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霧雨route1

 時刻は、12:30昼時だ。俺の持っている金額は2000円だ。さっきお金は持っていないとかいったが、あくまでも自宅に帰るのには2000円では足りないだけだ。この学園にはいくつかの飲食店がある。和洋折衷よほどの高級食材でもない限り大抵の物は取り揃えられている。ここで一つ問題がある。今は昼時だから芋洗い状態で人がごった返している。まあ、過剰表現なのだけど、机が空いていないことには違いない。空いてから座ればいいと思われるだろうが、俺は嫌でも注目を集めてしまう。食事ぐらいゆっくりと楽しみたいものだ。


 「人があまりいない店を知らないか、積よ」


 俺の問いかけに積はあきれたような表情をした


 「はあ、楽よ。人付き合いが嫌いだからと言って俺を巻き込むな。俺の昼食の時間がなくなる」


 「色々な裏事情を知っている積なら穴場を知っているんじゃないかと思ってな」


 積は、学園一の事情通である。


 「あえて挙げるとするなら、学園の森の中にある。和カフェが相応しいだろう」


 「そんな店あったか?」


 俺が来なかったうちに店が増えていたようだ。


 「最近わざわざ学園に許可まで取って開業した生徒がいてな、限られた人しか存在を知られていない。まさにお前に打ってつけの場所だ。行くか?」


 「ああ」


 俺たちは、森の中に進んだ。森を進むと、小民家のようなたたずまいの古めかしい家があった。


 「ここが、和カフェだ。因みに、俺たちのよく知る人物が営業している」


 扉を開けると、外装とは裏腹に茶室のように中はきれいにリホームされていた。


 「やってるか?」

 

 「ハーイ。ちょっと待っててね」


 積が挨拶をすると奥から着物にフリフリの装飾をした服を着た女性がやってきた。その女性は、友達の霧雨扇だった。


 「積くんが来るなんて珍しいね。わあ、楽くんも来てくれたんだ。今日のおすすめは、なににしようかなー。男の子だからがっつり食べたいだろうし、きめた。ぜんざいと惣菜おはぎがおすすめだよ」


 「因みに、惣菜おはぎってなんだ」


 惣菜のおはぎなら、スーパーとかで売っているあれだが、惣菜おはぎとなるとどんなものか見当もつかない。

 

 「おはぎのいうのはお米をアンコで包んだ物だけど、私的には食べにくいから逆にお米で包んだ方が好きなわけ。それから連想してアンコの代わりにおにぎりの具が入っていたら面白いと思わないかな?」

 

 「それで、具はなんだ?」


 斬新なアイデアの料理の味を決めるのは、食材が6割、味付け調理法が4割占めている。完全な持論だが、これが間違っていた事はない。合計して6割以上なら普通に食べれるもの、3割以上で食べれなくはないもの、それ以下は下手物だ。詳しくは、それぞれの相性があるが今回は省く。


 「冷たいねー。無視しないでよ。使っている具は、……企業秘密です!」


 なぜだか知らないが背中に悪寒が走る。急に食欲が無くなってきた。


 「主食として、そのおはぎを2人前とデザートとしてぜんざいを2人前くれ」


 おいおい積よ。正気なのか? 

 よくわからないものだから1人前をシェアして試すならわかるが、疑いもせずに俺の分まで注文しやがった。


 「心配するな楽よ。霧雨一族は皆、生半可なものは作らない。味は保証できる」


 「心配しなくても、私は美味しいと言えるものしかださないよ。霧雨家の誇りがあるからね」


 扇の顔は真剣そのものだ。流石にその思いを蔑ろにはできない。


 「分かった。こちらも吟味させてもらう」


 「注文を承りました。霧雨家の恥にならないように用意させて頂きます」


 扇は厨房に戻った。俺たちは畳の上テーブルの前に座った。

 それにしても、何故扇が店をやっているのだろうか? 霧雨家は老舗の伝統工芸品製作所だから、お金に困っているはずはない。むしろ、金持ちだ。

 そう思っていると、積が語り出した。


 「霧雨家は代々男性が継ぐ事になっている。そんな家に産まれた扇は、一族の中で子どもを産むこと以外には一切の価値はないと言われていた。子どもにとって一番つらいのは存在を認められないことだろう。

 扇は、何かを成し遂げて霧雨家の人間として認められたい。そのために店を開いたのだろう。俺の勝手な憶測だから真に受けるなよ」


 積は嘘を言わない。この話は本当だろう。友人の俺だから分かるが、つまりは今言ったことは真実だが知ったからといって接し方を変えてはならない。そんなところだな。

 15分ほどたったか。厨房から甘い香りが漂う。


 「この匂いは……、面白い。餅米を使っていない。それだけじゃないな。半殺しと皆殺しを別々に用意している。言っておくが、お米の潰し具合のことだからな」


 積は鼻がよくきく。積ほど空気を実際に読める人はいないだろう。

 それから10分経過した。正直に言って遅い。遅すぎる。ファーストフードではないのは承知の上だが時間がかかりすぎている。店というのは時間短縮のために、仕込みというものがある。


 「出来立てが最も美味しいか、良いこだわりだが、事前に仕込んだ方がいい場合だってあるよな」


 積の言う通り、出来立ては旨いのは周知の事実だが、客を待たせすぎると店としては、あまりよろしくない。

 

 「お待たせしました。惣菜おはぎです」


 扇はお皿を二枚にそれぞれ5つのおはぎを載せてテーブルの上に運んだ。


 「デザートは後で持ってくるからね」


 扇は再び厨房に戻った。

 待ちに待った昼食だ。


 「「頂きます」」


 おはぎとは名ばかりで、実際はおむすびだ。ご丁寧にパリパリの板海苔で巻いてある。色も形も遠目にはおむすびにしかみえない。一つだけ言えることは、積の言っていたように、米の潰し具合が二種類あるということだけ。

 見た目は以上のところで区切りをつけて実食しよう。

 俺は一つ口に含んだ。

 これはなかなかだ。餅米がうまい。口の中でお米本来の甘さにアクセントの食塩が味に締まりを生み出している。この中には一体何が入っているのだろう。再び口に運ぶと葉の物の野菜のような味と鰹節の旨味が口の中に広がった。こいつはほうれん草のおひたしだ。日本の食卓において、ほうれん草のおひたしは嫌いな人はいなく(※個人の主観です)、よく食べられているのだが、こいつは料理の主役にはなれなかった。小鉢料理なのだ。こいつを中に入れることで、料理としての格をあげることができ、サブメニューからメインメニューにまでランクアップする事ができた。これは革命的だ。気に入った。

 さっき食べたのは半殺しだったから今度は、皆殺しを頂こう。皆殺しというだけあって米の食感は無く、餅のような食感だ。先ほどと比べると薄味だ。塩気がまるでない。さっきのと比べると満足感が少ない。扇の作る物だからこれだけじゃ終わらないだろう。もう一口食べると、ぬめりのある食品が入っていた。これは昆布巻きだ。中身はニシンのようだ。昆布巻きは祝い事の時食べられるものだ。祝の席では他にも料理があり、見劣りしてしまう事がある。だが、こいつは旨味の扱いが上手い。昆布巻きの中のニシンは元は乾燥していて、水分を吸収できる。昆布の旨味を全ては吸い込んでくれないが、アルギン酸のおかげで吸収されなかった旨味もコーティングしで中に封じ込めてある。だから、この味気ない餅米に大変よくあう。

 ああ、こういった食べ方があったとは知らなかった。

 そして俺たちは皿の惣菜おはぎを平らげた。


 「良い食べっぷりだったよ。どう、おいしかった?」


 「斬新ながら、素晴らしい味だったよ」


 「右に同じく楽と同意見だ。この味なら学園中に店を紹介してやってもいいぞ」


 「気持ちはうれしいけど、この店には限られた人にしかきてほしくないんだよね。私って女が嫌いだからね。本当に大嫌い」


 扇の機嫌が悪くなってきた。何とか状況を立て直さないと気分が悪い。


 「ところで、デザートはまだかな。食べ終わったから持ってきてくれるだろうか?」


 「忘れていた。ごめん、ごめん。そろそろ冷えてきたから持ってくるね」


 扇はウキウキしながら厨房へ戻っていった。


 「やけに情緒不安定だな扇は」


 「扇は別に不安定でも何でもないからな。楽と会話をすると誰であれリラックス効果がある。それが花園が言ってハーレムの香りの影響だろう。そんなものなくても、楽を嫌いな女子は学園中にはいないからどの道同じことだろう」


 「俺はめったに学園に行かないのに何でそこまで評判が良いんだよ」


 「あえていうならミステリアスなところが良いんだろう。お前は色々な顔を持っているからな。ゲーマー、動画クリエーター、アフィカス、他にも色々あるだろう」


 「アフィカスって言うなよ。せめてアフィブロガーと呼んでくれ。無断転載だけで自分では何も書かないカス共とは違って、こっちの記事は全てオリジナルで書いてるんだからな。お前だって裏家業で違法スレスレの金貸しやってるんだから」


 「おい、楽。アフィリエイト収入にはリスクはないが、金貸しは収益がマイナスになることがある。断じて気楽に出来るようなものではない。憶えておけ」


 積はドスの利いた声で語った。


 「お、おう」


 いつもと違う様子に俺は腰を抜かした。


 「お待たせしました。デザートのぜんざいです。自由にしてもらって構わないけど、食べ物を触った手で畳にあまり触らないでね」


 注意されてしまった。


 「溶ける前に食べてね」


 扇の言っている事が正直わからない。ぜんざいと言ったら、小豆をドロッドロになるまで煮詰めた料理のはずだから溶けるも何も初めから溶けているはずだ。

 上体を起こしてテーブルを見るとキラキラとした輝く氷を盛った物があった。それを見て俺は一言。


 「かき氷じゃねえか」


 そういった後部屋が静かになった。

 なんだか気まずい。


 「かき氷にしか見えないんだが、これがもしかしてぜんざいか」


 俺は扇に聞いてみた。


 「たぶんだけど、楽は温かい方のぜんざいをイメージしていたのかな? これは、沖縄の方で食べられているぜんざいだよ。確かに名前からじゃどっちのほうが判らないもんね。これは改善点だなー。ひとまずそれはおいておいて、食べてみてよ」


 かき氷にスプーンを刺すと何かにぶち当たった。その正体は金時豆だった。ぜんざいを名乗るだけあって甘い豆を使っている。納涼にはもってこいだ。だけど、先ほどの品と比べると独創性の欠片もない。言っておくが、味の方は申し分ない。ただ、扇らしさがない。扇は凝り性だというのにまるでレシピをそのまま使ったようなつまらない物だ。


 「普通だ」


 俺は本音を漏らした。


 「今なんていったかな?」


 聞き間違いだと思った扇は俺にもう一度言って欲しそうな顔をして弱々しくつぶやいた。

 

 「もう一度いう。普通だ。何の変哲のないつまらない物だ」


 俺がそう言うと扇は、着物をはだけてさらし姿になり、部屋に飾ってある短刀を手に取り鞘を畳の上に捨て俺達の前に正座で座った。


 「一族の恥を償う為に、けじめをとらせて頂きます」


 扇は逆手に短刀を握り自身の腹に向けて構えた。

 おいおい正気か? ただそれだけのことで切腹をするのか。何とかして止めなくては。


 「扇、刀をしまってくれ。俺は確かに普通だといった。それは嘘じゃない。だが、愛情は詰まっていた。料理に最も必要な香辛料は愛、つまり食べる人の事を考えて作る事だ。この店にはメニューがないのはそういう理由何じゃないかな?」


 扇は短刀を畳の上に落とした。


 「そうだよね。私が自分でこだわっていたことなのに、そんな事すら忘れていたなんて……何だか恥ずかしくなってきたよ。気のせいか体温が上がってきたかな。それに心臓がドキドキしてきたよ」


 「そりゃあ裸でいるからな。当然だろう」


 扇は改めて自分の姿を見ると、顔を真っ赤にして黙り込んだ。

 俺に何か失言したような気がするが気のせいだろう。


 「君は惜しいことするね。もう少しで攻略できたというのに。本当に惜しかったよ」


 声が聞こえた後、畳が一枚ひっくり返り花園が現れた。


 「僕がアドバイスできれば攻略出来ていただろうに。それにしても驚いたよ。まさか自分から女の子を口説き落としにかかるなんて君のハーレムの才能はここまで凄かったとはねー。扇も扇だよ、自分から男の前で服を脱ぎ出すなんて、それじゃあただの恥女みだいだよ。それで興奮するなんてとんでもない変態さんだよ。

 僕はこんな光景を見たのは初めてだよ。レポートに残す価値のある光景だ。写真でも撮ろうか? 

 いや、写真だけじゃ勿体ない。

 ならば、動画にしようか? 

 そうだ、3Dデータにしよう。そして後でVRヘッドセットで鑑賞しよう。少しの間動かないでくれるかな」


 腕をプルプルしている扇に目もくれず機材を回し始めた。これはまずいことになりそうだ。俺達2人は机に代金を置き音をたてないようにこの小民家をさった。


 「花園よ、安らかに眠れ。来世ではもうするなよ」


 一方その頃


 「いやあ、ここまで協力的だとは思わなかったよ。撮り終わったから動いてもいいよ」


 「ねえ花園君、言い残した事はない?」


 「僕は常に自分に正直だから、今までに悔いなんてないかな」


 「わかったよ。これから起こる出来事も悔いが残らないように頑張ってみてよ」


 扇は目に留まらない速度で短刀を香のほうへ、飛ばした。それがカメラのレンズのほうから突き刺さり貫通して止まった。


 「危ないことしてくれるなあ。当たったらただじゃすまないよ」


 「次は外さないよ」


 今度は壁に飾ってある長刀を手にして香に切りかかろうとした。

 その攻撃を紙一重でかわす。


 「もしかして怒ってる?」


 「当たり前でしょ! 人をスキャニングするなんて、盗撮魔より変態的な行動。信じられない」


 「変態なのは否定する事は出来ないが、だからと言ってこのまま殺されるのは勘弁してもらいたい」


 香はズボンのポケットから小柄な筒を畳の上に投げつけた。すると筒から白煙が噴出して周囲に広がった。


 「アディオス」


 煙が消えると香の姿も消えていた。

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