わたし、再試験
思えばわたしの人生はすでに死んでいたようなものであった。
子供の頃、まだ未来に夢を、希望を持っていた頃、わたしは歯医者になりたかったのだ。
理由もなく、ただ漠然となりたかった。
だから、勉強した。勉強して、努力して、我慢してひたすら勉強した。
高校にあがった頃に病気になった。
強い薬を飲み始め、覚えた英単語も、数式も、昨日の恋人の言葉も全て1日で忘れた。
人生で一番多感な時期に、大事な時期にわたしの未来は閉ざされ、そして、死んだのだった。
「あなたは12月24日ついさっき、死にました。
だからこの天使様が迎えにきたんですよー、わざわざクリスマスに」
「わたしのような、誰の役にもたっていないような人間は地獄に落ちるものと思っていたが、こんなわたしでも天国へいけるのだな」
「何言ってるんですかあ?地獄なんてありませんよ?みんな天国に行くんです。この世はすでに地獄のようなものじゃありませんか、そんな世界を生きてきた人間をさらに地獄に落とすなんて優しい神様はしませんよ」
この世はすでに地獄、天使が言いそうな言葉ではなかったがそもそも天使っぽくないのでかまわない。
どうやらわたしの中に抱いていた天使像は絵画の中に存在するダヴィンチやミケランジェロの虚妄だったようだ。
「でもですねー迎えにきてなんですけど、あなたを天国へ連れて行くか迷ってるところなんですよー」
え?天国いけないの?
「いえいえ、天国はどんな悪人も愚者も受信料払わないカスもお前も皆平等に行けるんですよ、でもあなたクリスマスなんてめでたい日に1人孤独死じゃないですか。可哀想かなーって」
まてまてまて!今のお前の言葉から可哀想に思う心が感じられないんだが!
「と、いう訳でですね、あなたに再試験!再チャンス!再び復活する機会を与えようと思いまーす!パフパフパっげほっごほ!」
目の前の哀れな天使様は今なんて言った?再チャンス?復活?そんな事が可能なのか?恥ずかしげもなく効果音を自己再生し、あげく、気管につまり咽せるこの可哀想な天使様に。
「そんな生き返らせるなんて奇跡みたいな事ができるのか?」
「できません」
できないんかいぃーー!
天国だの天使だの夢物語のような話を散々聞かされ脳の処理能力が容量オーバーしたわたしは付き合いきれぬとその身をかえしベットへ飛び込んだ、しかし、やはりわたしはそこで息絶えていた。
現実であった。
死にたい、いや、もう死んでいるのだが。
「話は最後まで聞いて下さい、わたしはできないと言ったんです。わたしの上司…じゃねーや、神様ならできます。」
「あんたの職場では上司を神様と呼ぶのだな、わたしの学校にもいたよ、神様と呼ばれた先生が、まあ、字は紙様だったけど。紙沢山くれるんだ」
「そんな事は聞いてません!どーなんですか?!再試験、うけるんですか?!」
ズカズカと土足で上がりこんできた天使はわたしにそうまくしたてる。
「そんなもの、決まってるじゃないか」
天使はホッと胸を撫で下ろし、嬉々とした表情でこちらを見つめる。
「やらない」
天使の顔は失望の色に変わった。