの時、私にかかってきた電話は……」

「おーい、美穂ー」

 私が話し出そうとした瞬間、遠くのほうから私を呼ぶ声が聞こえてきた。きっと、もう行く時間なんだ。時計の針は、もうすぐ十時だ。でも、まだ奈美子に話していない。私が戸惑っていると、彼女は、「行ってきなよ」と、言って、呼び声のした方向を指さした。

「行かないといけないんでしょ?彼の所」

 涙が出そうになった。私はそれをぐっとこらえて、彼女に「ありがとう」と言うと、美奈子はニコリと笑って、早くしな、と言わんばかりに目配せをしてきた。私は、美奈子にもう一度「ありがと」と言って、席を立った。



 あの時、かかってきた電話は、彼の母親からだった。その時に、私が聞いたことは――



「会いに来たよ……(けい)

 今、私の目の前にたっているのは……私よりも少し背の低い、





墓石だった。



 彼は、私に会いに来る前、トラックに轢かれて死んだ。スマートフォンを操作しながら走っていたらしく、直前までトラックが来るのに気が付かなかったらしい。

 彼の母親から聞いたのは三つだけ。彼は、父親が経営する店の番を、どうしても断れずにいたこと。店番が終わり、私から着信が来ていたことに気が付いた彼は、着替えもせずにすぐに家を飛び出していったこと。そして、彼が私宛に一輪の花を買っていたこと。

 事故当時、彼が持っていたスマートフォンからは、書きかけのメールが見つかったという。宛先は、私。

『遅れてごめんな。すぐ行くから。

 美穂、だいs』

 その時、私は初めて、彼がこんなにも私のことを考えてくれていたことを知った。彼の母親いわく、彼はずっと私の事を考えていた。言ってくれなきゃわからないのに。散々無視しておいて、勝手にいなくなって。私にこんな思いばっかりさせて……

「バカ、圭。……好きだよ」

 私は墓石をやさしくなでる。この、たった一言が届かなくなるなんて。彼が生きている時ですら、言えなかった言葉だというのに。

 青空が広がる下、私は一輪の花を墓の前に供えた。その花は、彼が私に贈ろうとしたのと同じ、シオンの花。彼が私にこの花を贈ろうと思った理由は、もう聞けなくなってしまったけれど、私はこの日を絶対に忘れないだろう。だって今日は、あの時と同じ、特別な日。私たちが、お互いの気持ちを伝えあい、分かち合った日。そして、シオンの花言葉、それは―――――

初投稿です。拙い文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  幸せそうなのは、見た目だけかもしれません。 [一言]  優しさを伝えてくれる異性に限って、傍からいなくなります。
2016/01/15 07:42 退会済み
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